162.前夜
あのあと、クララが作った兵器は「タレット」と名付けられた。相手を一方的に撃つ様が射撃塔に似ているということだった。
盛り上がる三人と別れ、僕はドーラと二人部屋にいた。僕がドーラを誘ったわけではなく、ドーラが最初からいたところに僕が入ってきたというわけだ。
「今日は我だからな!」
ベッドをパンパンと叩きながら催促する。
まだ夕飯も食べていない。気が早すぎる。
「今日の夜伽はドラゴンの方がいいか? それとも人間の方がいいか?」
お風呂にする?それともご飯にする?的な問なのだろうか。
「ドラゴンの方がいい」
人間形態のドーラは僕にとって刺激が強すぎるし、ぬいぐるみドラゴンなら抱き枕にちょうど良いと思った。
「ふむ。ヴォルフはドラゴンとするのが好みか……」
ドーラの言葉で前世の有名なネタ動画を思い出してしまったではないか。
「何を考えているかなんとなく分かるけど、エッチなことはしないからね」
「どうして?!」
さもエッチなことをするのが当たり前のように、ドーラは僕に迫る。
「カルラにもシャルにもアイリにも思い出せば顔を赤らめるようなことをしたのであろう? 我だけにしないとはおかしいではないか!」
この言い方だとドーラは三人に質問をしていたようだ。詳しいことは教えてもらえなかったが、三人は一様に恥ずかしがって顔を赤くしたみたいだね。
それがドーラを勘違いさせているようだ。
「三人ともドーラが考えているようなことはしていないよ。まだ嫁入り前なわけだし」
「嫁入り前の娘と一晩二人きりになった時点でその言い分は通らんと思わんか?」
ぐふっ! ドーラの方が正論だった。
どうして僕は流されてしまったのだろう。それに倫理観がちょっとずつ崩壊していっている気がする。
「じゃ、じゃあ、取り返しが着くようにドーラは別の部屋で寝てね」
今からでも遅くない。ドーラからでも。
「それはない。我は今夜ヴォルフと結ばれるのだ」
あまりにキッパリとした態度に僕の方が怯んでしまう。
「よく聞いてくれ、ヴォルフ。我はヴォルフが好きだ。はっきり言えば、ヴォルフのためなら死ねる」
ドーラが死ぬことはないだろうけど、僕のためにそこまで言ってくれるのは感動する。エッチなことはしないけど。
「それにヴォルフに好きになってほしい。形だけでは嫌なのだ」
「でも、それは名付けのスキルの影響ではないの?」
「違う! ……いや、最初はそうだったかもしれん。しかし、ヴォルフといるうちにヴォルフのことを好きになったのだ。今思い返してもヴォルフを好きな気持ちは我の心から沸いてくる感情なのだ」
「わかった。ドーラの気持ちを受け入れるよ」
そこまで言われたら僕だって覚悟を決めなければならない。
「ならば!」
早速襲いかかって来ようとするドーラを手で制すと僕は改めてドーラを抱き締めた。
「僕もドーラのことが好きだよ。嘘偽りない。だからこそ、ドーラとの関係をちゃんとしたいんだ。このままなしくずしでエッチなことをしてもそれだけで終わってしまう。そうじゃなくて、時が僕とドーラを別つまで一緒にいたいんだ。そのために、僕はドーラの両親と会わなきゃ。そして、ドーラと結婚することの許可を貰いたい」
「ダメだ」
「え?」
「我の両親に会うことはまかりならん。大体、我はもう何千年もひとりで生きているのだぞ? 今さら親の許可など必要ない」
なんか、この流れはシャルの時と同じような気がする。
ドーラも親となにかあるんだろうか。もしくは親に何かあるか。
僕の婚約者の傾向として「お姫様が多い」以外に「親に会わせてくれない」というのも付け加わった気がする。サリーのお母さんのカーリーみたいな例外はあるけど。
「そう。じゃあ、僕の両親にドーラを紹介するまでは待っててね。僕は親に許可を貰わなきゃならないし、それにカルラから順番にしないと嫌われちゃうだろうしね」
「それは最低三年はエッチなことはしないと言う意味ではないか!」
ドーラがあまりにうるさいので、抱き締めていた手を解き、両方の頬を抑えると、口を口でふさいだ。
「むぐ……」
口が塞がれて静かになる。
