174.要石
市場での情報収集をしながら手早く買い物を済ませると、ソニアを迎えに行って、タルやドーラと合流した。
タルたちも買い物を楽しんだようで手に色々な薬草や鉱石なんかを持っている。
「流石、ヴォルフじゃな」
「想像以上だったがな」
僕の後ろに増えた二人の女の子を見ながらタルとドーラが感想を述べた。
「一日で三人は最高記録じゃな。おめでとう。ヴォルフ」
なんで三人?と思ったらスーも今日婚約者になったんだった。
「帰ってナターシャとウルドを婚約者にすれば五人だな。ソニアの話を聞く限り、ナターシャとウルドを婚約者にしないわけにはいかないだろう」
一日で五人婚約者が増えるとか異世界は訳がわからないよ。
「ヴォルフは訳が分からないの」
ミーに指摘されるが、僕は他人事のように感じる。
「神様やドラゴンまで婚約者にいるなんて、ヴォルフは本当に規格外だったんですねえ」
ソニアが感慨深げに感想を述べるが、僕が規格外という訳ではなく、婚約者たちが規格外なんだと思った。
規格外の婚約者が婚約者を呼ぶという今の構図は僕のせいではないよね?
「それも優秀なもの達ばかりじゃから、神であるわしも肩身が狭いのじゃ」
確かにタルの序列を後ろにしたのは僕だけどさ。でも、それだけは譲れなかったんだよね。
「タルは神様だけど、神様っぽくないからね」
「そうだな。タルは我よりも年上とは思えないな」
ドーラもそう思っていたらしい。タルがみんなが気を使わないようにわざとそう振る舞っていてくれるのかもしれないけど。
「では、帰るとするか」
「そうだね。ソニアとミーはまたフェルゼンハントへ帰ってくることも出来るからね」
「二度と帰らないと申し伝えてきましたから」
ソニアの覚悟が重い。普通に帰れるし、帰ろうよ。
「私も市場のみんなにはヴォルフの嫁になったからもう氷をあげれないと言ってきた。みんな笑ってたわ。嬉しそうだった」
それって、ミーの言うことを絶対に信じてない反応だよね? あの人間嫌いのミーが結婚なんてするはずないと思ってるよね。明日以降の市場の人の反応が怖い。
婚約ってこんなに怖いことだったの。もっとめでたくて、嬉しいことだと思っていたよ。
もしかして、カルラとの婚約も無人島にいたからわからなかっただけで、なにか大変なことがあるのかもしれない。
『では乗ってくれ』
来たときよりも少し大きなドラゴンになったドーラがいた。
「凄い!」
ミーは大興奮だ。
わかる。ドラゴンに乗れるなんて普通経験しないもんね。
ミーをドーラまで持ち上げようとすると、ミーは氷の階段を出して自分で上っていた。当たり前のようにそれに続くタルとスー。
僕もそれに続いた。
「ヴォルフ」
スーの呼び声にふと上を見るとパンツが視界に飛び込んできた。慌てて視線を反らす。
「上を見ないでね、と言おうと思ったけど、遅かったね……」
スーは頬を赤く染めながら漏らした。
「大丈夫じゃ。ヴォルフと温泉に混浴するらしいから、下着どころかすべてさらすことになるからの」
どこでそれを聞いたのか問い詰めたい。無人島でも混浴は避けるようにしていたのに。
「なるほどー。そりゃ、あれだけ美少女揃いのハーレムだもんね。混浴ぐらいしないと」
スーが何か邪推している。
「混浴と言ってもお湯は乳白色だし、着替えるところは見ないし、何も見てないよ!」
「ふーん」
スーは僕の言葉を信じてないようだ。僕も逆の立場だったら信じないので、何も言えない。
「混浴、楽しみにしてるね」
スーは恥じらいを思いだそうよ!
