164.誘導
翌朝、僕たちが谷とブラウヴァルトの中間にある本陣で細かな打ち合わせをしていると、カーリーの使いから妖精王軍、千が谷の向こう側に現れたと報告してきた。これは道に現れたノームだけらしく、ドライアドの数は不明だそうだ。
妖精王自身も姿は見えなかったことから森を進軍してくるものと思われた。
そして、なによりの僕の誤算は妖精王の進軍スピードだった。人数を集めるのに時間が掛かるということだったので、もう少し遅いと思っていた。北の妖精が間に合っていない。谷の南側は完全に空白地帯だ。
「どうしよう……」
「南にもタレットばらまきますか?」
僕はタレットは全部使いきったと思っていたので、クララのセリフにちょっと驚く。
「カルラはとても優秀で実は二千個以上作ったんです。南側にばらまいた上でカルラ自身がレーザーを撃てば北の妖精を使うよりも戦果があがるでしょう」
戦果はそこまで求めていないのだけど、今はそれしか方法が無さそうだ。
「ドーラ、昼間でちょっと危険かも知れないけどお願いできる?」
「ふむ。一応、カルラとクララを借りていこう。そうすれば仮に蔦に捕まったとしてもなんとかなるだろう」
蔦がどの程度の射程があるかわからないので、充分な高度をとったとしても打ち落とされる危険性を考慮した。
「わかりました。では行ってきます」
カルラたち三人はすぐに出ていく。
「あとの人たちも配置について、妖精王を迎撃しよう」
「はい」
みんなそれぞれの位置へ向かって移動する。
アイリとナターシャは谷の北側へ行き、あとでクララと合流する。
谷の北側にはブラウヴァルト軍が展開を終えている。補給線は短いので展開も時間がかからなかった。
谷の南側にはユキノとライラが向かう。ドーラがクララを送り届けたら、カルラと共に南側に陣取る予定だ。
ライラがドライアドを無効化している間に、カルラとユキノが遠距離から攻撃する三段だ。本当はこれに北の妖精が壁の役割をする予定だった。
本陣にはシャル、タル、サリー、クロがいる。クロはなんの役に立つかわからないけど、なんとなく連れてきた。
僕はなんの役にも立たないので本陣から出ない予定だ。本陣から出て捕まったら目も当てられない。
そこにブラウヴァルト軍の兵士が駆け込んできた。
「妖精王と思われる軍団が進軍を開始しました。まっすぐ突っ込んできます」
今のところ視認しているのはノームだけなので、ノームが進軍してくるようだ。しかし、谷を突っ切ってくるなんて自殺行為なんじゃ?と思ったところで、ノームにはメテオーアが聞かないという話を思い出した。
「なるほど」
こちらにはノーム対策があるとわかっていたが、妖精王はそこまでつかめていなかったようだ。それなら僕たちが取る手段は最初に戻ってカルラのレーザーで谷の中で身動きが取れないノームたちを妖精界へ帰すだけだ。
「いかがいたしましょう?」
「ブラウヴァルトの人たちは現状待機してください。谷に進軍してくる妖精王軍は僕たちが対処します」
「わかりました。それでは引き続き、私たちは妖精王軍の動きを見張ります」
「よろしくお願いします」
ブラウヴァルトの使者が本陣から出ていったところでクロがネックレスになった宝石を渡してきた。
「これにしゃべる。カルラ聞こえる」
それはインテリゲンを応用した通信装置だった。
この世界へ来て一番不便だったのは通信手段だ。情報にはどうしてもタイムラグが生まれるし、そのタイムラグを考慮した返事をしなければならない。
そして、通信が成功したかわからない不確実性が前世の通信手段に慣れた僕をイライラさせた。
でも、これがあれば一方的ながらもタイムラグがほとんどない通信ができる。流石、カルラと言わざるを得ない。
「カルラ、ノームたちが谷を進軍してくるので、谷の北側で待機して。谷の真ん中辺りにノームが来たらレーザーをお見舞いしてね」
聞こえたかどうか不安になるな。
「カルラから返事来た。かしこまりました」
クロに何か追加機能ができたようだ。カルラから通信できるという便利機能はすごい嬉しい。
「すごいね! クロ!」
僕が藁人形を撫でてあげると、クロは少し笑ったような気がした。
「カルラに頼んだ。クロ、強い」
自ら改造を願い出るなんて……。確かにクロが僕たちに負けた原因は、空いた容量にバイブラを大漁に書き込まれたことによるものだけど、それを逆手に取って自分を強化するために使うとは。
「あとは妖精王の本隊がどこから攻めてくるかだけど」
ノームを谷の中を進ませてくるのなら、谷の南側を通る部隊はいないと考えて良さそうだ。
