108.温泉
「三匹狩れました!」
僕が西の森の川でウリ丸を洗っていると、近くで狩りをしていたカルラがウサギを三匹もってきた。どのウサギも泡を吹いて気絶しているようだ。
「ウリ丸も洗い終わったから、僕らも水浴びしておこうか」
「そうですね」
「じゃあ、先にいいよ。僕とウリ丸は見えないところにいるから何かあったら大声で叫んで」
僕が離れようとするとカルラが裾をつかんだ。
「そ、傍にいてください。もう裸は見られているので平気です……」
真っ赤になりながら乞うカルラは恥ずかしそうだ。いや、どう考えても平気じゃないよね?
「怖いの?」
カルラはトロポやグラビィタが使えるので平気だと思っていた。でも、よく考えたらまだ13歳の女の子なんだよなぁ。
「ひとりになって怖いのもありますが、将来の旦那様になられる方に避けられているようでつらいのです」
「え?」
僕はカルラの話についていけなかった。確かに肌は見たけど、あれは緊急回避ってやつじゃないの? 「善きサマリア人の法」ってやつだよね。
「もしかして、私は常識外れなことを言っていますか?」
カルラはちょっと不安な顔になる。僕がこちらの世界に来てから魔法の勉強以外、ろくにやってこなかったから、貴族の恋愛や婚姻に関する風習なんかは詳しくない。
それでも、貴族の性に関することを割と奔放で前世で言う「操を立てる」的な人たちは少なかった気がする。あ、もしかしたら、それはザッカーバーグ領の人たちだけだったのかな。何と言っても熱帯の人たちだから、生命の危険が少なく、性に奔放になっている気がするのだ。
「僕もそういうことには疎くて、未婚女性の肌を見てしまったことで僕がカルラと結婚する責任が生まれてことに気が付かなかったんだ。本当に軽はずみなことをしてごめん」
「じゃあ、王都に戻ったら婚約していただけますか?」
婚約前の男女が肌を見せ合うのかいいのかな?と思ったが突っ込まないことにした。
「カルラのご両親が同意してくれればね。僕はカルラのことを本当に尊敬しているし、結婚して重責を担えるかわからないけど、それにふさわしくなれるように頑張るよ」
「わ、私もヴォルフにふさわしい女性になれるように頑張ります!」
カルラは熱のこもった目で僕を見つめてくる。僕もカルラを見つめる。
急にカルラが愛おしく思えてくる。
カルラはとても整った顔立ちで、僕ぐらいの年齢になったらすごい美人になるだろうと思えた。胸は控えめだったがほどよく鍛えれた肢体が美しい。
「誓いの口づけをしましょう」
カルラが囁くように言った。僕もその気になる。
ふたりの距離が段々と近づいていく。
そして、目を閉じようとしたとき、ウリ丸が二人の間に入った。
「うわ」
僕はびっくりして離れる。カルラがいたずらして、ウリ丸を顔の前に出したと思っていたが、カルラも驚いて離れていた。
ウリ丸は宙に浮いていた。
カルラはまだウリ丸を浮かせる魔法は使えないはずだ。生物を操る魔法は更に火系の魔法の習得が必要だからだ。
「ウリ丸、おまえ飛べるの?」
ウリ丸はその質問に答えるようにクルクル回った。そして、どことなくドヤ顔になりながらふわふわ浮いて川の上流の方へ飛んでいく。
「どこへ行くんだ?!」
カルラと顔を見合わせると、ウリ丸を追う。
僕たちが森の笹や低草木で進むのに苦労しているが、ウリ丸は宙に浮いているため意外と早く追い付けない。差が開かないようにするのがやっとだった。
しばらくそうやって進んでいくと、湿度があがっているような気がした。
「ウリ丸、ちょっと待って」
言葉が通じるわけでもなくウリ丸はどんどん進んでいく。
さらに進むとウリ丸は池のようなところにぽちゃんと落ちてしまった。川の横にある池は少し白く濁っていた。湯気があがっており、温度が高そうだ。
「これは、温泉……」
気持ちよさそうにお湯に浮くウリ丸を見ていると、僕は入りたくなってくる。この世界に来てからお風呂はあったけど、お湯につかったりするような使い方はなく、ゆるい感じのお湯に石鹸を入れて体を洗いながら入るような感じだった。
日本人にとってお風呂とは特別なもの。
異世界転生小説を読んでいるとよく出てくるフレーズだが、僕はそんなことはないよなぁと思っていた。しかし、目の前に温泉があるとなると話は別である。
「ヴォルフ。これってお湯だよね?」
「うん。温泉みたいだ。単なるお湯じゃなくて疲労回復したり、怪我が治癒するのを促進したり、色んな効果があると言われている」
「それって妖精の泉みたいね」
ザッカーバーグ領にはなかったが、王都の近くには妖精の泉と呼ばれる冷泉があるようで、病気の治療に使われているという話は聞いていた。
