179.略取
港に着くと、船が錨をあげているところだった。
この世界の船は帆船なんだけど、魔法使いが風を吹かせて進むこともできる。流石に水中翼船にはなっていないみたいだが、そこそこの速度が出ると本で読んだことがある。
最も飛空船の方が速いので、前世と同じく船は大量輸送を目的に使われている。
あの船には大量に運びたいなにかが乗っているということだ。
『そこまでだ』
ドーラがドラゴンブレスをはき、帆が燃える。先程まで吹いていた風が止み、甲板から水が飛んできて帆に着いた火が消えた。
しかし、帆は大きなダメージを追っており、とても風に耐えられるような強度は残っていないだろう。
大量輸送用の船だけあってかなり大きい。船員も六十人を越えているだろう。
下からは見えないが甲板はドーラの姿を見て恐慌状態に陥っているようだ。船の上なので逃げ道がない。海に飛び込もうにも高すぎるのだ。
ドーラがそれ以上襲ってくる気がないのに気がついたのか、次第に声が収まる。
『この町の新しい支配者に逆らうものには容赦しない』
その言葉に船員たちと思われる声が次々に許しを求めるものに変わっていく。
『そこの魔法使いは納得がいかないようだな』
「当たり前です! いきなりやってきて私たちの商売を邪魔する道理はありません。この港はビルネンベルクの要所ですよ? あなたたちこそ出ていきなさい!」
気の強そうな少女の声が聞こえてきた。魔法使いって女の子しかいなかったっけ?
「大体、支配すると言ってもたった十六歳の少年だと言うではないですか? そんな人にこの港を治められるとは思いません!」
僕の横にいたカルラが突然上空に舞い上がった。そして、タレットが船の回りに展開される。
「ヴォルフの悪口を言うのはどの口ですか?」
とても十三歳の少女とは思えないような低い声だった。船員たちは空に浮くカルラを見ても驚いてはいないようだった。
「私よ」
その声とともに一人の少女が浮いてカルラの前に立った。
「私はビルネンベルク王国第三王女カルラ。この町を支配するヴォルフの婚約者よ」
なぜ名乗ったし! カルラは頭に血がのぼると決闘に関すること以外は抜け落ちちゃうの?!
「私はグローセン筆頭ザイブルグの娘、風のハイジ。この船の船長よ」
ハイジはアラビアンナイトに出てくる踊り子のような格好をしていた。ゆったりとしたズボンにターバンを巻いている。肌は小麦色に焼けており目は黒い。年齢は十八歳というところだろう。
「それは都合がいいです。ヴォルフの婚約者になりなさい。そうすれば、グローセンは今まで通りの商売ができます」
カルラの価値観がわかってきた気がする。バルドにも言っていたが、婚約者の数が僕の価値を決めると思っているんだ。だから、隙あれば婚約者を増やそうとする。
そして、ハイジの気持ちを考えなければ、グローセン筆頭の娘と婚約するというのはグローセンを平穏に手に入れるよい手段だ。
「グローセンは力には屈しない。今までもこれからもよ!」
ハイジが手を振ったかと思うとカルラが吹っ飛ばされた。凄い勢いで空に舞い上がった。
「カルラ!」
『心配するな』
ドーラが勢いが弱まったカルラを上手く背で受け止めた。
「やりますね!」
あ、カルラの目が光った。
これはヤバい。
「風を使うようですが、これは止められないですよ?」
船の上に展開していたタレットからレーザーが発射される。一応、船を傷つけないように考えているようで、すべて上空に逃げるようになっていた。
「な!」
何発かハイジをかすり、服がはじけとぶ。その下から小麦色の肌があらわれた。
「ほらほら。何かしないとじり貧ですよ」
カルラの魔王的な余裕が怖い。
ハイジはなんとか避けているようだが、それはカルラが手を抜いているからにすぎない。タレットから一斉に攻撃したり、上空からも攻撃したりすればハイジは飛と溜まりもないだろう。
「こんなもの!」
ハイジは何か唱えると、ハイジが揺らいだ。例えれば蜃気楼のような感じだ。
そして、カルラが放つレーザーは密度の違う空気の層によって屈折する。ハイジがその原理を知っているのは海と近い船乗りだからなのか。
「凄い!」
カルラは大興奮だ。自分の思っても見なかった回避方法を見て感心しているのだろう。
「では、これはどうですか!」
今度はタレットを全方位からぶつけようとしてくる。
ハイジは風を起こしてなんとかタレットの進路を変えるが、タレットは小さい上に空気抵抗を受けにくい球形のため、ほんの少しずらすのがやっとのようだった。
「次は両方行きます!」
今度はレーザーとタレットの両方がハイジを襲う。もう勝負は見えていた。ハイジは両方に対抗する手段はなく、タレットの直撃をお腹に受けて甲板に落下する。
「カルラ! 助けてあげて!」
僕の声がなくてもカルラは助けるつもりだったようで、無数のタレットがハイジを支えて軟着陸させていた。
「師匠に比べたらまだまだです」
