160.戦術
ナターシャに戦術のなんたるかを叩き込むことにした。人間相手なら力押しでも勝てる能力があるのだろう。
でも、今回の相手は妖精王なのだ。力押しだけでは勝てない。付け焼きは和と言えども戦術の基本は理解してもらう必要はある。
「大軍をまとめて運用する場合、どうするのが一番効率がいいか知ってる?」
「そんなのは決まってます。全軍突撃が一番戦果が出ますね」
僕の質問にドヤ顔で答える。
「違う。それじゃ、自軍の消耗が激しくなるよ。そして、消耗すると継戦能力が著しく低下する」
「ならばどうしたらいいんですか?」
自分の答えを否定されて不満のようだ。戦いの神様ではあるが、強いのは個人技の範疇のようだ。戦争という面では人間の方が一日の長がある。
「一番いいのは一人の兵士が敵と接する面を一番小さくすること。そうすれば兵士は負傷しにくく、継戦能力が維持しやすい」
「なるほど。つまり、隊列を組むのが一番だということですね」
正解。ナターシャは頭が悪いわけではなさそうだ。
「それであっているんだけど、隊列を組むと被害が大きくなる場合がある。それはどんな時?」
「……少し考える時間をください」
戦術の基本はじゃんけんみたいなもので、これだけやれば完璧!というものは現代の戦争でも存在しない。
僕の浅い理解でも核兵器を使うと占領できないので、戦争をする意味がなくなるということはわかる。
戦車は小回りが聞かないので歩兵のRPGにやられる。歩兵は小回りの効く装甲車の機銃掃射に弱い。装甲車は戦車の主砲で簡単に撃破される。そういう相克の関係がある。
この世界の戦術も似たような相克の関係がある。
大軍を運用すると糧食や補給、医療の問題が出るのは当然のことながら、前世でも問題だったのは大量破壊兵器の存在だ。
群れているところにメテオーアをぶちこまれたら一発でアウトだ。
もちろん、大量破壊が出来る魔法を使える人は少ない。でも、いないことを前提にはできない。
「隊列を組むと言うことは密集体型を取るということ。そうなると、弓矢や魔法が避けにくく当たりやすくなるということですね?」
「そうだよ」
「なるほど……今回は魔法を使う妖精との戦争だから、密集体型は良くないですね……」
「どうするのが正解だと思う?」
「こ、これは難しいですね……」
この世界ではゲリラ戦という考え方も、散開戦術という考え方もない。
魔法は射線が通っていないと撃てない。その辺を考慮した答えが出れば満点だ。
「魔法を無力化出来れば某一番ですが……」
残念ながらそんな都合の良いものはない。魔法を研究してきた僕も対魔法については色々考えてみたけど、あまりよい方法はなかった。
「魔法から受ける損害を最小限にするには、バラバラに広がって進んだり、全方位から攻めたりする必要かありそうですね」
おお、流石、戦いの神様! ほとんど正解だ。
「そう言えば、カルラが撃ったメテオーアで大きな谷が出来ていると聞きました。なんとか魔法使いたちを谷に誘い込めれば逆に一網打尽に出来ますね」
谷は射線を制限するのにとても向いている地形だ。それゆえにそこへ誘導するのは非常に難しい。よっぽどの理由がなければ避けられる谷は避けて進軍するだろう。
「そこに妖精王の娘ライラを配置しましょう。それなら妖精王共々一網打尽です!」
まだあったことないからか、カルラから薫陶を受けていないからか、ちょっとライバル心があるようだ。
「ダメだよ。ライラも僕の大切な許嫁だ」
「何も本当にいる必要はないですね。ライラに分身でもつくってもらいましょう」
これなら!という顔で聞いてくるが、それもダメである。相手を嘘で陥れるのは戦争を長引かせる最大の原因だからだ。
「うーん。もっと良い手はないかなあ」
「そうですね……あ! 北の妖精に肉の壁になってもらうのはどうでしょう?」
ひどい! ……いや待てよ?