「楽しみですわあ」
「私も温泉楽しみ!」
なぜ恥じらいがないのだろうか。
僕としては嬉しいことではあるが、僕の体に起こる変化を知られたくないという羞恥心があるので、無人島に帰っても混浴だけはやめておこう。
みんなドーラに乗り込むと、ドーラはすぐに飛び立った。
帰るときも時間が掛からない。
しばらく飛んでいると、ブラウヴァルトの町並みが見えた。
『このまま宿の中庭に降りるぞ』
ドーラは宿の中庭に小さくなりながら降りる。中々に器用なことをしてくれる。
「到着じゃ」
カルラがすぐに迎えに来てくれる。
「ヴォルフ、お帰りなさい。こちらが新しい婚約者の方々ですね? カルラといいます。これからよろしくお願いします」
「私はスーと言います。サリーやカーリーと同じく神殿で巫女をしています」
「フェルゼンハントで商人をしてましたソニアといいます。カルラは噂に違わずお綺麗ですわあ」
ソニアはカルラの美少女っぷりを見て一目で気に入ったようだ。
「氷の大魔導師ミーと言うわ! よろしくね!」
いつから大魔導師になったのかわからないが、名乗るのは個人の自由だ。
「大魔導師! あとで魔法を教えてくださいね」
カルラがミーの手をぎゅっと握る。ミーはまんざらでもないようだ。
「ふふふ。弟子にしてあげよう。私の偉大さを知るがよい」
カルラは本当に嬉しそうだった。なんか妬けるな……。
「カルラ、あとで特別な氷を作る魔法を教えてあげるね」
「久々の新魔法ですね!」
僕がへへんとミーを見ると、ミーは悔しそうな顔で僕を見る。
「ヴォルフがどれぐらい魔法を使えるか知らないけど、九十六歳の大魔導師をなめてもらっては困るわ!」
「ヴォルフは魔法を使えませんよ?」
それを聞いたとき、ミーが勝ち誇った顔に変わる。僕の回りにいたほとんどの人と同じ反応だ。僕が魔法に詳しいと聞いてきた人たちがそういう感じだったのだ。
最初こそ悔しかったものの、今ではなれてしまっていて、魔法を使える人が純粋にうらやましいとしか思えなくなっていた。
「でも、ヴォルフは魔法を教えるのがうまいんです。なんと言っても最初に教えて貰った魔法でドーラをギャフンと言わせてますから」
確かにそうだけど……。
「え、ドラゴンが……」
「我もあれには驚いた。なんと言ってもものすごく遠く離れた我を泣かせたのだからな」
あの咆哮は泣いてたのか。
「ヴォルフは本当に本当に魔法が使えないのか? 使えぬふりをしているだけじゃないのか?」
「使えないよ。もし使えていたら僕は今頃宮廷魔導師になってたし」
魔力は飛び抜けて多く、魔法の知識も十分あるから、宮廷魔導師のトップとためをはっていたのではないだろうか。
でも、今となってはカルラとであった今の方がいいと思える。魔法はなくてもなんとかなるけど、カルラがいない世界は考えられない。
「そ、それなら、まだ私の方が凄い魔法使いだよね!」
大魔導師から凄いランクダウンしているなあ。
「まあ、カルラと比べたらミーの方が弱いかもしれないけど」
「いくらなんでも人間には負けないわよ!」
ミーの自信はどこから来るのか。
「確かにミーは凄い魔法使いではあるけど、カルラは応用力が凄いからね。カルラと力比べをしたら勝てないと思うよ」
仮に魔力がカルラよりあるとしても、カルラの方が使える魔法の幅が広い。単純な力比べならカルラの方が強いだろう。
「そこまで言うのなら勝負よ!」
「いいですね!」
即応!
流石、カルラ。脳筋だ。ビルネンベルクの家系だからしょうがないよね、これ。
「それならわしがいい場所を知ってる。ご飯を食べたあとにでも連れていってやろう」
良かった。ご飯抜きでバトルするような戦闘狂ばかりでなくて。
「タルもそういっていることだし、みんなでご飯食べようか」
みんなそれに同意して宿の食事処に入っていった。




