154.捜索
本日二話目です
その日は夕方になってもサリーたちは戻らなかった。念のために近くまで来ていないか、ドーラに周辺を探してもらったが、サリーやユキノ、そして、シャルらしき人影はなかったと言っていた。
「探しに行こう」
僕はサリーたちが襲われる可能性を考慮していなかった。さらに言えば、盟約をブラウヴァルトと結んでいることだし、ユキノがいれば北の妖精は無条件で味方になってくれると思っていた。
考えが甘かった。
サリーを出すのだから、ブラウヴァルトからも兵を借りるべきだったのだ。
「ドーラ、また飛べる? 北の妖精のところへ行きたい」
「待て。ヴォルフ。焦るのは分かるが、北の妖精の場所がわからん」
そうだ。道案内を頼んだユキノはサリーたちと一緒だし、あとは……。
「ゲオルグに頼みましょう。確か北の妖精のところへ行ったことがあるはず」
クララが僕の手を取る。僕はクララに見つめられて正気に戻った。
大事な婚約者が消息不明になったことで、僕は精神的に不安定になっていたようだ。冷静さを欠いて突発的な行動をしようとしていた。
「ゲオルグのところから出発出来るようにしておこう。ドーラとカルラは保存食を買ってから来て。クララは僕と一緒に先にいってゲオルグと交渉しよう」
「わしも連れていかんか?」
タルが進み出る。タルはこの国の地理に詳しいだろうし、北の妖精とも関係があるだろう。もしブラウヴァルトにシャルたちが戻ってきたときはカルラにいてもらえば良さそうだ。
「タルにもお願いする」
「あい。わかった」
「アイリはカルラの護衛をお願い。カルラはこの町では有名人だから、不穏なことするやつがいるかもしれないからね。クロもアイリと協力してカルラを守ってね」
「わし、カルラ守る」
クロをカルラの肩に乗せる。力を失ったと言えども神様の種だ。多分カルラを守ってくれるだろう。
「じゃあ、ゲオルグの本屋へ急ごう」
ゲオルグの本屋は、大通りの西側にある。とても静かなところで、夕方も遅くなった今では誰も歩いていなかった。
本屋街はすでに閉まっており、ユキノがやっていた罰がわりの仕事をしている妖精もいない。妖精たちは仕事を終えると、ゲオルグの本屋へ戻っているのだろうか。
少し奥まった路地に入ると、町はより暗くなった。明るくても怪しかったのに、暗くなった今は更に怪しさを醸し出している。
「ゲオルグの本屋はこの辺だったけど……」
どの店も雨戸を閉めているため、明かりが漏れてこない。ゲオルグの本屋をひと目では見つけられなかった。
「ここですね」
クララが指差した店は雨戸が完全に閉まっていた。
近づいて初めてわかったが、何か張り紙がある。
――ノームの結婚式に出席するため、しばらくお休みします
こんなときに!
ゲオルグとノームがいないんじゃ、おやすみしなきゃならないのはわかるけど、どうすればいいんだ。すぐにノームの里か、北の妖精の里の場所がわかる人を見つけなければ!
「どうしたんじゃ?」
僕の様子を見て、タルも張り紙を読む。
「なるほど。ノームの里への入り口ならこの近くじゃろ? わしが知ってる」
ああ、神様!
「流石、タル!」
僕は表通りに出ると、あとからおってきたカルラたちと合流した。
「カルラ、留守を任せるね。妖精の里へ行ったら連絡とれないかもしれないけど、あまり長引くようだったらカーリーに相談してみて」
カルラは無言で頷く。
まだ十三歳の女の子を置いていくのは気が引けるけど仕方ない。
「アイリ、クロ。カルラをお願いね」
「任せてくれ」
カルラたちに別れを告げると、ドーラに乗り込む。今回ノームの里へ行くメンバーは僕とタルを中心に、ドーラ、クララとなる。クララは元々ゲオルグとノームの里へ行く約束をしていた。僕の知らないうちにノームについても色々調べていたらしい。
道すがらクララにノームのことを色々聞かなきゃ。
ゲオルグの本屋で店番していたノームは本を探したりこちらの意図を理解したりする優秀なノームだったけど、ノームみんながそうとは限らない。
「じぁ、ドーラ、タル。お願いね」
ドラゴンになったドーラに乗り込む。今回はタルが先頭にいき、ドーラに道案内をしてもらう。
「大船に乗った気でいてもらってかまわぬ」
タルはそういうとドーラに指示し始めた。
「クララ、ノームについて教えて貰ってもいい?」
「ノームは基本的には真面目な性格らしいです。ゲオルグのお店にいたノームもイタズラしたわけではなく、ゲオルグに雪の妖精との中を取り持って貰いたくて自主的に手伝っていたようです」
ほほぉ。ノームはお友だちになりたい妖精だね。ユキノとは違って。
