168.同志
「ヴォルフ様、応接室へ案内します」
カーリーの言葉で場が動き始める。スーもカーリーに従って動き始めた。
こうやってみるとスーはどことなく僕に似ている気がする。うまく言葉に出来ないんだが、何かを隠そうとしていて、それが行動を縛っているところがそっくりなのだ。
もしかしたら、スーは僕と同じ異世界から転生してきたものなのかもしれない。
フリーデン宗教国には異世界、主に日本から転生してきた人たちが残した痕跡があるし、生まれるところから始まるのであれば、この国に早くから影響を与えるようなことをしていてもおかしくない。
でも、スーは醤油などの調味料の生産に長けているというだけで、特別待遇を受けているような印象はない。
「スーはさ、ブラウヴァルトに来て長いの?」
「そうですね、三年ほど前からお世話になっています。フェルゼンハントからブラウヴァルトへ来たときにタル様のお世話になって巫女としてここに来ました」
その辺の下りはタルに聞けば分かるかな?
「スーは調味料を一通り作れるって聞いたけど、どこで習ったの?」
「どこで……? ブラウヴァルトに来てからです。醤油などは神殿でしか作っていませんから」
そう言えばそうだった。
醤油や味噌は神殿で独占して作っているんだった。
変なことを聞いちゃったなあ。これで警戒されないといいけど。
「ヴォルフ様は醤油などに並々ならぬ興味があるそうです。故国に帰っても作ってみたいとか。スーもヴォルフ様が気に入るようにするといいですよ」
カーリーのフォローになっていないフォローが痛い。この世界にはお抱え杜氏とかの職種はないのかな? それは前世にもなかったか。
応接室へ着くと、カーリーとスーは手前に、僕とドーラ、ウルドは奥に座る。
「スーにフェルゼンハントのことを聞きたいそうよ」
「知っていることなら」
スーは先ほどと違って落ち着いているように見える。
「フェルゼンハントの特徴とか教えて欲しいんだ。あとわかれば代々の地図とか。情報が集まるような場所がわかると一番いい」
「フェルゼンハントは一言で言うと貿易都市です。ご存知の通り海岸部はビルネンベルク海洋王国に押さえられているため、フリーデンはビルネンベルクからの輸入品でしか海産物が手に入りません。豆腐が作りにくいのもそれが理由です」
言われてみれば、ブラウヴァルトでは豆腐を見なかった。作り方を知っているが、材料が揃わないために作れないと言うことみたいだ。
「あと特徴的なのは宗教に関しては、フリーデンの宗教ではなく、独自の海洋信仰を持っていることです。もっとも、その宗教はフリーデンの宗教の一部として取り込まれてはいるのですが」
日本で出雲の龍神信仰が日本神話に取り込まれたのと同じかな。もしかしたら建御名方的なポジションの神様だったのかもしれない。
日本神話は多神教だと言うけれど、その神のほとんどは風土記に記された地元の神を神話に取り込んでいったものだ。しかも、当時の有力者の入れ換えに伴って神様の名前や有力者自身の名前も変わっていると言われている。
「なので、フリーデンに忠誠を誓っているわけではなく、ビルネンベルクの味方をすることも多い町です」
「なるほど」
とても分かりやすい説明だった。
何より神話に関する分析なんか、この世界の人とは思えない。かなりメタ分析が入っている気がする。
なんか、異世界転生者かな?と思ったら何でも怪しく思えるようになってきたぞ。
何でもかんでも異世界と結びつけて僕の正体だけばれるようなことは避けたい。ここは慎重にいかなければ。
「あと情報が集まる場所ですが、やはり交易所ですね。そこはビルネンベルクの商人も訪れますし、フリーデン各地から海産物を仕入れに来る商人たちもいます」
「へえ、それは興味あるなあ」
これはクロを送り込むよりも僕が直接行った方がよさそうだ。
異世界のバザールとか、凄い興味をそそられる。
「治安はどう?」
「悪くはないです。でも、始めていくときは騙されないように気を付けた方がいいですね。良い商人は多いですが、悪い商人もいますから」
うーん。そうなると案内人がいた方がいいなあ。
「醤油の仕込み作業ってあとどれくらい?」
「え? もうほとんど終わりましたけど」
「じゃあさ、一緒にフェルゼンハントへ行かない?」
「逢い引きのお誘いですね!」
まあ!と言った感じのカーリーを見てスーが頬を赤くする。
