165.精霊
若きドライアドは風の精霊に会い、風の精霊は気まぐれで若きドライアドと交わった。若きドライアドは膨大な力と秋の妖精である娘を手に入れた。
風の妖精はまた気まぐれに若きドライアドの元を去り、そのままだ。
「妖精の中には精霊になれるものもいる。元々の力と長年の力の蓄積があれば、精霊になれるのだ。精霊になれば、娘は母に会えるだろう?」
「私は母親に会いたいなんて思ったことはありませんわ。妖精王が私を通して母の面影をおっていただけではありませんか?」
ライラの言葉に妖精王の表情が変わる。確かにそういう側面はあったのだろう。精霊に近付く度に風の精霊に似てくるライラを通して、何千年も昔のことを思い出していたのかもしれない。
「私は妖精王がお母様とあって恋に落ちたように、ヴォルフにあって恋に落ちたのです。私はヴォルフとともに歩みます。妖精にとって人間の一生は短いもの。だからこそ、価値があるのです」
妖精王は何かを考えているようだった。自分がどう見えていたか娘から聞かされ、そして、娘がどう考えていたのか知って、自分の考えが決して正しいものではないことに気がついたのかもしれない。
「ヴォルフ、この度の戦いは見事であった。急ごしらえの軍隊相手とはいえ、あそこまで圧倒されるとは思っても見なかった」
「僕の力ではありませんが……」
「いや、部下の力を有効に使うのも上に立つものの役目」
なんて答えたらいいんだろう。全部婚約者がやりました!と答えたら、今のこのまとまりそうな雰囲気が壊れそうで怖い。
「そう言えば、私の出る幕はなかったな」
アイリの台詞にナターシャもうなずく。
「ほとんどクララとカルラの二人だけで妖精王軍は壊滅であったな」
ドーラの言葉に妖精王が目を向いた。
「二人だけ……」
「ええ、ヴォルフの指導があってこそですが、カルラのレーザーでノームは全滅。タレットでドライアドは壊滅しましたからね」
クララが追い討ちした。
もうやめてあげて!妖精王のHPは残りゼロよ!という叫び声が聞こえてきそうだ。
「我が軍は精鋭のドライアド二千にノーム千の三千もいたのだぞ。それをたったの二人に! しかもカルラもクララもまだ子供ではないか!」
カルラは子供だけど、クララは背が低いだけなんだけどなあ。
「妖精王なんてヴォルフにかかれば婚約者二人で充分なわけですね」
クララはちょっと気にしていることを言われたのか、意地が悪くなっているようだ。
「婚約者?」
「そうだぞ、ここにいるもの含めて十人の婚約者がいる。その誰もが身分の高い姫たちだ!」
ドーラが余計なことをいい始めたぞ。僕の知る限り、全員が姫出はなかった気がするし。
「待って。今はそれは関係ないから。それに今回は運が良かっただけだよ。ノームとドライアド以外の妖精がいたらどうなっていたかわからなかった」
特に空を飛べる妖精が参加していたら今回用意した作戦は全然役に立たなかっただろう。
「ふむ。勝ってなおその謙虚な姿勢。ヴォルフというのは私の娘を預けるのに足る相手だということだな。婚約者が多いというのもいいことだ」
いいことなの?!
「妖精王もヴォルフから名前を貰ったらいいのよ」
ライラが飛んでもないことをいい始めた。
「そうだな。ライラ同様、私もヴォルフに名を貰おう」
僕は名付けに常々反対していたドーラを見る。
「ん? 良いのではないか。殺さぬのなら名をつけて逆らえなくしておけば」
ドーラが反対しないなんて……。
でも妖精王の名前なんてひとつしかないよなあ。
「では、オベロンと名付けます」
「オベロンか。有り難く頂こう」
オベロンは光輝くなんてこともなく、見た目が大きく変わることもなく、名前だけが着いたようだ。
名付けの後に起こる変化というのは、ここまで全部違うのだけど、本当に同じスキルなんだろうか。
そもそもこの世界にはステータスやスキル、レベルという概念がなく、唯一数値で表されたのは魔力だけだったんだよね。
だから名付けがスキルなのかどうかも怪しいところではある。
「私は妖精界へ帰ろうと思う。娘を、ライラを頼んだぞ」
「はい」
サリーの続いてライラも親公認の仲だ。だからと言って何をするつもりでもないんだけど。
「たまに妖精界へ訪れてほしい。困ったことがあったら必ず力になろう」
オベロンは縛っていた蔦をいともたやすく切って立ち上がった。
あれ? わざと捕まっていた? それとも名付けの影響だろうか。
「ライラもヴォルフの言うことをよく聞いて尽くすのだぞ」
「はい。妖精王オベロン」
ライラも妖精王を殺す!というのを忘れてくれたようだ。
ここで妖精王を殺して王位をライラに継がせ、僕が実権を握るとか、完全に悪者の仕業だよ。そんな悪評がたたなくてよかった。
「でも、ヴォルフに仇なすようなことしたらわかっていますね?」
「心配しなくても娘を預けたヴォルフを信用している。今後、ヴォルフが世界を征服しようとも付き従うつもりだ」
オベロンも余計なフラグたてるのやめようよ。せっかくカルラが平和路線の国を作る気になっているのに、覇権国を立てようとするのやめない?