「でも、その話を聞くと、ノームが雪の妖精にからかわれていないか心配だな」
僕は、実際のところ、からかわれているというよりも騙されているんじゃないかと心配していた。
今回、北の妖精こと雪の妖精に会いに行ったサリーたちが帰ってこないのも、そのゴタゴタに巻き込まれている可能性が高い。最初こそ北の妖精に何かされたりしたのかと思ったけど、ユキノを見る限りイタズラをしても乱暴なことはしそうにないと考えられる。
「ノームは真面目な分、融通は効かないらしいですから、雪の妖精がからかっていたとしたら揉めているかもしれませんね」
クララもそう考えているようだ。
「あとノームは土を操るのに長けているそうです。農業する人たちにとっては神様みたいな能力があるらしいです。場所によっては本当に神様として祭られているとか」
「雪の妖精はまつられたりしないの?」
「この近くではなさそうですね」
妖精の格付けがあるか知らないけど、あきらかにノームの方が格は上のようだ。人間と盟約を結んでいる雪の妖精は自分たちを特別だと思うかもしれないが、人間にもたらす恩恵を考えるとノームに軍配があがる。
もっとも雪の妖精はそれを気にして人間と盟約を結んだのかも知れないけど。
「しかし、雪の妖精と結婚したいなんて、余程の物好きじゃないの? ゲオルグのとこのノーム」
「それがそうでもないらしいんですよ」
クララは目を輝かせた。
「ゲオルグのところにあった本の中には神話の形をした妖精同士の恋愛話がたくさんあってですね、その中でもノームは人気の妖精なんです。包容力というんでしょうか。頑固で真面目だけど、懐にはいると守ってくれるという優しさがあって、女の子の妖精はメロメロになっちゃうらしいですよ」
すごいな。あのノームは僕から見たらおじさんの小人だったけど、実は妖精会の中ではイケメンなんだ。
「あと雪の妖精と結婚したノームの話はたくさんあって、二人からは春の妖精が生まれるらしいんです」
え?
それって凄い重要な情報じゃない?
今はもう冬に一歩足を踏み込んだ状態になっている。多分このまま冬が来れば雪の妖精は力をまし、本当に雪が降るのだろう。
そして、冬の間にノームと雪の妖精は愛を育み、春の妖精が生まれて春になる。つまり、この結婚が上手くいかないと、ブラウヴァルト周辺には春が来ないことを暗示してるんじゃないのかな?
永遠の冬とか、ラグナロック前夜的な気象状態にはしたくないよ、僕。
「因みに夏の妖精はいるの?」
「夏の妖精は木と光の妖精が結婚して生まれるらしいです。秋の妖精は見つけてないです。冬の妖精は風と山の妖精だったと思います」
流石、異世界。
僕の住んでいたザッカーバーグは四季があまり感じられなく、サトウキビの三期作が出来るような年中暖かいところだったけど、ブラウヴァルトのような日本と同じぐらいの気候だと、そういう妖精も力をまして、実際の気候にも影響を与えるようになるんだろうな。
「ヴォルフはこの結婚がうまくいかなかったら春が来ないと思っているんですか?」
「うん」
「まさかそんなわけないと思いますよ」
「でも、その恋愛話がたくさん残っていることから考えるとね。あ、あと恋愛話の中で拗れた話はなかった? もしくは結婚が早まったとか。その話に季節の訪れがずれたみたいな記載があったら僕の予想はあながち間違いではないと思うんだよね」
「……ありましたね」
クララはそのまま黙ってしまった。
「もうすぐじゃぞ」
タルは最後の指示をドーラに与えると、僕らに向き直る。
「タルは妖精同士が結婚して季節の妖精を生むことをどう思う?」
「ん? それは当たり前じゃろ?」
僕はクララと顔を見合わせた。
「結婚話が流れたら春は来ない?」
「そういうことじゃが、何年も春が来ないなんてことはなかったから心配しんでもいいじゃろ」
例年ならそれでいいかもしれない。でも今年は戦争の助成を頼みに行っている。雪の妖精としては少しでも冬が長い方がいい。
春が来なければ経戦能力や単純な戦闘能力が上がる。そうなれば雪の妖精が受ける被害は格段に少なくなる。
「万が一があったら困るから確認するために急ごうか」
ドーラは一声鳴くと降下していく。下には紫色に光る魔法陣があった。
「あれがノームたちが済む妖精会の入り口……」
もっと自然なものを妖精界の入り口だと思っていたが、割と人工的なもので驚く。これをたまたま発見した人は凄いなあとおもう。
「ドーラごと突っ込めるかな?」
「大丈夫じゃろ」
タルが適当な返事をすると、ドーラは魔法陣目掛けて急降下して魔法陣の中へ飛び込んだ。




