166.恐怖
妖精王を退けたことはブラウヴァルトに一気に広がり、町は再び喧騒に包まれた祭り状態になった。
妖精王の計らいで、街道にできていた谷はノームたちが埋め、普通の街道として利用できるようになった。割とすぐに埋められたので、ノームはやはり友達になりたい妖精だと再認識した。
「私との婚約はやはり延期だろうか?」
ナターシャが悲愴感を漂わせて質問してきた。まわりは戦勝ムードだというのに、ナターシャの回りだけどんよりとしている。
確かにナターシャは活躍していないのだが、ナターシャが居なければそもそも妖精王と戦えたかも怪しいので、僕は婚約者として認めるつもりでいた。
「ダメじゃな」
「そうですね」
しかし、タルとカルラは認めないようだ。いつもなら凄い簡単に婚約者へ加えているのになぜなのか。
「当初の約束を違えるわけにはいきません。ナターシャには次の戦いで活躍したら婚約者として認めることにしましょう」
もう慣れたことだけど、僕の意見はガン無視である。
それにしても今回でクララの株は鰻登りだ。みんなから凄い凄いとして誉められている。カルラのすごさはみんなの知るところだったので、クララの魔工師としての能力は今回ではじめてわかったというところだろう。
そして、僕がひそかに凄いなと思ったのはクロのことだった。自ら改造を申し出て付加機能を着けたクロはなんとなくカスタマイズして強くなるオモチャを思い出させる。見た目が煤けた藁人形なので余計にそう思うのかもしれないが。
「クロは他にどんなことができるようになりたい?」
「クロ、ヴォルフ守る。レーザー撃てる」
既にレーザーも撃てるのか。
「凄いな。クロは藁人形だから潜入任務とか出来そうだよね」
「クロ、なんでもできる!」
確かにカスタマイズしなおせば、用途別に応じた最適化ができるだろう。
いつも僕といることでカルラと連絡が取れるが、逆にクロを外に出して、カルラと僕が一緒にいるという使い方もできる。
「そうしたら、カルラとアイリに頼んで潜入調査用の装備にしてもらおうか」
「お願いする!」
クロを潜入用にカスタマイズして、ドーラで運んでもらえば、理論的にはどんな場所でも正確な情報が手にはいるようになる。
「うーむ。クロが役に立つようになると一番役に立たないのが僕になるなあ」
「みんなヴォルフ好き。問題ない」
そうなのかもしれないけど、僕としては心苦しい。無人島に流れ着いてカルラに偉そうにサバイバル知識の蘊蓄を垂れ流していたときが懐かしい。
「ブラウヴァルトより東には、フェルゼンハントという街があるみたいなんだけど、そこを通ったビルネンベルク軍の噂を集めてほしいんだ。ビルネンベルクは妖精王の部隊に負けたと思って退却したのか、その他の理由で退却したのかを知りたい」
「クロやる」
クロの承諾が取れたところでふたりしてカルラのところへ向かう。
カルラはちょうどナターシャ裁判を終えてクララと次なる新兵器について話をしているところだった。タレットだけでは満足しない、その探求心は素晴らしいのだが、末恐ろしくもある。
「カルラ、ちょっとクロを潜入仕様に改造してほしいんだけど」
カルラとクララの目がキランと光った。
「お任せください!」
僕の手からクロを奪うと、二階の部屋へ上がっていった。去り際にクロの悲鳴が聞こえたような気もする。無事に帰ってこいよ。
クロが潜入仕様に改造される間、僕はサリーに地理を確認しようと思った。サリーならフリーデン宗教国の地理を詳しく知っていると思ったからだ。
しかし、サリーは見当たらなかった。
「サリーしらない?」
近くにいたユキノに話しかける。
「アテは存じませんが、一緒に探しましょうか?」
この中で一番暇そうなのは唯一なのでお願いしようかな。ブラウヴァルトの地理にもある程度詳しいだろうし。
「じゃあ、お願いしようかな」
「あら? 二人きりでデートだなんてズルいですね。私もご一緒してよろしいですか? ブラウヴァルトの地理ならユキノよりも存じてますよ」
ウルドがさりげなく僕の腕をとって組んでくる。そこそこ分厚い民族衣装なのにその下の柔らかさが確認できた。
「ウルドはみんなと親睦を深めているといいんじゃない?」
僕もさりげなく断ってみる。
「ヴォルフともそんなに仲良くなっていないんですもの。まずはヴォルフと仲を深めるのが先でしょう?」
「アテもそんなに仲が深いわけでないんですが」
「別に仲を深めるためにサリーを探す訳じゃないし、それでいいのならどうぞ」
ふたりとも地理に明るいんだがら、神殿行って当たりを着けたら、単独で探しに行って貰おう。
「では、アテは右側を」
「私は左側を頂きますね」
両方の腕をとられて気分は宇宙人だ。
なお、繰り返しになるが、僕のひ弱な腕力では振りほどけない。片方は神様だし、片方は妖精だから人間より力が強いんだと思いたい。
「さて、ヴォルフが好きなお風呂屋さんにでも行きますか?」
ウルドはわざと言ってるよね?
