156.十人
本日二話目です
僕は婚約者問題を抱えることになったが、今はそれどころではないことを思い出した。それにウメが僕に協力してくれないと、サリーたちを見つけられない。
「ウメ、婚約についてはいったん保留にしたい。僕が婚約者をないがしろにするような人間だったら嫌でしょ?」
「確かに、そんな人間のところへ嫁ぎたいとは思いません」
「そうしたら僕を試す意味でも行方不明の婚約者探しに協力してくれない?」
「喜んで手伝いましょう」
と、その前に。
「真名は隠したいだろうから、仮の名前を着けるね」
ドーラのときはあまり意識していなかったけど、真名を知っているとその人を芝居できるみたいな異世界転生小説が多かったから真名は隠すようにしたい。
「二つも名前をいただけるとは……」
「これからはライラと名乗ってね」
ウメ改めライラは嬉しそうにうなずいた。髪の毛が黒くなってしまったので、お花シリーズでライラックから取ってみた。
「それではヴォルフ。こちらへ」
「どうするの?」
「受肉したことにより私の結界はなくなってしまいました。その他の能力も大幅に制限されているようです」
あれ……僕が名前を着けることによって弱くなってしまうこともあるのか。
「ごめんね。あまりいいことではなかったみたいで」
「いいえ。私は他の妖精のように妖精と恋に落ちることはできません。しかし、人間と交わり新しい種を産み出すことが出来ます。五千年前は失敗しましたが、子をなす喜びは何事にも勝る喜びなのです」
この話を聞いたら婚約者やめるとは言いにくいよね。もう覚悟を決めた方が良さそうだ。
「僕には婚約者がたくさんいて、今すぐというわけにはいかないけど、必ず約束するよ」
「急がなくても五千年も待ったのです。あと百年待てと言われても平気です」
妖精の時間感覚は長いんだなあ。
「それに力が制限されるのは妖精界のみです。妖精界では精霊に近いほど力が強くなりますからね。妖精王は私に精霊になってほしかったようですが、まっぴらごめんです」
あれ、話し言葉が少し乱れたような?
「さあ、妖精王が異変に気がつく前に、ノームの結婚式で楽しんでいるヴォルフの婚約者たちのところへ急ぎましょう」
「え? 場所分かるの?」
ライラは返事の代わりに僕の手を引っ張った。
「ドーラも行きましょう」
僕たちはライラに手を引かれて森の中を滑るように歩く。こっちが近道だ!と言わんばかりに木々が誘っているようだ。
「すぐにつきますよ」
言うが早いか、ライラの先が開けてきた。
ライラが立ち止まると、もうそこは披露宴の会場だった。
「おや? ヴォルフじゃないか。どこから現れたんだい?」
右手にワインらしきものを持ったゲオルグが話しかけてくる。
よく見れば周囲には、サリー、シャル、ユキノの三人に加え、クララとタルもいた。
「ヴォルフの婚約者の方々ですね。ヴォルフが心配してわざわざ妖精界まで探しに来たのですよ」
「あなたは?」
「私はヴォルフの九番目の婚約者になったライラと申します。妖精王の娘ですわ」
優雅な物腰で礼をした。さすが、五千年もお姫様を続けているだけあって完璧な所作だ。
「あなたが自慢の」
「確かにキレイな方ですね」
三人はすでに妖精王から話を聞いているようだった。
「でも、妖精王なら急いで帰っていかれましたよ。なんでも娘が危ないとかで」
サリーの話を聞いたライラは笑顔を崩さず僕の肩に手を乗せる。
「人間界へ帰りましょう。あまり長くいると時間の感覚がなくなりますわ」
「妖精王から逃げたいんだね」
ゲオルグが翻訳してくれた。
僕はあったことないけど、人間と交わらず精霊にさせたいとか、完全にしつけの厳しい父親だよね。ライラには母親は居ないのかな。
「皆さん、目を閉じてください。そして、ヴォルフにつかまって」