「妖精の泉の暖かい感じだね。入ってみよう」
僕は服を脱ぎ始める。
「え? ちょっと」
カルラが顔を覆うのに気が付いていたが、すっぱだかになると温泉に入る。少し熱めのお湯だが、入っているうちに気にならなくなった。
「これは……」
想像以上だった。
「気持ちいい」
ここに漂着してずっと緊張していたのだろう、筋肉が凝り固まっていたのがほぐれていくのを感じる。温泉のお湯につかって初めて緊張が解けたようだった。
「カルラも入ってごらんよ」
呼びかけるとカルラも服を脱ぎ始めた。今度は僕が顔をそむける。将来を誓いあう中になったからといっても、やはり女性の肌を見るのはできるだけ控えた方がいいだろう。
「まだそっちを向いていてね」
後ろでカルラがゆっくりと温泉に入る水音が聞こえてくる。やがてカルラの気配が僕の真後ろまで来る。
「もう向いていいよ」
カルラは肩までお湯につかっていた。肌は温泉の白いお湯に隠されて見えなかった。
「すごい気持ちいいね。温泉って誰が作ったのかしら?」
僕は周りを見渡した。お湯は下から湧いて出てくるようで、周りには岩があるものの人工的に置いたような感じは受けない。温泉は自然にここに沸いているようだ。
おそらく森の向こうに見える山は火山で、地下水が地熱で温められてここに噴出していると思う。
「残念ながら自然にできたものだと思うよ」
「ふふ。自然にできたものなのにこんなに気持ちいいなんてすごいね」
何がおかしいかわからなかったけど、僕もカルラと一緒に笑った。久々にリラックスできた。温泉はすごいな。
ウリ丸に感謝しないとと思ってウリ丸を見ると、まだお湯の上に浮いていた。
僕はウリ丸を引き寄せると、抱え上げた。
「ウリ丸ありがとう!」
ウリ丸は体をブルブルと振って体についたお湯を弾き飛ばす。僕は水しぶきをまともに食らった。
「うわ!」
「あはは」
カルラはそれを見て笑う。カルラもリラックスできているようだ。
それにしてもよく考えるとウリ丸は不思議だな。あんな天敵しかいないであろう森の中で、まるで王様のように大木のうろにできた枯れ葉のベッドに寝ていたし、ふわふわ浮いていたし、それにこんな温泉を知っている。
もしかしたら、この森の主なのかな……。
この世界に来てまだ16年しかたっておらず、さらに言えば魔法に関係すること以外はあまり知らない。
「カルラは、ウリ丸みたいな魔物を知ってる?」
「いえ、全然。元々、魔物には詳しくないですが」
「そうか。まあ、ウリ丸は害がなさそうだし、しばらく飼ってもいいよね」
「はい。もう非常食なんて言いません」
本当かな?と思いつつも、さっきもウサギを3匹も狩ってきたのだから、ウリ丸を食べようとしなくてもいいのだろう。
「じゃあ、もう少ししたら戻って夕食にしようか。今夜の寝床も確保しないといけないしね……。しばらくは東の洞窟で寝るとしても、もう少し柔らかいところで寝たいよね」
「そうですね。魔法でなんとかならないんですか?」
カルラに指摘されて僕はしばらく考える。魔法を使えばできることは多くなるが、居住するための家について圧倒的に知識が少ない。構造を丈夫にするのは何とでもなりそうだが、枯れ葉ベッドを作るにしても大きな布がない。
あとは鍋やフライパンなんかも欲しいところだ。
これはもうここに住み始めるための思考だな……。でも、救助が来るまでの間だったとしても疲労が蓄積しないように寝るところにはこだわりたい。
温泉がみつかったことでちょっと欲が出てきたと思うけど、疲労がたまらない方がいいのは間違いない。
どうやれば良いかなと思っていたが、ふとウサギを思い出した。
皮だ。皮を使えば布の代わりにできる。もしかしたら、今着ている服がダメになったときにも皮が使える。針と糸はないが、丈夫そうな蔦はたくさんあった。あれを使えば大きな皮も作れるだろう。
それにしても先立つのは鍋である。昔の人は鍋ができるまでどうしたんだろうか。
そう言えば、土器という手もあるな。
皮をなめすには植物を煮出してタンニンを抽出し、その煮汁で皮を煮る必要がある。そのときに土器の鍋を作ればいいだろう。
完全な見切り発車だけど、仕方ないよな。
「魔法でもなんとかならないみたいだ。取り敢えず、ウサギを捌いて皮をたくさん取っておこう」
「はい。じゃ、帰りましょうか」
僕たちは温泉から出て砂浜へ帰った。ウリ丸は砂浜まで飛びながら着いてきた。
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