159.追神
本日二話目です
サリーとアイリは神妙な面持ちで帰って来た。どうみても良い知らせを持っているとは考えにくい。
「ブラウヴルトの状況は思ったよりも良くないようです。軍の関係者が話しているのを盗み聞きしたところ、ビルネンベルク軍を追い討ちしようとしたブラウヴルト軍は壊滅的打撃を受け撤退したそうです」
サリーの報告はドーラが見てきたものと合致しない。
「ビルネンベルク軍も壊滅的打撃を受けていたけど、ブラウヴルト軍は本当にビルネンベルク軍と戦ったのかな?」
「それなんだが、あたしが軍の会議に忍び込んで集めた情報では、ブラウヴルト軍は見たこともない兵士たちにやられたそうだ。少なくとも隣国の兵士ではないと言うことだった」
「あーそれは妖精かな……」
「妖精っぽいですね」
なるべく考えたくない可能性だったけど、これだけ状況証拠が集まると、妖精王が戦争を仕掛けてきていることを考えなければならない。
「北の妖精はこういうときはどうするんだろう?」
北の妖精にはブラウヴルトととの盟約があるわけだが、妖精王と戦えるとも思えない。
「北の妖精は完全に沈黙しているということです
」
サリーの返答に納得した。
そうなるとブラウヴルトは完全に孤立してしまう。いくら全国民が戦えるようなスペックだからと言って、妖精王の軍隊と戦うのは難しいだろう。
幸いと言っていいかわからないが、妖精王の目的はライラだ。ビルネンベルク軍には追撃しないだろう。
「ゲオルグのところでどんな情報が出てくるかだけど、予想通りなら妖精王の軍隊が人間界へ出てきたというところだろうね」
ゲオルグの言う妖精の警察がどこまで力があるかわからないが、妖精王を取り締まるのは無理だろう。
「それにしても妖精王は親バカです」
「普通にバカなんじゃ?」
シャルは辛辣だなあ。カルラの方が辛辣だと思っていたけど、シャルも大概だった。
結局、シャルのお父さんを紹介してもらえなかったけど、どんなお父さんなのか気になるね。
「戻ったのじゃ」
タルが宿に戻ってきた。
「高天原ではバカはいないようじゃ。しかし、五千年前にライラを連れ出した神が人間界に手を貸すと言っている。普段はやさしい神じゃが、怒ると手がつけられなくてな。もうブラウヴルト神殿へ降臨済みじゃ」
それはバカじゃないのか?
「ヴォルフ、心配ないぞ。その神は女じゃ」
五千年前に連れ出した理由はなんだったんだろう。
「奴も独身が長くてな、結婚もできずに精霊界へ行ってしまうなんて!と言って衝動的に助けたようじゃ」
それは助けたんじゃなくて未成年者略取じゃ?と思ったけど、結婚できる年齢ということは成人しているのか。何より結婚したいのに独身期間が五千年は長いよね。もっとも五千年前に何年独身だったか知らないけど。
「それでなんの神様なの? 縁結び?」
「戦いの神じゃ」
「それは……」
「難儀な……」
婚約者たちの発言には余裕が感じられる。しかし、相手がいるというだけで結婚しているわけじゃないんだから、戦いの神様だって相手がいて結婚していないだけじゃないか。
「因みに相手もおらん」
「やっぱりね」
ひどい! なにそのヒエラルキー。怖いよ。
「と、とにかく、戦いの神様が手を貸してくれるのなら、妖精王との戦いでも勝算はあるかもしれないね」
僕はまだ見ぬ戦いの神に同情した。まさか、こんなことを言われているとは夢にも思うまい。
「だが、美少女なんじゃぞ。わしよりも年下じゃし、人間には大人気じゃな」
タルより年下とか、見た目の話じゃないよね?
「まあ、連れてきて宿の外に待たせているから、一度あってみるとよい」
全員が吹き出した。
「つれてきてるの?!」
「そりゃな。味方になるわけじゃし、一緒に作戦を考えた方が戦いやすいじゃろ?」
そりゃ、そうだけど、近くに連れてきてあんな悪口言うなんて、泣いて帰ったんじゃない?