「ユキノが溶けちゃうんじゃない?」
「さすがに解けませんよ」
そりゃそうか。
「お風呂が凍るだけです」
それはお風呂屋さんに大迷惑だよね?
「まあ、ウルドを氷像にしてここへ飾っておきましょうか?」
「あら、過去を操る神に無駄なことですね」
二人が火花を散らし始めた。よくわからないライバル心が目覚めたようだ。
僕は前世でも女の子の友達がいなかったため、こういう女同士の争いというのを知らない。異世界転生小説でもハーレム前提のものが多いからか、女同士の争いというのは見たことなかった。
正直、どう対処したらいいのか分からないので、怖い。
「二人とも喧嘩して僕の邪魔になるなら帰って欲しい」
つい強い言い方になってしまった。
二人は黙って僕を見ている。
「ヴォルフが怒りましたね」
「アテは怒られてばかりなんで平気です」
ユキノはユキノだからね。
「そういう芯の通ったところ、素敵です。私は改めて惚れ直してしまいました。ヴォルフ、ダメな私をもっと叱ってください」
え! そっち?
「ウルドはわがままそうですからねえ、誰かに怒られることなかったんでしょうね」
わがままはユキノも同じ気がするが。
「さあ、ヴォルフ!」
両手を開いて、「さあ、来い!」という姿勢だ。
「ウルド」
「はい!」
「次、婚約者の誰かと喧嘩したら、もっと着る服を増やします」
今の状態でも体の線が分かってしまうので、目の毒だ。特に胸と腰の部分。
次はエスキモーぐらいの服にして貰おう。
「仲良くしたら元の服にしてもいいですか?」
ウルドのお願いに僕は考える。確かにうまく出来たらご褒美は必要だろう。
「元にするのはダメだけど、デートしてあげる」
「二人きりですよね?」
「護衛にクロは連れてくるけど」
「藁人形なら二人きりとかわりませんし、それなら頑張れます!」
ウルドは両手を叩いて喜んでいた。
「どうせウルドも婚約者になるんですから、さっさとやっちまえばいいんですよ」
ユキノが不穏なことを言ってる。
「婚約者ともやってないし!」
「え? そうなんですか? アテも結構楽しみにしてたんですが……」
「どんなことをしてくださるんですか?」
「婚約者を一晩ごとに入れ換えて朝までにゃんにゃんしているって聞きました。アテの順番は後の方ですからドキドキです」
「いいなあ。私もヴォルフとにゃんにゃんしたいです!」
にゃんにゃんって、ものすごい古い言い方じゃない? イチャイチャとかなら分かるけど。
「してないし! 二人とも勘違いしないように。僕は結婚前に婚約者に手は出さないよ」
口は出してるけど……。
「ドーラはヴォルフと過ごす二人の時間は凄かった!って自慢してたんですがねえ」
「まあ! ドラゴンでも経験したことがないようなことを?」
僕はいつまでも続くこの二人の話を聞きながら、「やっぱり女の子怖い」と思っていた。




