172.再会
僕は東の市場を離れて、ここに来た目的を思い出した。
「ビルネンベルク軍の動向を聞いてない……」
「あはは。私も忘れてたよ。なんか普通にデートを楽しんでた」
スーに喜んでもらえて光栄ではあるが、このままでは、今後どう動くか決まらなくなってしまう。
「西の市場でも話を聞けると思うよ。保存食は西の市場に多いからそこで買っているだろうし」
フェルゼンハントの人たちはビルネンベルクと商売しているから、敵国とは思っていないんだろうね。
この様子から見ると町で戦闘があったわけでもないし、略奪が起こったわけでもなさそうだ。交易都市は信用第一だから、戦争に巻き込まれないために何か裏取引があったのかもしれない。
「じゃあ、小麦粉とか、お米とかを売っている商人に聞いてみようか」
退却時も糧食は必要になるはずなので、必ず保存がきくものは買っていったはずだ。それらを取り扱っている商人なら何か知っていると思う。
お米とか小麦粉はそこそこ売っており、話を聞くための商人はたくさんいた。
でも、歳を取っている商人は口が固そうだなあ。そして、何か騙されちゃいそうな気がする。
「あ、あそこにいるのは私の知り合いです。聞いてみよ」
スーが指をさした先を見ると割りと大きいテントに二十歳ぐらいの女性が立っていた。市場を行き交う人たちに商品であるお米を試食させて売り込んでいる。
「こんにちは。ソニア」
ソニアと呼ばれた女性はタレ目がちで厚い唇をしている。目元のホクロがちょっとセクシーな女性だった。
「あら、スー。行方不明になって久しいけど生きていたのねえ」
ソニアは感慨深げに返事をする。
「この前、ブラウヴァルトであったよね? 相変わらずなんだから」
商人だからブラウヴァルトにも来るか。どうやら、さっきの親しい間柄の挨拶がわりのようだ。
「ところで、そちらの男の子はどなた? スーにも遂に春が来た?」
「うん。流石にわかっちゃうかなあ」
「はいはい。冗談はそれくらいにして本当のことを言ってね」
「婚約したヴォルフだよ」
「もう、冗談はいいって」
「本当だよ。ね? ヴォルフ」
スーは本当に僕と婚約するつもりだったんだと再確認したので、僕は黙って頷く。
「え? 本当なの?!」
ソニアはとても驚いている。
「あんなに男を近づけなかったスーが婚約……まさか、先を超されるとは……ぐふっ!」
大きな胸を押さえながら崩れ落ちる。大袈裟だな。大人っぽい見た目とは違ってお茶目な人みたいだ。
「元気だしてソニア。ソニアにもいい人が現れるわ」
スーは心にもないことを言いながら、ソニアの肩を叩いた。
「ねえ。ヴォルフ。ついでに私ももらってくれないかしら?」
顔だけ上げて聞かれた。
「そ、それは……」
「それもいいかも!」
何を言ってるんだ、スー。
「ヴォルフはもう数えきれないぐらい婚約者いるし、この際、もうひとり増えてもわからないよ」
「わかるよ!」
流石に全員名前言えるし!
