157.敵影
昼食を食べたあと、僕はゲオルグの本屋に来ていた。ノームの結婚式に出てなくてよかったのか聞きたかったのと、春が来る可能性についても聞きたかった。
僕の婚約者たちは「婚約者会議」があるとかで、宿の一室に婚約者全員に加えて何故かクロも籠っている。
今日は雨戸が一枚だけ開いている。通常営業に戻ったようだ。
「ゲオルグいる?」
中に入ると同時に声をかけると、ノームが出てきた。
「あれ? ノーム、妖精界に戻らなかったの?」
「そのノームは前のノームとは別だよ」
ゲオルグが置くから出てきた。そう言われても双子よりそっくりなので、本人としか思えなかった。
「今頃、ノームは新居で子作りだろう。うまくいってよかったよ」
「それはよかった」
これで春がちゃんと来るよね。
「ゲオルグは結婚式を途中で抜けちゃったけどよかったの?」
「あんなに盛り上がるとは思わなくてな、ついつい長居してしまった。本当なら時間感覚を忘れる前に帰るつもりだったんだが」
妖精界の時間感覚については、僕も体験したので分かる。体感では二時間も居なかったのに、二日も経過していた。
「ノームも雪の妖精と無事結婚できたし、次はヴォルフの番だな。無事結婚を認められるようにしないと……気が重い……」
そう言えば、ライラを人間界に連れてくると、妖精王が激おこなんだっけ。忘れていた。
「その顔を見れば忘れていたのはわかるが、一応、人間界と妖精界の全面戦争になる案件だということは覚えておいてくれ」
「大袈裟な……」
「いや、これは大袈裟ではないぞ。妖精王の結婚式の席での様子を見ていれば誰でも理解できる。娘は絶対に精霊になる!と豪語してたからな」
僕は段々不安になってきた。今までは婚約者の親問題というのを、避けてこれたけど、これから先、無人島から戻ったら真剣に向き合わないといけないことだ。
これがカーリーみたいに柔軟性が高い親ばかりだったらいいが、ライラの親みたいに頭の硬い親が出てくることは想像に難くない。
「ひとつ簡単な解決策があるぞ」
「なになに?」
簡単に終わることなら終わらせたい。僕が死ぬとかいう案以外で。
「ヴォルフが妖精王に名前をつければいいんだよ。そうすれば妖精王はヴォルフに逆らえなくなる」
「いくつか疑問があるんだけど、妖精王はなんで名前がないの? あと僕が本人の承諾なしに名前をつけられるものなの?」
「妖精王は妖精王だからな。名前なんて必要なかったんだろう。あとヴォルフなら名前をつけることも可能だ。本人の意思とは関係なくな」
それを聞いて名付けスキルによる軍団構成を思い出してしまった。妖精は大抵名前がないようだから、妖精に名前をつけまくれば凄い軍団ができそうだ。
もっとも、妖精王に名前をつけられるのなら、それだけで終わる話だけど。
「あと、もうひとつ。ライラの時は名前をつけると婚約したことになるといっていたけど、妖精王は問題ないの?」
僕が読んでいた異世界転生小説では、異種族の男性を妊娠させるようなドラゴンとか出てきたから油断しない。
「ライラのは妖精界から出たいがための嘘だろうな」
「な、なるほど……」
どうして、僕の婚約者になる女の子はこうも油断がならないのか。
「じゃあ、ヴォルフ、よろしくな」
ゲオルグのにこやかな笑顔に「これは絶対に簡単じゃないな」と思いながらも婚約者として受け入れたライラを守るために頑張ることにした。やらないと人間界が滅びかねないと言われても、実感がわかないが、ライラのないた顔を想像すればやらなきゃと思う。
「何かあったら力を貸してね」
「無理。ひとりで頑張って」
爽やかに送り出されてしまった。ゲオルグは妖精と結婚しないのかな。
僕は思ったよりも早く追い出されてしまったので、ブラウヴルトの町の噂でも聞こうと、屋台へやってきた。
気になっているのはバルドのビルネンベルク軍がどこまで迫っているかだ。
「おじさん、焼き鳥三本ください」
「お? この前の。無事醤油は買えたかい?」
「はい。ありがとうごさいました」
「そりゃ、よかった。ビルネンベルク軍も撤退したって言うし、今年の年越しは無事できそうだな」
「撤退?」
「ああ、やっぱりブラウヴルトの守り神の神罰を見たら誰でもしっぽ巻いて逃げるってものさ」
僕は腑に落ちなかったが、おじさんからはそれ以上聞けそうになかったので、焼き鳥を受け取って店からはなれた。
歩きながら、回りの人の様子を伺うが誰も不安な様子ではない。むしろ安堵しているようにみえた。
僕がいない間に何があったのか、まだなにも聞いていないけど、ビルネンベルク軍に何かあったと思う方が自然だろう。
バルド将軍はやるきまんまんだったし、ここまで進軍して引く理由もない。
