149.王弟
僕たちはフードなしで町を歩いているのだが、誰も気がつく様子がない。
実は宿を出る前にフード付きのマント被ったところ、タルが要らないと主張したのだ。タルも神様なんだから見る人が見ればわかってしまうんじゃないかと思って、子供用のマントを途中で買おうと思っていたのだが、それも必要ないと言われてしまった。
あまりにも頑なに主張するので、そのまま外に出たのだけど、タルの言うとおり誰も僕たちを気にしている様子はなかった。
「いったとおりじゃろ」
タルは自慢げだ。
「これも神の力のひとつじゃ。わしが姿を現して奇跡を起こすよりも、姿を見せないで奇跡を起こした方がみな驚くからの」
驚くからなの?
「それに姿を見せると絶対に巫女がこき使おうとするので、わしは隠れることがうまくなったのじゃ」
それでも見つける巫女が数人おるがのと嘆いていた。神様のスキルを突破できるとか、どんな超人なのであろうか。
神殿へ行く途中では、久々の下界だと言いながら、タルは色々なものを屋台で買って食べていた。口の回りがベトベトになってカルラにふかれている。
こうやって見ると親戚の子供の面倒を見るお姉ちゃんみたいだ。
神殿についてカーリーを訪ねると、先客がいた。側には興奮した様子のアイリも一緒にいる。
長身で肩幅が大きく、背中に大きな戦斧を背負っている男性だった。白髪に白い髭を蓄え、ビルネンベルク王国の紋章が入った青い鎧を来ている。
「バルド叔父様!」
開口一番カルラの声が響いた。
あれがバルド将軍? 確かに威厳はあるけど、本当にこんな敵地のど真ん中にいるの?
「叔父様、こんなところになぜ?」
カルラは叔父様と言ってしまっている。どうやら突然の出会いで、敵地で素性を隠すということを忘れているようだ。
「カルラ姫こそ、なぜここに? いや、それは問うまい」
バルド将軍はカルラがどんな立場にいるか承知しているようだった。
「となると我が軍の尻拭いをしてくれたのはカルラ姫であったか。此度は大変申し訳なかった」
バルドは王位継承権一位とは思えないような態度で謝った。深々とした礼に僕はびっくりする。
この世界へ来て貴族の上下関係はそれなりに理解しているつもりだ。だから王位継承権一位のバルドが丁寧に謝ったことはザッカーバーグで感じたものと違い違和感があった。
もしかしたら影武者じゃないのかな。
「ヴォルフ様、こちらはカルラ様のお知り合いですか?」
バルドとカルラの会話が一段落すると、カーリーが尋ねてきた。でも、尋ねられても僕も初対面だ。会話の内容から王位継承権一位の王弟バルドであることは間違いない。影武者だとしてもカルラがそう呼んでいるのだから僕には否定する理由はなかった。
「これは申し遅れた。私はビルネンベルク王国の将軍をやっているバルドと申す。そして、こちらはビルネンベルク国王の三女、カルラと申します」
見た目より丁寧に挨拶をする。なんか、バルドはオーラは凄いんだけど、それを全面に出して相手を威圧しないんだね。
普通は威圧感を全面に出して無用な争いを避けようとするのが、本能だと思うけど。
あ、カルラの親族だからか。
どちらかと言えば争いごとが好きなんだ。それに自信があるんだろうな。どんな窮地でも切り抜けられる自信が。僕もほしいところだ。
「なぜ交戦中の国の王族が二人も我が国に……」
カーリーの動揺ももっともだ。心中をお察しする。カルラはいいとしてもバルドはなぜ敵国の首都に単身で乗り込んでいるのだろうか。普通は捕まって人質にされちゃうよ。
「先日の卑怯な戦い方を詫びに来たのだ。どなたか代表者にお取り次ぎいただきたい」
「なるほど、使者というわけですか」
使者というか全軍指揮官だけど、口が避けてもそれは言えない。
「では、待合室でお待ち下さい。案内いたします」
カーリーは平静を取り戻す。
「カルラ様はどういたしますか? バルド様と別にお部屋を用意いたしますか?」
「いや、少し話をしたい。一緒に待たせてもらおう」
「かしこまりました。では、こちらへ」
また神殿の長い廊下を渡り、待合室に着く。今日、僕たちが殺したはずの四人の遺体は跡形もなく片付けられていた。
「ヴォルフ」
「うん」
僕はクララの呼び掛けに頷いて答えた。あの四人の遺体を何もなかったように片付けるのは難しいはずだ。どうしても血が染み付いた地面は黒くなるだろうし、何より遺体が倒れた場所の草は折れているはずだった。
それがなかったことになっているのは、どういう意味があるのだろうか。僕は嫌な予感がしていた。
僕たちは確かに四人を殺したはずだ。