なぜ目を閉じてからなのかわからないがみんなその通りにした。僕にみんなが捕まってくる感覚がある。
ひとり、ふたりと増えていき、何故か九人になったところで体が一瞬軽くなる。
すぐに重さが戻ると、明らかに周囲の空気が変わった。
「さあ、つきました」
僕は何か妖精界からいけないものでももってきてないかな?と心配になったが、どうやらゲオルグが混ざっていたらしい。
「いやあ、帰りは凄い早かったですね」
ゲオルグの言葉に目を開いてみると、そこはゲオルグの店の前だった。
「妖精界はどこにでも繋がりますから、出るときは一瞬なのですよ。でも、それも妖精王の結界が出来るまでの間だけですけど」
妖精界は人間たちから狙われそうな仕様を持っているんだね。もしかして、五千年前はこの仕様を巡って色々あったんじゃないだろうか。
例えば、ライラを人質にして交渉するとか。ライラ自身は気がつかないだけで妖精王は苦労しているのかもしれないなあ。
「一度、宿に帰ろうか。カルラたちも心配しているだろうし」
「何日経っているんですか?」
サリーの疑問はもっともだけど、僕も妖精界へ行ったから何日たっているかはわからない。
「僕たちが探しに行ったのは二日目の夕方だけど……」
今は太陽が高く、昼食を食べるような時間だ。さて、二十四時間以内のかな。
宿に帰ると、宿に併設されている食事処でカルラがご飯を食べているところだった。
「只今」
声をかけながら入っていくと、カルラは持っていたモモ肉をおいて僕の方にかけてきた。
「ヴォルフ! 無事でしたか!」
「心配かけたね」
「皆も無事で」
アイリが後ろから声をかけてきた。手には何かを持っている。
「もう二日も戻らないから、カルラの頼みでカーリーに妖精の里への行き方を書いてもらってきたところなのです。行き違いにならなくてよかった」
「ところで、その黒髪の女性は?」
カルラが僕のとなりに立っているライラを見た。すでに何かを悟っているようだ。
「カルラですね。私は妖精王の娘ライラ。ヴォルフの九番目の婚約者です」
「ご丁寧にありがとう。これから宜しくお願いしますね」
あっさりとまとまってしまった。
「さてと」
ライラはドレスの裾をたくしあげる。白い太ももがあらわになった。
「何してるの?!」
僕はびっくりして視線をはずす。
「妖精王がおってこないとも限りませんし、町ごと迷いの結界をはろうかと」
「待って」「待て待て!」
サリーとタルが突っ込んだ。
「それをしたら他の町の人間も出入りできなくなるじゃろうか!」
「あら、静かでいいではありませんか。食べ物の心配ならしなくても私が妖精たちに頼んであげますわ」
これはありがた迷惑というやつではないか。今までの婚約者以上に常識がないぞ!
「では、この宿岳にいたしますわね」
宿にしたら大迷惑だろうけど、僕らがいる間だけならいいかな?
「それもやめてあげてください。タイレンが泣きますよ。せめて部屋だけにしてください」
そうか、部屋だけにすればいいのか。
「仕方ないですね……」
ライラはしぶしぶ承知してクララと一緒に二階へ上がっていく。
「部屋増やした方がいいでしょうか?」
「そうだね」
もう六人じゃないし、サリーやタルだけ自分の家に帰って貰っても足りないしね……。
僕、カルラ、シャル、アイリ、ドーラ、クララ、ユキノ、サリー、タル、ライラと十人になってしまった。もうひとつ四人部屋を増やした方がいいだろう。
「ならば我がタイレンへ頼んでこよう」
ドーラは中庭へ向かっていく。そう言えばタイレンがいつもどこにいるのか知らないな。
「みんなが戻ってきたら食事をしたいから、屋台へ買い出しに行こう。カルラは先に食べててもいいよ」
「いえ、私もいきます」
カルラのお皿はいつの間にか空になっていた。




