176.心構
巨大な氷塊がカルラに向かう。カルラは避けようともしない。
タレットが起動し、一瞬瞬くように光る。レーザーが縦横無尽に走ったかと思うと氷塊が蒸発した。
単にレーザーを撃っただけでは氷に対して効果は薄い。カルラはレーザーを氷の中で交差させ増幅させるように計算して撃ったのだ。
「そんな……私の全力の魔法を……」
蒸発した氷塊を眺めながらミーが膝を着く。
水蒸気の中からカルラが姿を現す。血だらけ出はあるが明らかに士気が高い。まだまだやる気だ。
「次は私の番ですね。師匠!」
カルラはミーが唱えていた魔法を唱える。カルラの頭上にミーの時よりも大きな氷の塊が出来上がった。
これは止めないと大変なことになるのではないだろうか。
「いっけー!!」
僕が声をあげる前にカルラが氷塊を投げてしまう。
ミーは本当に魔力を使い果たしており動けないようだ。ミーが氷の妖精のハーフだからと言って、あの質量を食らったら無事ではすまされない。
「避けろ!」
それだけ言うのが精一杯だった。
「アテがやります」
ユキノがミーの前に出ると、カルラの氷塊に手をかざした。その瞬間、氷塊は煌めくような雪に姿を変え、ユキノたちを通りすぎていく。
僕は胸を撫で下ろした。
ザッカーバーグは宮廷魔術師を何人も輩出する家系なのに、こんなハイレベルな魔法戦は見たことがない。こんな魔法使いが在野に埋もれていたとは、この世界も広いんだなと思い直した。
「カルラ!」
僕はカルラに駆け寄ると怪我の具合を見る。
どれも打ち身程度であるが氷がぶつかったあとなので、血が滲んで痛そうだ。
「消毒しておこう。あとは冷やさなきゃ」
「え? ああ、血が出てたんですね」
カルラは今気がついたように手についた血を見ていた。
「楽しすぎてわからなかったです。師匠は氷の魔法をたくさん知っていそうですし、これから指導を受けるのが楽しみですね」
カルラのセリフに凍りついたのは僕だけではなく、ミーも同様だった。これ以上教えることなんてないだろうとミーも思っているだろう。
「ヴォルフから魔法を教わるのと違った面白さがありますね」
そりゃなんと言っても実戦だしね。僕は魔法を使えなくて本当に良かったよ。初回から自分を上回る魔法でこてんぱんにのされたら、立ち直れないところだったよ。
「師匠にお礼を行ってきますね!」
実戦の興奮が冷めやらぬ中、僕が止めるよりも先にミーのところへかけていってしまった。
ミーはカルラが来ると去勢をはって、「流石は弟子ね!」と誉めていた。次回がどうなるか楽しみである。
「それにしてもユキノはよくあれを止めたね」
流石は雪の妖精といったところか。
「アテはこれでも雪の妖精ですからね。こういう魔法なら得意なのです」
金髪を流して自慢げだ。
「次のカルラの相手をしてあげたらどうかな?」
「ヴォルフはアテに死ねと?」
「いや、あれを凌げるのなら対等に戦えるんじゃない?」
「それは氷限定の話ですよ? あの勢いで炎を使われたら妖精界から三千年は出てこれなくなります」
想像しただけなんだろうけど、ユキノはブルブルしていた。
「そんなわけでアテじゃカルラの相手にはなりません。他をお探しください」
「そうかあ。北の妖精もそんなものかあ。カルラは魔法使いはじめて一ヶ月経ってないんだけどなあ」
ユキノがピクリと反応するが僕の挑発に乗ってこない。
「ユキノの格好いいところを見てみたかったなあ」
「カルラと戦ったら確実に格好悪いことろしか見せれませんよね?!」
「そんなことはないよ。真剣に戦うところは例え負けたとしても美しいものだよ?」
僕がうんうんと頷きながら語るとユキノも段々とその気になってきたようだ。
「では、カルラの怪我が治ったらアテがお相手をしましょう」
「本当ですか?!」
いつの間にかカルラが戻ってきて、ユキノの後ろから声をかけた。その勢いにたじろぎながらユキノはうんと頷いた。
「やった。ユキノ、約束ですよ」
よほど魔法戦が楽しかったのか、ユキノと戦えることになって喜んでいる。因みに魔法を使える人がいないため、カルラの遊び相手はもっぱら二人だけになる。
アイリやナターシャが対魔法剣術を覚えればまた違った魔法戦ができるかもしれない。
カルラの楽しそうな様子を見ていると羨ましく思えてくる。
僕は魔法が使えないからユキノやミーに魔法戦術を教え込んで間接的にカルラを鍛えることにしよう。
こういうバトルは、格闘ゲームを思い出すよね。硬直時間と上下段の選択肢。それに連続コンボ。
カルラはさながらラスボス級だけど、まだ戦闘経験が未熟だ。そこをつけはしばらくはユキノやミーの方が強いだろう。
なんか僕まで楽しみになってきたぞ!