「ナターシャ、入っていいぞ」
宿のドアがゆっくり開く。
「約八千年の間、独身を貫いています、戦いの神様でーす」
銀髪で整った顔立ち、鍛えられた肉体を惜しげもなく晒しているカバー率の低いビキニ鎧。凄い美少女なのに暗い。外見だけなら年の頃は僕と同じぐらいだろうか。
それにしても、この声色ヤバくない? 完全に怒らせちゃってるよね?
「そう怒るな、ナターシャ。お前がヴォルフの許嫁になればいいだけじゃ」
「そうですね!」
なんの約束だ? 僕はそんな約束した覚えないけど。
「この戦いで活躍したらヴォルフの目にも確実に止まるであろうからな」
「はい! 私、頑張りますね!」
ナターシャは気合いが入っているようだ。もう止められないだろう。よくわからないけど、いやとはとても言えない雰囲気のなか、僕はナターシャがなんか、かわいいなと思い始めていた。
「よろしくね、ナターシャ」
「あなたがヴォルフですね! 妖精王なんてけちょんけちょんにしてやりますから、期待していてください!」
「あはは。神様っぽくないね」
「ふふふ。私はタルにくらべたら、まだ若いですから!」
「なんか、かわいいね。期待してるよ」
「か、かわいい……」
どうやら「かわいい」が琴線に触れたようだ。真っ赤になっている。
「何がなんでも勝って見せます!」
女性の結婚にかける執念みたいなものを感じる。ナターシャなんて、結婚できないようには見えないんだけどなあ。
「あれは、必死すぎて男が引いていく方じゃからな。ヴォルフみたいに懐が広い男でないと受け止め切れないのじゃ」
懐は広かないけど、ここで婚約者が一人増えても気にはしないよ。
「じゃあ、早速サリーとタルのふたりと一緒にブラウヴルト軍と打ち合わせをしてね」
「打ち合わせ? そんなものは不要です。兵士全員に死ぬまで全力以上で戦える神力を授けました。これで妖精王の軍など蹴散らせるでしょう!」
あ、ダメだ。脳筋が増えてしまった。
「タル、ナターシャに打ち合わせの重要性を説きたい。二人きりでお話ししてくる」
「ふ、二人きり!」
ナターシャは何か勘違いをしているようだ。
「そやつは体でないと覚えないのじゃ。体に教えるといいのじゃ」
タルが悪のりすると、ナターシャはますます赤くなった。
「じゃあ、ナターシャ。二階のふたり部屋へ行こうか」
「は、はい!」
僕とナターシャが二階へ上がっている間にゲオルグのところへ行ったユキノたちも戻ってくるだろう。
ナターシャとゆっくりお話しせねば。
「ナターシャ」
「はい!」
緊張で声が裏返っている。
「今からナターシャは簡単な遊戯で僕と戦ってもらいます」
どうぶつを使った将棋で、簡単なパズルのようなものだ。しかし、それなりに奥が深く、取った駒を再利用出来るので盤面が狭いわりに展開が多岐にわたる。
ナターシャにルールを説明すると、ナターシャは「簡単なゲームですね」と感想を述べた。かかったな!
「では、僕は最初だけひよこと獅子でやります」
ひよこは歩、獅子は王の動きができる。ナターシャの方には象という斜めにひとつずつ進めるコマと麒麟という縦横にひとつずつ進めるコマが追加されている。
「え? こんなの楽勝じゃないですか!」
ナターシャは本当に何も考えていないようで、始まった途端に麒麟を進める。そして、僕は象の方へ獅子を進めた。
「あ、あれ?」
ナターシャは麒麟押しを続けるが僕はひよこを進ませ、ナターシャのひよこを取る。
「なんの、ひよこなど雑兵要らないです!」
獅子で取ろうとする。
「それとると敗けだよ」
僕の獅子がきいている。
「あ……」
そこへ来て始めて自分の失策に気がついたようだが、そこからまたダメな手筋を重ね、僕の勝ちになった。
「も、もう一回!」
しかし、ナターシャはその後何回しても勝てなかった。
「な、なぜ……」
「打ち合わせしようか?」
僕はにっこり笑ってナターシャ肩を叩いた。