妖精王が目指すブラウヴァルトは街道の北にあり、北側の森を通った方が近い。
僕が谷の南北に展開しようとしたのは、あくまでも谷の中を攻撃しようとしている僕たちを妖精王が攻撃してくると思ったからだ。
なんの捻りもなく谷の中を進む選択をしたのなら、谷への攻撃は無視できるほど対策があるということなのだろう。
そうなると谷の南側に行って貰ったユキノとライラも北側へ寄せた方が良いだろう。
「カルラ、近くにドーラがいたらユキノとライラを谷の北側へ運んでもらうように伝えて。妖精王軍は南側からは来ないだろうから」
すぐにクロを通して返事が帰って来た。通信手段が二拠点間だけでもあると全然違うなあ。
前世の歴史を紐解いてみれば、情報が即時性を持ったことで、戦争が激化したんだろうとわかる。この世界ではあまり発達させないように僕とカルラぐらいで使うことにしようと思った。
程無くしてカルラからユキノとライラが来たと連絡がある。そして、上空を飛んでいたドーラがノームを見つけてブレスをはいてみたらしいのだが、大きな岩を掲げられて大したダメージにはならなかったようだ。
それが谷を突っ切ってくる理由なのだろう。質量兵器であるメテオーアはノームの能力で防がれ、人間がやるなら岩に頼るしかない。弓矢は岩で防がれる。なるほど、谷を突っ切ってくる理由には充分だった。
「カルラ、容赦ない。ノーム全滅」
クロの呟きを聞いて僕はレーザーの有効性を知ると共に、戦術レベルの魔法ではカルラに敵う魔法使いはいないと思った。
「よくやった。ドライアドはどう?」
「ドライアド、タレットで半壊。タレット損害軽微。ブラウヴァルト出番なし」
こちらも思った以上にタレットが頑張ってくれているようだった。
よく考えたらタレットはジルコニウム銅だから凄い固いんだよね。ドーラがかなり上空から落としても壊れないぐらい。
その固さをドライアドが蔦を使って壊すには凄い時間が掛かるだろう。時間がかかっているうちに次の発射時間で蔦は焼ききられる。
タレットはドライアドに対して凄い有効な武器だったようだ。
「妖精王発見。ライラが捕獲した」
はやくも戦争は終わりのようだった。ノームの全滅でタレットをどうにかする手段がなくなっているので、妖精王軍は退却すると思っていたが、それを忘れるほど頭に血がのぼっていたようだ。
「ライラから。妖精王殺す許可求む」
「意味がわからないよ! 殺しちゃダメ!」
僕は不穏なことを言うライラを止める。カルラもそんなの僕に伝える前に止めてよ!
「シャル、北の陣地へ移動したい。お願いできる?」
「はい」
シャルはすぐに黒虎形態へ変化する。僕が背中に乗ると、シャルはすぐに動きだした。
「なんで、婚約者たちはこんなに血の気が多いの?」
「でも、敵の将軍をいかしておいてもしかたないですよね?」
僕を運びながらシャルが答える。
「いや、身代金取ったり、こちらが有利な条約結ばせたり、色々あるじゃない」
「今回の場合は妖精王を殺してしまい、ライラを妖精王にしてしまえば思いのままです。わざわざ変な手続きする理由はないですよ」
シャルの言葉で自分が甘かったことに気がつかされた。でも、自分の親を殺すのはやめた方がいいよね?
「ヴォルフは頭いいと思いますが、時々訳のわからないことを言います」
「うん。僕もそこについては色々考えているよ」
主に僕の倫理観にあわせてもらうにはどうしたらいいか、だけど。
そんなことを考えていたらすぐに北の陣地へ着いた。
「ヴォルフ、やりましたわよ!」
ライラが嬉しそうに僕に駆け寄ってきて抱きついた。
「妖精王を捉えてそこに転がしてあります」
もう少し敬意を払おうよ……。
「貴様か、我が娘をかどわかしたのは」
妖精王は銅線で縛られている。これもカルラが作り出したものなのだろう。
僕は妖精王を助け起こすと、座らせた。
「お初にお目にかかります、妖精王。僕はヴォルフと言います」
僕は丁寧に頭を下げた。
「私は妖精王。名はない。娘に名をつけたのはお前だな?」
「そうです。ライラというのは仮の名前ですが」
「……そうか。娘には精霊になってほしかったが、またダメなのか……」
妖精王は悲しそうだった。やはり、ライラを精霊にしたがっていたのは何か理由があるようだ。
「もしよければ理由を聞かせてくれませんか?」
僕は単なる好奇心と言うより、それを知ることはライラを預かる身になった義務であるかのように感じた。
「もはや、今となってはかなわぬことだ。良いだろう、話そう」
このまま妖精王の処刑みたいな物騒な話がなくなってしまうように願いながら妖精王の話に耳を傾けた。




