163.幕僚
幕僚とは「司令官の側に侍る者」だそうだが、その全員が婚約者の場合、どう呼ぶのが正解なのか気になる。
ドーラと一階へ降りていったら婚約者が全員揃い、そこにカーリーがいた。
「ヴォルフ様、お待ちしておりました。フリーデン宗教国、全権代表のカーリーです。この度は妖精王の襲撃に際してお力を貸していただけるとのことで、お心遣いいたみいります」
カーリーって割と面倒なことを回される立場なのかな?
「サリーの婚約者の母という関係で選ばれただけですので、ただフリーデン軍との橋渡しでしかありません。過度の期待はしないでいただければ幸いです」
とは、言うものの知り合いが連絡役をしてくれるのはありがたい。
「まず、フリーデン軍の司令官からの意思を伝えます。フリーデン軍はヴォルフ様の指揮下に入り、この度の戦を戦うことを誓います」
これは意外にも思えるかもしれない。フリーデン軍の司令官が察しがよくて僕は助かった。
もっとも、フリーデン軍が勝手に動いてカルラのメテオーアを食らってはたまらないという判断からだろう。
「次にフリーデン軍の戦力に関する情報を書いた密書をお持ちしております。お読みになったら私が回収いたしますので、覚えていただきたいものになります」
そこそこ記憶力はあるので、カーリーから渡された情報へ目を通し、カーリーへ返した。たんてきに言うとナターシャの加護を受けた足軽が三千人程度の軍隊だ。あとは弓兵が百人程度。騎馬はいない。
一国の規模としては小さく感じるが、あとはブラウヴァルト周辺の防衛に回されている。徴兵をすればもっと兵士を増やせるだろうけど、それには時間が掛かる。
妖精王もすぐには軍を揃えられなかったように、ボタン一発というわけには行かないのが、この世界の現実だ。
「ユキノ、北の妖精は兵を出せてどれぐらい?」
「三百というところですね。それでもノーム二千以上になります」
え……。
「聞き間違い?」
「多分、聞き間違いではありません。北の妖精は冬には魔力も耐久力も筋力も強くなるのです」
カーリーが補足してくれた。
「なるほど。では、北の妖精には消極的な協力を頼みたい」
「それでよいのですか?」
カーリーに念を押されるが、北の妖精も妖精王とは事を構えたくないはずなので、妖精王と直接戦わない方法を提案するつもりだ。
「北の妖精はカルラのメテオーアで出来た谷の南側で待機してもらい、妖精王の進軍を足止めしてもらいたい。実際に戦闘をする必要はなく、単に進軍の邪魔になる位置にいてくれればいい。妖精王には戦う意思はないとでも言ってくれれば僕たちは問題ない」
「それは北の妖精たちにとって願ってもないことですが、私たちフリーデン軍にとっては心もとないですね。北の妖精たちは本当に強いですから」
「それについては、クララが作ったタレットを使います」
「ここからは私が説明しましょう!」
クララは自分が作ったタレットを誰かに説明したくて仕方がないようだ。その気持ちは僕もわかる。何かを成し遂げたときは誰かに誉めてほらいたいのだ。
「タレットは、ヴォルフ開発の新魔法レーザーと、カルラ開発の魔術式オートマを組み合わせたゴーレム兵器です」
カルラの作った魔術式は自動的にレーザーを発射するだけのものだったが、これは動作が単純なだけに汎用的に使えるのでオートマと名付けられた。
「ゴーレムというと弱点がよく知られている魔物ではなかったですか?」
この世界の文字はルーン文字とは違うので、線を一本足すと「死」になるという前世の弱点とは違うと思うけど、どんな弱点なんだろう?
異世界転生小説でゴーレムが出て「線を一本足してたおした!」という表記を見るたびに「どんな文字なんだろう」と想像するのが楽しかった。
「このゴーレムは人工的なもので弱点はありません。物理的な攻撃にも魔法的な攻撃にも耐性があります。ただし、移動能力はありませんので、拠点防護用の兵器になります」
つらつらとクララがタレットの特徴を並べていく。
「それでどの程度役に立つのですか?」
クララの手元にあるタレットは改良されており、見た目は十字に切れ込みの入った銅製の玉だ。大きさは十五センチぐらいなので森の中にあったら見つけにくいどころではない。
「そうですね……熟練の弓兵と同等か、それ以上というところでしょうか。数は千を超えて用意できますので、タレットが守る地域は突破不可能でしょう」
「そんなに……。それで敵と接する前線がかなり短くなると?」
「そうです。防衛戦においてはかなり役に立つでしょう?」
解説はクララのドヤ顔で締め括られた。
「ええ、安心しました。先程は谷の南側は北の妖精が配置されると言っていましたが、そちらにヴォルフ様たちが展開されるということですね?」
今度は僕の番だ。
「谷の北と南で別れようと思います。不測の事態が起きないとも限りません。谷の北にはアイリ、ナターシャ、それにクララを配置します。南側にはカルラ、ドーラ、ユキノ、ライラを配置します。シャルとタルは念のため後方で待機、サリー、クロ、僕は後方に作る陣地で作戦指揮をします」
「窮地に陥った部隊の降伏は如何しますか?」