「でも、ソニアは若くして優秀な商人だから仲間にしたおいた方がいいよ」
「仲間にするのは異論ないけど、なんで婚約者なの」
「だって、ソニアも年齢的に焦ってるし、婚約者にでもしない限り、今まで築き上げた商人としての信用を捨ててついてこないよ」
それはそうなんだけど。
「現地妻でもいいですよ?」
ソニアも何を言ってるんだよ。
「それもいいねえ」
良くないよ。僕はまだカルラとも正式な婚約してないんだぞ。
「婚約の話はそのうちまとめるとして、ビルネンベルク軍の動向を聞きに来たの。何か知ってることある?」
「うーん。ビルネンベルクの将軍が急いで国に帰らなきゃならない用事があるとかなんとか」
「王様が交代するとか?」
「そんなおめでたい感じではなかったね。向こうでは補給できないかもしれないからとにかく大量にくれ!って言われたよ。流石に全部は無理だったから、古い在庫だけ売ったけど、いい儲けになりましたねえ」
気になることがあった。ソニアの言い方はだと、これから敵地へ戻るような感じを受ける。王都とここまでの間のビルネンベルクの領地で反乱でも起きたのか。王都で反乱が起きたのなら、周囲の領地で補給できるはずだし。
いや、逆に考えてバルド将軍が「反乱軍」にされてしまったのかもしれない。
いずれにしても何か起きているのはビルネンベルクのようだ。
「その顔は私の情報が役に立ったようねえ。現地妻の件、考えてもらえるかしら?」
「役に立ちました。現地妻はダメですけど、正式な婚約なら考えておきます」
僕も倫理観が崩壊しかけているのかもしれないけど、ソニアのような優秀な人材を放って置くのなら僕が貰った方がいいと思ってしまった。
「……っ!」
ソニアにとって僕の返事は不意討ちだったようで、顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせている。また大きな胸を押さえつけて形が変わっていた。
「だ、大丈夫?」
「はい。嬉しすぎて心臓が止まるかと思いました。これで私も晴れて婚約者なんですね」
待って。まだそうとは言っていないよね?
でも、この様子だと、やっぱり止めますと言ったら本当に心臓が止まりそうだ。
「ソニア、よかったねー」
スーはニヤニヤしている。他人事だと思ってますが、発端はスーだよね?
「でも、本当によい情報教えてくれてありがとう。正式な話をしにまた来るね」
もう少し他のところでも話を聞きたいので、ソニアに挨拶すると、西の市場を奥に進み始めた。
◆ ◆ ◆
お皿を先に買わなくて本当によかった。ここでまたミザンスロピーに会うとは。
「見つけたわよ!」
ミザンスロピーが西の市場まで追って来たようだ。
「あのあとひどい目にあったんだから!」
涙目でスーを睨み付けている。確かに市場の真ん中でお腹が緩くなったらたまらないだろう。
「もう元に戻っているはずだけど?」
スーは「普通の友達として接する」という約束は忘れたようだ。
「戻ってるけど! でもまたいつなるか分からないからスーから離れられなくなったじゃない。もうあんな思いはごめんなのよ!」
ミザンスロピーは腰に手を当てプンプンと効果音が見えるぐらい怒っている。
「うーん。それはもうヴォルフと婚約するしかないね……。私はヴォルフと一緒にこの国を離れる予定だから」
「ヴォルフって誰よ?!」
その疑問はもっともだ。
「この男の子だよ。歩けば婚約者が増える凄い人なんだから」
僕のすごさを語りたいらしいが、それではどう考えても犯罪者だ。
「ヴォルフ!」
「な、なに?」
「私の婚約者にしてあげるわ! 感謝なさい!」
ミザンスロピーが上から目線で命令してくる。美少女ではあるけど、あまり嬉しいとは思わない。
「だが、断る!」
ミザンスロピーの事情は分かるけど、面倒な気がするんだよね。
「なんでよ! 私は誰もが雇いたがる凄腕魔法使いなのよ?」
それはフェルゼンハント限定なのでは?と思ったけど、魚を扱う町はたくさんあるのでそうとも言い切れないか。
「もっと凄い魔法使いが婚約者にいるし」
氷魔法は教えてないが、カルラなら教えれば細胞を壊さず冷凍する技術のCAS冷凍ぐらいはやってのけそうだ。
「そうだね。カルラならミザンスロピーは要らないよね」
スーがだめ押しする。
「うー、いやー。私もスーと一緒がいい!」
泣き出してしまった。
往来の真ん中で泣き出すとかやめてほしい。スーを見ると他人のような顔して集まり始めた野次馬の中に入り込んでいた。裏切りもの!
僕はしかたなく「わかったよ」と言ってミザンスロピーを抱き上げ、その場から逃げ出した。