最初は身を硬くしていたドーラも段々と弛緩し、逆に僕を掴んで求めるように口を合わせてきた。
しばらくの間、僕たちはキスしたあと、どちらからともなく離れ、荒く息をする。呼吸を忘れていたかのような時間だった。
「ず、ずるいぞ。不意討ちだ……」
「これぐらいならエッチなことには入らないよね?」
本当は入る気がするけど。
「そ、そうだな。我からすればこの程度は挨拶のようなものだ」
ドーラはとても嬉しそうだ。
「挨拶なのだから毎日してもよいぞ」
「毎日はできないかもしれないけど、ドーラのお願いだから、僕もなるべくするね」
ドーラはますます嬉しそうだ。僕に満面の笑顔で笑いかけてくる。
「ヴォルフ、ありがとう」
「うん」
「我は長くひとりで生きてきたが、それはヴォルフと出会うためだったかもしれん。ドラゴンではあるが、我は自分の力をもて余していた」
「そう言えば、ドーラの持ってた宝石はどうやって集めたの?」
僕の質問にドーラは答えたくないようだ。そっぽを向いて冷や汗をかいている。
「過去に悪いことをしていても気にしないよ。正直に答えて」
「親父がな」
「親父?」
「そうだ。親父が神様の真似事を遠くの大陸でしておってな、人間たちが親父に宝石やアーティファクトを捧げるのだ」
それ自体はなんの悪いこともない。
ドラゴンの力は強大だし、それを祭り上げる人間の気持ちもよくわかる。
「しかし、親父は人間どもに対して何か返したりしなかった。いつも捧げられた酒を飲んで寝てばかりいたのだ」
何だろう、この話の昭和感。宝くじに当たって急に働かなくなった人の話に良く似てる。たぶん、この後、人間から何も貰えなくなって暴れまわる的な話じゃないの?
「我はそれが気にいらなかった。親父の宝物を盗んで家出をしたのだ」
なんで盗んだ。
「あの宝物はドーラのお父さんのものだったの?」
「勘違いするな。親父から盗んだ宝物は使いきった。初めて人間の街に降りたときにあまりに面白くてばらまいてしまった」
ドーラの豪華な使い方に比べれば、カルラたちはかわいい方だった。
「じゃあ、あの宝物はどこから集めたの?」
「神様の真似事をしてな、人間を少々助けたら宝物をくれた」
うわ。忌み嫌っていた親に似てしまう話か。
「そんなことを続けていたら、なにもしないでもくれるようになっていた。しかし、ある日、人間の騎士が謀反を起こすための資金にしようと我の宝を狙ってきたのだ。我は戦ったが、多勢に無勢だった。そこで宝物を持ってあの島へ逃げ込んだ。それが三千年前の話だ」
すると三千年もあの島に住んでいるのか。
「そこで黒虎の長と会い、魔力の棺を貸した。その話はヴォルフも知っておろう」
確かにシャルのおじいさんに貸したんだけっけ。
「宝石は我のものだが、正当な報酬とは言いがたい。だから、我以外が使ってくれる方がありがたいのだ」
気持ちはなんとなくわかるし、ドーラの価値観も今の話からよくわかった。本当なら宝物は持ち主へ返してあげるところだけど、三千年以上前の話なら時効だよね。
それにドーラは次第になにもしなくてもくれるようになったと言っていたけど、たぶん、そこも長い時間が流れて人間は世代交代したんだろうと思う。
「ドーラは根が真面目なんだね。ますます好きになったよ」
「な、なんだと?! 今の話を聞いていただろう? 我は誇れるような生き方をしてこなかったのだ」
「でも、これからは誇れるような生き方をしてくれるんでしょ?」
僕がさも当然のような聞き方をすると、ドーラは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに引き締め、「当たり前だ」と返事をした。
僕はそんなドーラがかわいく見えて、再度抱き締めた。
「ドーラ、これからよろしくね」
「ああ、ヴォルフが誇れる妻となるよう努力しよう」
「僕も頑張るよ」
ドーラは僕の返事に満足すると、僕にキスをせがんできた。
僕はドーラとの約束を守り、キスをする。
ただし、今回は軽いキスだ。
「まだ夕飯食べてないよ。そろそろ夕飯食べよう」
「そうだな」
ドーラも納得したので、二人で揃って宿の一階へ降りた。