「よい心がけですわ。それでこそ私の父というもの!」
ライラはノリノリでオベロンと固い握手をしている。
「名残惜しいが、私は妖精界へ帰ろう。何かあったら、ヴォルフの肩にいる過去妖精へ申し付ければいいだろう」
オベロンの言葉に右肩を見る。
「反対だ」
え? 左肩?
左肩を見ても何も見えない。
「ふむ。力が足りなくて人間界では姿を維持できぬようだな。そうだ。ヴォルフが名付けしてやればよい」
「反対だ」
「反対ですわ!」
なぜかドーラとライラが反対する。
「オベロンのときは反対しなかったのに?」
僕はなんか変だなと思っていたが、なんとなく女の子に名付けするときに反対しているのではないかと思った。
「過去妖精は美人だからな。あはっはっぐふ」
高笑いするオベロンの鳩尾に綺麗に決まる。あれは息できなくなるやつだ。
「うーん。でも、過去妖精とは友達になっておきたいんだよね」
能力が凄い便利だし。いざというときは死人を生き返らせることもできるからね。
「そんなことを言ってもどうせ婚約者になるんだぞ。よく考えろ?」
「そうです。ユキノに私で妖精枠はもう二人もいるんですよ?」
妖精枠って。
でも、そう言われてみれば、人間四人、黒虎一人、ドラゴン一人、神様二人(予約含む)、妖精二人とバラエティーにとんでいるね。まさに多様性。
でも、そう考えると妖精も四人まではいいんじゃないかな?
婚約者になってもならなくても過去妖精には名前をつけておこう。
「オベロンの進めもあるし、名前をつけるね」
「後悔するぞ」
「知りませんからね?」
なんかやけに念を押してくるのが気になるけど、僕は名前をつけることにした。
過去と来たらあれしかないよね。
「ウルドと名付けよう」
左肩に向かって話しかけると、そこに綺麗な手が見えた。大人の女性の手のようだ。
そして、そこからすらりと伸びる腕。袖のないドレス。そして、白い髪に黒い肌。大きなエメラルド色の瞳が僕を熱っぽく見ていた。
「初めまして。ウルドという名をもらいました過去を司る女神です」
あれ?
「妖精は仮の姿。ずっとお慕いしておりましたわ。ヴォルフ。それこそザッカーバーグで生まれ落ちたときから」
背筋に冷たいものを感じる。これはストーカー?
「ふふふ。大丈夫。婚約者にしろだなんて無粋なことは申しません。ただお側にお仕えできれば幸いです」
ウルドは僕の後ろからその長い腕を回して抱きついてくる。豊満な胸が僕に当たる。形がひしゃげてびったりと。
「ウルド、ちょ、ちょっと離して」
僕はたまらず逃げようとするが、例によって僕の力では振りほどけない。
「やめろ」
ドーラが割ってはいると、やっとウルドから離れられた。
しかし、今度はドーラの豊満な胸に顔が埋まる。
「ドーラも少し離れて」
僕はどうにかして距離を取るとウルドを改めてみる。その妖艶な姿はカードゲームのイラストのようでドーラよりも扇情的だ。
「ウルドに命じる。肌を隠した服装になって」
「そ、そんな!」
ウルドは悲鳴らしい声を挙げると、ポンと鳴ってアラブの民族衣装のような姿になった。流石神様、そこは豪奢なものだ。
「ウルドは以後その姿でいてね」
「はい……」
ちょっと気落ちした感じでかわいそうに思えるが僕のためだ。我慢してもらおう。