カルラも船の上へ降りていくようだ。ちょっと心配だけど、これだけの大立ち回りをしたのだから手を出す人もいないだろう。
「船を接収します。帆を直して港に戻りなさい」
カルラの声で船員たちが帆を下ろして直し始めた。
「私は戻りますが、逃げようなんて思わないように。あ、逃げれないようにハイジはつれていきます」
そう聞こえたかと思うと、タレットに支えられたハイジとカルラがこちらに降りてきた。ドーラも小さいドラゴンの姿で降りてくる。
「くっ! ザイブルグの娘は辱しめをよしとしない。殺せ!」
どこかで聞いたことのある台詞だけど、僕はオークじゃないし、ハイジも女騎士ではない。
「辱しめるつもりないてないよ。ハイジは優秀な魔法使いだし、出来れば仲間になって欲しい」
僕が手を差し出すとハイジはプイッと横を向いた。
「そ、そこまで言うんだったら仲間になってもいい」
よく見れば顔が赤い。なにこのチョロイン。
いや、婚約者にならないんだから、そんなもんか。
「ハイジが仲間になってくれて心強いよ。商売は完全な自由を与えられないけど、王都へ送る荷はすべて買い取る。買い取った荷は僕たちが指定する人へ届けてもらうことになるけどね」
「商売は信頼が命だ。そんなことは出来ない」
全うな商人ならそういうよね。グローセンの商人たちがものわかり良すぎるだけだ。
「そこも安心していいよ。今、王都を乗っ取っているのは正統な王位継承権を持つバルド将軍に逆らっている逆賊だからね。契約は無効にしていいと思うよ」
商人は商人のルールがあるだろうが、それも庇護を受けている国のルールが優先される。王位継承権のルールを曲げて王位を簒奪しようとしているのは王都の回りにいて、録に戦ってこなかった人たちだ。
そういう「ズルい」人たちに国を任せるとなんでも自分の都合のよい方に変えてしまい、それに不満を持つ人たちが増え、国が乱れる原因になる。
前世でも一部の人が自分に都合がいいという理由でやたらと法律を変えたがるが、何かを変えるということは誰かが得をして、誰かが損をするということだ。損をしない人がいない変更なんて絶対にない。
「義は僕たちにある。商人ならそれがどれだけ重要か知ってるよね?」
この場合の義は、大義名分である。僕たちは貴族も商人の信用と同様にプライドを大事にする。それはプライドは貴族の力を表しており、戦わずとも色々な権利を執行できる。
プライドが地に落ちれば権利を執行することはままならず、その度に戦わなければならない。大義名分とはプライドを正しく守るために必要なものなのだ。
今回のケースで言えば、宰相派はルールを曲げてバルド将軍のプライドを傷つけた。これで宰相派が勝ったとしても、ビルネンベルク王国は正しく納めることはかなわず少なからず国が乱れるだろう。
そうなると割を食うのは戦いに勝っても何も得られない庶民たちだ。商人は戦争で儲けることも出来るが、味方した方が勝っても負けても信用は得られない。力をつけたと警戒させるだけだ。
「わかったわ。でも、私たちは庶民相手に商売をしている。運ぶ荷物も最終的には権力が巻き上げるかもしれないけど、王都で暮らす人たちの分だわ」
「そこは配慮するよ。バルド将軍がはやく勝てるように僕たちが支援するし、王都での決戦にならないように約束する」
実際にどこまで出来るかわからないが、僕たちとしてもビルネンベルクが衰退することは望んでいない。王都の回りに領地を持つ貴族たちで敵対する人たちの領地は今回の戦争で被害を受けるだろうし、バルド将軍が勝てばバルド将軍に味方した貴族に転封されるため支配者もかわるだろう。
僕としては難しい宿題を背負うことになるが、目指す結果がはっきりしたと思えばいいことなのかもしれない。
それで収まるのが一番良いと思えた。
「では、お譲りします」
ハイジは納得した表情で頷いてくれた。
「あとヴォルフがしっかりと役目を果たしてくれるか、私が見張るわ」
それは「危ないからダメだよ」と断ろうとしたら、カルラがハイジの手を掴んだ。いやな予感がする。
「ハイジはよい魔法使いです。ずっと一緒にいてお互いに魔法を高め会いましょう」
「そうね。それはいい考えだわ」
「それにはヴォルフと婚約するのが一番です! いいですね? ザイブルグ」
いつの間にか町の入り口であったザイブルグがやっぱり青い顔をして立っていた。
「はい。うちの娘には勿体無いぐらいのご好意です。もちろんそのお話をお受けします」
ハイジがいやがるんじゃないかと思ったけど、何も言わずにザイブルグに頷いていた。
「さあ、婚約がなされたことですし、ザイブルグが総力をあげてお祝いいたします。皆様はお疲れでしょうから、私たちが用意した宿へおいでください」
ザイブルグはやっぱり青い顔のまま僕たちを案内する。
ここに来てザイブルグは元々顔色が青いんだと気がついた。
「ハイジはそれでいいの?」
「何を言っているのです。商人の娘は権力者の奥さまになるのならそれにこしたことはないでしょう」
後ろでソニアがウンウンと頷いていた。