「それは良い案かも?」
ナターシャは僕に誉められて気をよくしたのか、笑顔になった。
「さて、そろそろクララたちが戻っているだろうし、個人授業はおしまい。下へ戻ろう」
「はい! また個人授業お願いしますね!」
僕は個人授業といつ響きになんかエッチな響きを覚えながら部屋を出た。
下に降りるとすでにクララとライラが戻っていた。
「お疲れ様。ゲオルグのところではどんな話が聞けた?」
「やはり妖精王が動いたようです。ゲオルグの小飼の妖精が情報を持ってきたとか」
確定か。妖精王の親バカめ。
「それでどう動く気か分かる?」
「まだ戦力を集めている段階のようです。今の時期、一番強い雪の妖精に頼んだけど、断られたとか。仕方ないのでカルラのメテオーア対策にノームを中心とした妖精を集めているみたいですね」
クララの報告で驚いた。
「もしかして、ノームってメテオーア効かない?」
「メテオーアだけじゃなく、石や土を操るので、それを使った魔法には無敵です」
ライラが補足してくれた。
「はやくも大量破壊魔法が使えぬとは……」
タルの言葉が場を重くする。
「しかし、ノームは魔法を使う方が苦手なので、人間の兵士が倒せないことはありません。あとは妖精王の元の種族であるドライアドの一族ですが、場所が森や木の多いところでない限り、そんなに問題にはならないでしょう」
サリーが頭を抱える。
「籠城戦は出来ぬな……」
「まさか森を守ってきたことが仇となるとは……」
タルとサリーの感想がすべてだった。ブラウヴルトは森に囲まれているもんね。
「ライラはドライアドなの?」
「私は秋の妖精です。母はどこかへいってしまいましたが、風の精霊だったのです」
だからもしかして妖精王はライラを精霊にして母親にあわせたかったのかな?
「ドライアドたちは私が押さえることも可能です。ドライアドの力を奪い人間たちが収穫できる実りにするのは私の力ですから。何よりヴォルフに名前をいただいたお陰でドライアド全員を相手にしても勝てるでしょう。さすがに妖精王は難しいですけど」
ライラ強い。
何より三竦みで勝てる相手がいるというのはいいね。
「あと雪の妖精の力を得られるなら、ドライアドも妖精王も完封できるでしょう」
雪の妖精ってそこまで強かったのか。なんとなく、ユキノを見ながら信じられないなあと思う。
「アテは戦士としてはショボいですが、魔法はちょっとしたもんですよ?」
初めてユキノの有用性を確認した。
「ユキノは北の妖精の娘なのでしょう?」
「あい」
「凄い魔法を使えると有名な妖精です」
妖精王の娘にそんなことを言わせるぐらいなのだ。期待しても良いだろう。
「そうしたら、アイリとナターシャでノームを叩く作戦を立ててほしい。それをサリーとタルにブラウヴルト軍へ持っていってもらおう。北の妖精をうまく使う方法は僕も一緒に考える。あとライラ、ユキノ、ドーラはドライアドを抑える役目をすることになるよ。ブラウヴルト軍はノームと戦ってもらうように誘導しよう」
今回はじゃんけんであいこのブラウヴルトとノームを戦わせ、損耗が大きくならないうちにじゃんけんで勝てるドライアドたちを、ライラ、ユキノ、ドーラで叩いてしまおう。
「今回は私の出番は無さそうですね……インテリゲンもノームたちに壊されているようですし……」
カルラのインテリゲンを看破するとは、流石ノーム、優秀だな。この戦争が終わったら仲間になってくれないかな。
「大丈夫。カルラには大切な任務を用意してあるから安心して」
カルラに新しく魔法を教えるときが来たようだ。ちょっと前から構築していた魔法の術式が出来上がり、カルラに教えようと思っていた。
これは戦術級魔法としても優秀だけど、戦略級魔法としても使える。特にユキノたち雪の妖精と協力できれば完璧だ。
「クララとシャルは僕の補助をお願い」
クララは優秀な魔工師なので、僕が作りたいものを作ってくれるだろう。シャルは魔力を吸収することが出来るので、カルラの連日相手にはちょうどいい。
「さて、みんな、忙しくなるけど、よろしくね!」
情報が出揃い、僕たちも実際に動くだけとなった。ビルネンベルク王国の動向は気になるが、今は目の前のことが優先だ。
「ヴォルフは覚悟を決めると行動が早いのじゃ。明日には建国が終わってそうじゃな」
タルの言葉にみんな頷いている。
「終わらないと思うけど……」
どちらかと言えばまだ始まってもいない。
「国が出来上がるときというのは、誰も気がつかぬものじゃ」
建国神話を生きてきた神様が言うと否定しがたい雰囲気があるんだよね。
「タルの言葉は覚えておくよ」
僕はカルラに向き直った。
「さて、久しぶりに魔法の練習だ」
「はい!」
カルラは嬉しそうにうなずいた。シャルとクララも僕の側に寄ってきた。
「じゃあ、これからやることを説明するね」
カルラに覚えてもらう魔法を説明し始めた。




