153.夜伽
何だかんだで、寝る時間になると、僕は二人部屋のベッドへ突っ伏した。
アイリがあとから入ってきたのはわかるが、身体中の力が抜けてもう起き上がれない。
アイリは僕の寝ているベッドに腰掛ける。また襲われるのではないかと思ったがそうではないようだ。
「先ほどは酒にやられて不覚を取ってしまった。すまん」
硬い口調に戻っている。
「ヴォルフはもう大人だからな。あんなことはされたくないよな」
されたくないわけではなかったので、少し心がチクチクする。アイリと身体を洗いっこ出来たら嬉しいだろうし、もっと仲が深まる気がする。
婚約者になったと言っても婚約者らしいことは何もしてあげれていないので、アイリにばかり反省させてしまうのは、なんか違う気がした。
「あたしは下に弟がたくさんいるから、男の子の扱いにはなれていると思っていた。でも、ヴォルフはそう扱ってはダメなんだな。あたしだってヴォルフに姉扱いはされたくないわけだし、そこはしっかり反省しようと思った」
アイリは溜め息をついた。
「今日は疲れているだろう。寝物語にあたしの話を聞いてくれ。あまり、面白くもないからすぐに寝れるぞ」
「アイリのことは興味あるよ」
僕は半身を起こすと、ベッドのヘッドボードに寄りかかった。
「詳しく聞かせて」
そういって僕の横を叩いた。アイリはそれを見るとすぐにベッドに上がり、僕と同じようにヘッドボードに寄りかかって座る。
「長くなるぞ」
「夜は長いし大丈夫だよ」
「ふふふ。寝かせないからな!」
それって僕のセリフのような気もするけど、やぶ蛇なので黙っておく。
「まずは、ドライハッファのことから話そうか」
アイリの住んでいたドライハッファ領は王都の東側に位置する。農地はほとんどなく、森林や山脈が深い。ドライハッファに住んでいるのは、騎士が騎士見習いだけで、生まれたばかりの子供や年寄りはいないそうだ。
日々訓練や技の研鑽にあけくれ、戦争があると先陣を切ったり、戦争の前に敵地へ潜入して情報を集めたりすると言っていた。
「あたしの一家は全員騎士で七歳になるとすぐに騎士見習いになるんだ。それまでは王都に住んでいる曾祖父の屋敷にやっかいになっていて、少しは王都のこともわかる」
ゆったりと話すアイリの言葉は気持ちよく僕の中に入っていく。思えばお互いのことを知らなすぎたのだ。だから、コミュニケーションでやり過ぎてしまうことがある。
お互いがどんな文化のなかで生きてきたのか知っていれば、混浴なんてことも考えないのではないだろうか。
「王都へ戻ったら一緒に回ろう。アイリが育った場所を案内してよ」
「それは婚約の報告と一緒で良いか?」
「うん。もちろん。アイリのひいおじいさんにもちゃんと報告しなきゃ」
アイリの父親であるゼビオは、カルラの護衛として無人島へ残したのに、僕の婚約者になったと知ったらびっくりするだろうね。
「もし本当にヴォルフと結ばれることが叶うなら、証をくれないか?」
「証?」
「なんでもいいのだ。シャルはそれを貰ってヴォルフと共に歩む決意を更に固くしたと言っていた。同じでなくてもいい。何か欲しい」
多分キスの事なんだろうけど……。
「アイリは僕に何されてもいいの? もしかしたらアイリの嫌なことかもしれないよ?」
アイリはごくりと喉をならす。
「な、なんでも大丈夫だ。覚悟はできている」
僕はいたずらっぽく笑う。
「あ、でも、出来れば優しくして欲しい……」
僕はベッドから降りてアイリの手を取る。
「アイリ。僕は一生をかけてアイリを愛することを誓う」
そして、手の甲にキスをする。
顔を上げてアイリを見ると、涙が浮いていた。
「ヴォルフ、ありがとう。あたしはあなたの盾となり、劍となり、そして、何があっても信じよう。それがふたりを別つとしても」
泣きながら笑いかけてくるアイリはとても綺麗だった。自然とアイリを抱き寄せ、唇を奪う。一瞬、身を固くしたアイリだけど、すぐに力を抜いて受け入れてくれた。
逆にアイリが僕を締め付けるように抱きついてくる。
「少し苦しいかもしれないが、このまま抱き締めさせてくれ。みんなには悪いがヴォルフを独り占めにしたい」
僕はされるがままになる。正直言えばもうなにもする体力も残っていない。ただアイリの柔らかでいい匂いのする身体に抱き締められるだけだ。