やっとアドレナリンが抜けて痛がるカルラを抱えながら僕たちは宿に戻ることにした。
ミーとスーはカルラの強さについて話し合って早くもカルラ攻略の戦術を組み立てようとしている。スーが前世でどんなことをしていたか知らないけど、割と肉食系女子のようだ。
宿に着くと、二人部屋に入ってカルラの傷を手当てする。魔法戦に勝ったカルラだけど、対戦相手のミーよりよほど重症だ。
「いたた」
傷の手当てはこの世界に来てからサバイバルを習ったときにたくさんしたけど、女の子の手当てなんてしたことなかった。
顔や腕なんかは問題ないけど、際どいところなんかはどうやって手当てしたらいいんだ。
「お腹や胸も怪我しているみたいなんです。あと太ももとか」
いや、その辺は自分で出来るよね?
「道具は貸してあげるから自分でやってよ。流石にそこはまずい気がする」
「ヴォルフに甘えたいのです。できるところまででいいから手当てしてください」
上目遣いで懇願されると、僕も断りにくい。
仕方なしにカルラのお腹の服をめくってもらい、手当てをする。
白い肌が僕の目に毒だ。
ほどよく引き締まっている腹筋が僕が持っているコットンを跳ね返す。ふわりとした柔らかさと、その奥にあるたしかな弾力が僕の妄想を刺激する。
「背中もお願いします」
カルラは僕に背中を向けると、上半身の服を全部脱いでしまった。
「ちょっと!」
「大事なところは見えてないのだからいいじゃないですか」
確かにそうだけど、気を抜くと脇の間から胸が見えちゃいそうで気になる。カルラの胸は控えめだけど。
「じゃあ、消毒するよ」
僕は改めてアルコールがわりの蒸留酒で湿らせたコットンを傷口に優しくつける。
「いた!」
カルラが背筋をピンと伸ばして跳ねた。
「優しくお願いします……」
「めちゃくちゃ優しくつけただけなんだけど……」
普通にアルコールが染みるんだろうね。ミーとかに氷を借りてくれば良かったかな。
「うう。今度は怪我しないように戦います」
「それがいいね」
僕も毎回カルラの裸を見せられながら理性を保って手当てできるかわからないし。
「あらかた終わったかな。あとはひとりでできる?」
「はい。大丈夫です。たま怪我したら手当てしてくださいね」
「もちろん手当てするけど、まずは怪我をしないように気を付けてね」
「はい。私も痛いのは嫌ですから」
カルラをおいて部屋を出る。みんなは下で話をしているみたいだ。
僕も混ぜてもらおうと階段を降りていくと、途中でタイレンに会った。
「これはヴォルフ様。もうお手当ては大丈夫ですか?」
手には傷の手当てをする道具が入った篭を持っていた。
「うん。ありがとう。大丈夫」
「では下がらせていただきます」
タイレンもこの世界の人にしては気が利きすぎる気がする。もしかしたら、王族の面倒を見ていた執事とかかもしれないけど。
一階に降りると、机の上に僕のかたちをした氷像が立っていた。それにペタペタ触っているソニアとウルドが目にはいる。
どちらも目が潤んでいて顔が赤い。
僕は身の危険を感じて二人部屋に戻った。