この世界でも敵前逃亡は死刑だが、交戦後の降伏は認められる。
「不利になったらすぐに降伏してください。帰って来た兵士を見る限り、妖精王も命までは取らないようです」
そもそもこの戦いの発端は僕にあるし、命を懸けるのは僕だけで充分だろう。タレットで妖精が死んじゃわないか気になったが、ライラの話によれば受肉していない状態になり妖精界へ帰るだけらしいので、こちらは遠慮なく攻撃できる。
「わかりました」
カーリーは返事をすると、僕たちに挨拶して帰っていった。
これで対外の交渉は終わったと見ていい。
あとは妖精王の軍隊がどの程度なのか情報がほしいところだ。
「妖精王はどう出るかな?」
僕はライラに聞いてみる。
「妖精王は人間の部隊と交戦して圧勝したことでかなり油断しているでしょう。北の妖精に助力を求めて実質断られているにも関わらず、戦力をノームとドライアドから増やしていないようですから」
「妖精王は何人ぐらい人間界へ妖精を呼べるのかなあ。倒しても倒しても後から呼ばれたら流石に勝てないだろうし」
「妖精王の力は無限ではありません。たぶん、今いる妖精の二倍ぐらいが限度です。つまり最大一万人程度の軍勢を呼べます」
「ありがとう。凄い有益な情報を教えてもらった。これで集められるだけの情報は集めたね。じゃあ、僕たちは準備をしていよう」
サリーとアイリにタレットを展開する詳細な地域を神殿のカーリーへ伝えてもらう。
ドーラは、クララを乗せてタレットを展開する。少々の衝撃では壊れないため、闇夜に乗じてドーラが上空からばらまくそうだ。
「一応、北の妖精の展開する位置と、カルラが拠点にする位置を確認しておこう。何かあったらすぐに退却してもらわないとならない」
「では、私が同行しましょう」
カルラが作った街道の谷の南北は森が広がっている。森の中ならライラやシャルが動きやすい。もっともドライアドはもっと動きやすいのだろうけど。
「じゃあ、ライラとシャルに同行してもらうね。僕も一応戦場を確認しておきたいし」
シャルが黒虎の形態へ返信すると、ライラは少し驚いていた。
「まさか黒虎だったなんて。ヴォルフは妖精だけではなく、魔物まで虜にするのですね……」
シャルの場合は餌付けだった気がするけど。
「さあ、乗ってください」
シャルの背中に乗ると、すでに暗くなった外を走り出す。暗闇に黒い肢体が溶け込んでいる。暗闇の中は魔力で障害物を判断しているらしく、暗視スコープのようだなと思った。
「もうすぐ着きます」
「少しお待ち下さい。先客がいるようです」
ライラの言葉でシャルは音もなく止まった。
「向こうもこちらに気がついたようです。様子を伺っているようですね。近づいてきません」
この状況で出会うといったら妖精王の兵士以外には考えられない。
「ノームとドライアドのどちらだろう?」
「ドライアドですね。今なら私の魔法で三体全部を沈めることができます」
「うーん」
ここで沈めるのは簡単だけど、それは相手に余計な警戒心を生むだけだ。せっかく油断してくれているのに、やっぱり強いとなると、軍隊を増強するかもしれない。
僕たちはこれ以上の軍備増強を望めない今、それは美味しくない話だ。
「ここは逃げておこう。シャル、少しゆっくり目に逃げて」
「わかりました」
シャルはゆっくり後ずさりしながら向きを返る。
「おってくるようですね」
「食らったふりしたいんだけど、無理かな?」
「ドライアドは締め付けする蔓などが武器ですから避けるだけです」
「じゃあ、避けながら退却」
ライラの言うとおり、色んな角度から蔦が飛んで来る。そのどれもが僕たちをとらえようとするものだ。
「三体の割には多いですね」
確かに数が多く僕だったらとっくに捕まっているような攻撃だ。
「多分若いドライアドでしょう。魔力の枯渇を恐れずに使っているのです。あのままだとすぐに力尽きますね」
ライラの言うとおり次第に蔦が飛んで来なくなり、ドライアドの追撃はなくなった。
「どうなったの?」
「多分魔力がつきて妖精界へ戻りましたね。三体ともという訳ではありません。一体は流石に退いたようです」
これは僕の思った通りにはならなかったのかな? その若いドライアドというのが嘘の報告をしないといいんだけど。
あ、妖精は自己と他己の境が曖昧なんだっけ。それなら自分の身に起きたことを正確に伝えてくれるかな。
「それにしてもドライアドは厄介だね」
障害物の多い森の中をぴったりシャルについてきて、正確に蔦を飛ばしてくる。蔦に捕まればぐるぐるに縛り上げられ体の自由を奪われる。こんなの普通の人間には対処できないでしょう。
数では負けていなかったブラウヴァルトやビルネンベルクがぼろ負けしたというのもなっとくだ。
そして、これより強いと言われる北の妖精。今回はかろうじて敵にはならなかったけど、これから先、僕たちが国を起こすときには敵にまわさないようにしなければ。
「視察はどうします?」
「続けよう。今度は見つからないように出来るかな?」
「少し速度を落としていただければ大丈夫です」
ライラはシャルに細かな速度を伝えると、シャルはそれにあわせて動く。
僕たちは無事偵察任務を終えたのだった。