気持ちよすぎてこのまま寝てしまいそうだ。アイリには悪いけど。
「そのまま聞いて欲しい。あたしはあの島に置いていかれたとき、自分の騎士としての役割は終わったと思った。自分は戦争にもいかず、カルラを守って終わるんだと思っていた。しかし、シャルやドーラと会い、クララが仲間に加わり、そして、今ではユキノやサリー、更にはタルにクロと仲間が増えていった。すべてはヴォルフの魅力のなせる技なのだろう。だから期待してしまうのだ。このまま行けばあたしたちは国も取れるんじゃないかと」
僕もアイリと同じ考えだった。
「きっとアイリの言うとおりになるよ。僕たちは国を作る。そうしたら、アイリは将軍だね……」
大分眠くなってきた。
夢心地のなかでアイリが将軍になって活躍しているところを想像する。バルドのような青い鎧を纏い、先陣をきって攻め込んでいく。
「あたしに将軍が務まるであろうか?」
「大丈夫。僕がアイリをビシバシ鍛えたあげる」
「ふふふ。お願いする」
アイリの同意も取ったところで、僕は目を閉じた。もう限界だった。
「おやすみ」
「うん。おやすみ」
僕はアイリに抱き締められたまま寝落ちした。
◆ ◆ ◆
「おはよう」
目を開けるとアイリの腕の中にいた。具体的にはアイリの腕枕で寝ていたようだ。
「ごめん。昨日は眠ってしまって」
「いや謝るのはあたしの方だ」
え? アイリもシャルみたいに僕が寝ている間に何かしたの? うちの婚約者はちょっとがっつきすぎじゃないの?
「ヴォルフがあまりにかわいいので、ずっと寝顔を見ていた」
「別に気にしないよ」
なんか、男女逆なようなセリフだね。
「では」
アイリが僕の額にキスをする。その時にアイリの大きな胸が僕の顔を潰すように触れた。
「う」
一瞬息ができなくなる。これは色々な意味で凶器だね。
「さあ、みんなのところへ行こう。名残惜しいがヴォルフをみなに返さねば」
「また、王都に行ったら二人きりですごそう」
「うん。約束だ」
とてもいい笑顔だった。
部屋を出ようとしてドアを内側へ開けると、ドーラがなだれ込んできた。どうやら、聞き耳を立てていたらしい。
「お、おはよう。ヴォルフ。昨日はよく寝れたのか?」
その場を取り繕うように挨拶してきた。
「お陰さまでよく寝れたよ」
にっこり笑って返事をする。
廊下の方を見るとクロを頭の上に乗せたタルが下手な口笛を吹いている。
「盗み聞きなんていい趣味とは思えないけど?」
僕は怒気を強める。
「し、しかたなかったのじゃ。わしはお腹がすいて、お腹がすいてはやくみんなで朝飯を食べたかったのじゃ」
下手な言い訳だとは思うけど、昨日は夜遅くまで頑張っていたみたいだし、許してあげよう。だが、マセドラゴン。お前は別だ。
「じゃあ、ドラゴンに留守番してもらって、みんなで朝ごはんを食べに行くか。今日も忙しくなりそうだしね」
今日は北の妖精へ助力を乞いに行ったサリーたち三人が帰ってくる予定の日だ。あれはビルネンベルクの宰相派がやったことだとわかったので、もう心配するようなことは起きないとは思うが、バルドの軍もブラウヴァルトに迫っているようなので無駄にはならないだろう。
はっきり言ってどっちが勝つかはわからない。ビルネンベルクは補給線がないに近く、継戦能力にかける。
対するブラウヴァルトは、僕から見たときそもそも戦争をしたことないのではないか?と疑いたくなるような失態が続いている。
ここに北の妖精が手を貸せばまともな戦闘になるのかもしれないが、北の妖精がどのような力を持っているかも知らないので判断がつかなかった。
カルラがどうするかも聞かなければならないが、多分どちらの味方もしないような気がする。ブラウヴァルトに進軍される前に無人島へ帰るだろう。
ブラウヴァルトはとても住み心地のいい町だったので、頑張ってほしいところであるが、それは外国人の僕がすることではなく、ここに住んでいる人がするとこだ。
宰相派の策略は人道を外れていたので手を貸したが、バルドなら正々堂々戦争を仕掛けてくるので、そうなれば余計な手出しは野暮と言うものだろう。
僕は朝ごはんを食べるために食事処へ向かう途中にそんなことを考えていた。