もしそれが幻覚や催眠の類いで僕が気がついていなかったとしても、二人を同じように騙すことは難しいはずだ。
催眠や幻覚の類いは人間の認識能力を狂わせ、その状況にいるかのように脳を錯覚させる。人間の脳はひとりひとりその回路形成が違う。出力が同じだからといって、同じものを認識しているとは限らないのだ。よくクオリアといって赤いリンゴが例題に出てくるあれだ。
では、僕たちが見たものはなんだったのか。過去妖精が居ればわかったかもしれないが、もはや過去妖精は封印から解放されている。もう御願いできない。
不安を抱えながらも僕は待合室に着く。
「ここでしばらくお待ち下さい。面会の準備をして参ります」
カーリーは僕たちを待合室に入れると、更に廊下の先へと進んでいった。
「さて、カルラ」
「はい」
「戻ってくる気はないか。王が病に臥せっており、カルラに会いたがっている。カルラが王都へ戻っている間ぐらいは宰相派は抑えよう」
やはりビルネンベルク王の死期が近いようだ。だから宰相も焦っているのだろう。
「そうですね。ヴォルフとの婚約を認めてもらうためにも一度王都へ戻る必要があるかもしれません」
「待て。今、婚約と言わなかったか?」
「はい」
「私のかわいいカルラはただでは嫁にやれん。王の前に私が試してやろう!」
バルドは姪バカだったか。
バルドに試されたら、僕、死ぬと思うんだけど。
「こちらにいらっしゃるヴォルフです」
「お主か、小僧!」
凄い威圧感だ。さっきまでの丁寧な態度はどこかにすっとんでしまった。もうヤクザより怖い。
「待て。ヴォルフに手を出すのはゆるさんのじゃ」
タルが僕の前に出て庇う。両手を広げて僕を庇うのだが、全然庇えていない。カバー面積が三割未満だ。
「ぬ。そなたは?」
「ヴォルフの八番目の許嫁タルじゃ」
「は、八番目!」
バルドがカッと目を見開いて僕を見る。
「カルラ、これは本当か? もしかして、ここにいる女性はみんな小僧の婚約者だというのか?」
「その通りです。叔父様」
バルドが下を向き、ぷるぷると震える。怒りを我慢しているのだろうか。当初心配した通り、カルラ一筋でなければ怒りを誘うと思っていたが、その心配が現実になってしまった。
バルドと戦うことになってももしかしたら手加減してくれるかもしれないな、と淡い期待をしていたが、もう望むべくもない。完全にぶち殺されるパターンだ。
「……負けた」
しかし、僕の予想と反してバルド崩れ落ちて片ひざをついた。
「ふふふ。叔父様にはお嫁さんはいませんものね」
よくわからない戦いが繰り広げられていたらしい。
「え? どういうことなの?」
僕以外に事情が飲み込めていないのはタルだけみたいなので、僕が代表して聞いてみた。
「ビルネンベルクでは、男性の強さは恋人や婚約者、妻の数で決まるのです」
なにそれ。中世騎士の逆バージョン?
「バルド叔父様は王位継承権一位にも関わらず戦いに明け暮れていたので、女性が離れていったのですよ」
へへんとカルラがバルドを見下す。何よりもバルドの目元から水からポタポタ落ちているのが気になる。
「バルド将軍。僕の婚約者はカルラが中心となって集めてくれたのです。僕の魅力ではありません。それに僕はバルド将軍を尊敬しています。こんなことで勝ち負けを競っても意味はないですよ」
バルドはそれで気を持ち直したのか立ち上がって僕の手をとった。
「そうだな。男の価値は戦場にこそあるのだよな!」
「そうです、バルド将軍の魅力が分からぬ女性など大したことはありません!」
アイリがバルドに同意するが、その言い方だとバルド将軍のお嫁さんになってもいいととられないかな?
「そなたは……」
「アイリです。ヴォルフの三番目の婚約者です。ドライハッファの騎士です」
「そうか、そう言えば先ほどそのようなことをいっていたな……」
アイリ目、余計なことを。見ろ、バルドが目に見えてガックリしているじゃないか。
「バルド将軍が王になり戦争に行くことがなくなればきっと大モテですよ」
「ふむ。そうであるか。しかし、私が戦争しないというのも考えられないな」
なにかを考え込んでいるようだ。なんとなくだがバルドは面倒なおじさんだということはわかった。あと戦争バカなので、バルドが王になったらビルネンベルクが心配だ。
「ところでタルは気がついているようだが、回りがキナ臭いな」
「神域に何かしかけをほどこされたようじゃな」
僕も状況証拠から気がついていたけど、バルドとタルは気配で気がついたらしい。
「みな私の後ろに隠れよ」
バルドの声で事態が急に変わっていることを悟った。