ビルネンベルク王の交代があるのか、それともバルド自身に何かあったのか。とにかく情報を集める必要があるだろう。
ビルネンベルク王国の動向はカルラの理想と密接に関わっている。今後、僕たちがどう動くべきか決めなければならない。
それに宰相派の動きも気になる。僕はバルドが次の王になることを前提に動いているが、それが宰相派の人間になるのなら、やり方を変える必要がある。
宰相の下でうごくとなると、バルド将軍のように命の危険のある戦場に送り込まれるだけならまだしも、せっかく良好な関係を築けそうなフリーデン宗教国と戦争させられるかもしれない。
もし宰相派が実験を握るのなら、いっそカルラを正統後継者にして、ビルネンベルク王国を二分して戦った方がいいだろう。
「そうなると、僕たちの国を作るというのは悪くない考えだな」
今は僕の婚約者としているため、目だった行動をしていないが、婚約者たちは人間の領域を遥かに越えて優秀だ。内政に不安はあるものの建国を経験しているタルがいるのは心強い。
帰ったらカルラに相談してみよう。
大通りへ戻ると、槍を持った兵士たちが列になって歩いていた。どうやら敗戦した部隊らしく、みんな誰かしら負傷している。激しい戦闘があったことは誰の目にも明らかだった。
「ビルネンベルクは撤退したんじゃなかったのかよ……」
誰かがポツリと漏らした呟きが波紋のように周囲へ不安を伝染させる。次第に不安が不安を呼ぶようになっていた。
ビルネンベルクが撤退したというのが嘘なのか、それとも別の勢力が漁夫の利を狙って仕掛けてきたのか、それはわからないが、ブラウヴルトのピンチはかわらないようだ。
僕も敵の素性がよく分からないので、何も考えることができない。急いで宿へ戻り、ドーラたちに協力してもらおう。
大通りを通って宿へ急ぐ。
部屋の前に立つと、カルラの声が聞こえてきた。
「それでは第五回婚約者会議を終わります。新しく入った方はヴォルフのためによく尽くしてください」
「はい」
や、なんか、カルラはまとめ役が板についているな。凄い安心できる。
会議も終わったようなので僕はドアをノックした。
「ヴォルフだけど、話があるんだ」
すると、なにかドタバタする音がして少ししてからドアが開いた。
「お早いお帰りですね!」
息を切らしたクララがドアを少しだけ開けて顔を出した。
「うん。ゲオルグに追い出されちゃってね」
「そうですか。私たちも今話を終えたところなので、下に行きます。下でお待ち下さい」
「わかった」
どうやら部屋にはいれたくないようなので、何があるか気になりつつも下に降りる。
「あ、一応内密な話になるからライラに結界をはってほしいと伝えてもらえる?」
「わかりました」
しばらくするとみんな揃って降りてきた。
「既に結界は張りました。それでお話とはなんでしょうか」
「まずは座って」
みんなに食事処の椅子に座ってもらう。
「ブラウヴルト軍がどこかで敗退して帰って来たようなんだ。それで、どこと戦って負けたのかによって僕たちの今後の方針を変えようと思う」
僕の話を神妙に聞いていたが、若干一名は「今日は我の夜伽の番だったのに……」と悔しがっている声が聞こえた。
「僕もブラウヴルトが気に入っているし、サリーの故郷でもあるからね。出来れば守りたい。でも、最優先はカルラの身の安全なんで、ダメだと思ったらドーラとシャルがいた無人島へ撤退する」
「そんなに心配することはないと思うが、まずは我が周辺の様子を見てこよう」
「では、サリーとあたしが神殿へ話を聞いてこよう」
「そうですね。軍が男の支配下にあるとはいっても、そこまでやられているのなら何があったのか聞けるでしょう」
サリーも同意した。
「では妖精界のことを聞いてきますね」
「え?」
クララが何を思ってそう言ったのか理科できなかった。
「ゲオルグが言ってましたよね? 娘可愛さに戦争起こしたって。ライラがここにいる以上、妖精界が攻めてきたとしてもおかしくないですから」
「確かにありえますね」
ライラは自分の父親に対してどういう印象を抱いているのだろうか。
「では、ドーラは周辺の様子を。クララとライラはゲオルグのところへ。アイリとサリーは神殿ですね。私もインテリゲンをはり直します」
「ならばわしも一応高天原の話を聞いてこよう」
「まさかタルのお父さんまで人間界と戦争しないのね?」
「そんなことはしないだろうが、イタズラに力を分け与えた神がみないか念のため、確認するだけじゃ」
「わかった。カルラと僕は今後の方針を出来る限りの想定しておくね。情報が集まったら直ぐに行動をおこせるように」
「じゃあ、行動しましょう」
カルラの掛け声でみんな散っていった。