「逢い引きとはズルいですね。私も一緒につれていってください」
「え? ウルドはダメだよ」
「なんでですか?」
「フェルゼンハントにはスーとタルをつれてくいくつもりだから」
全然理由になっていないけど、ウルドやユキノをつれていって、いつもの調子でふざけられたら目立ってしまう。連れていったとしてもあとはクロぐらいだ。
「えー」
「私は……」
「カーリーもダメ。カーリーは自分の役目があるでしょ」
ここでカーリーを抜いたらサリーの負担が大きくなるのは目に見えているので断った。それさえなければ案内を頼んでもよかったんだけど。
「では、支度もありますので明日でよろしいでしょうか?」
「うん」
「隣町までは歩いて一日の距離になります。明日はフェルゼンハントで一泊するつもりでお願いします」
「あー、えーと、それは心配要らないかな? スーも日帰りのつもりで準備して」
スーはあまり驚かなかった。
普通なら驚いたり、何故なのか聞いたりすると思うんだけど。
やっぱり異世界から転生してきたのかなあ。
「なにか?」
僕が考えながら見ていると、スーが首をかしげて僕に尋ねる。
「あ、いや、なんでもないんだ」
なんか気になってしまうんだよね。異世界転生者だとして、僕に悪意があるわけでもないし、何かをたくらんでいるわけでもない。普通に接していればいいだけだと思うんだけど。
もし異世界転生者だとしたら、前世の世界の話で盛り上がれるかもしれないし、話しているうちに忘れていた記憶がよみがえって何かの役に立つかもしれない。
そんなことを考えるというのはやはりさみしいんだろうなと思う。
かわいい婚約者に囲まれながらも、本当のことを話せないというのはストレスになっている。もっとも、そんなことを考えられないくらい異世界は刺激的だし、忙しかった。
「スーは日本人形みたいだなって思って」
「な、なに言ってるんですか!」
スーは赤くなり、その頬を隠すようにうつむいた。
「もう口説いているのですか?」
「そういうつもりはなかったんだけど、客観的に見てかわいいなと」
僕はもう誤魔化すのも面倒になって、正直に心のうちを話す。スーはもっと赤くなってしまった。
「ヴォルフ様、スーを始め、巫女は男性になれておりませんので、お手柔らかにお願いします」
「う、うん」
カーリーに嗜められてしまった。
「とにかく、明日の朝に迎えに来るから」
僕は逃げるように応接室を後にした。
◆ ◆ ◆
宿に帰ると、クララが二人部屋の前で待っていた。
「お帰りなさい、ヴォルフ」
何かモジモジしている。
「何してるの?」
「き、今日は私の番です……」
「無理しなくてもいいんだよ? もう部屋も増えたし、もし嫌なら僕と一緒に寝る必要はないからね」
「いやではないです。むしろ嬉しいんです。私はこの歳になるまで魔工師の修行しかしてこなかったですし、胸もないからヴォルフの喜ぶことはしてあげられないですが、頑張ります!」
「胸は関係ないから。ドーラ当たりが適当なことを言ってるかもしれないけど、本当に関係ないからね?」
「ふふ。わかりました」
「じゃあ、一緒に寝ようか?」
「はい」
僕が二人部屋に入るとガチャンという音がしてドアの鍵が閉まる。
「ヴォルフのためにいいものを用意してきました」
「え、な、なに……?」
あまりにも黒い笑顔だったので僕は焦る。クララも暴走して何か勘違いをしているのではないかと。
「このクリスタルなのですが、とても素晴らしい映像を記録しております。他の誰にも内緒にしてくれるのでしたら、ヴォルフに差し上げます」
「うん。内緒にするけど、何が記録されているの?」
「エッチなものです」
僕の喉がなる。そんなつもりはないのに、いや、見たい。この世界にエッチなビデオがあるとは思わなかった。
「男の子は色々大変だと聞いています。エッチなことを我慢しているのでしょう? 私はあまりエッチなことに詳しくないですが、こういう道具を作ることでヴォルフに喜んで貰おうと思いましたので」
クララがライトを唱えるとクリスタルに投射する。
その光はクリスタルで屈折し、部屋の壁に映像を写し出した。
それは婚約者たちのお風呂に入っている映像だった。音声はない。
「こ、これは……」
僕はクララにクリスタルを貰った。
しかし、自分では見れないことにひとりになってから気がつくのであった。




