144.巫女
お昼ご飯を食べた僕たちは早速本を読みたいというクララを宿に送り届け、カルラとユキノを伴って神殿へ向かうことにした。
正直、偉い人の前へユキノを出すことには凄い抵抗を覚えたが、ユキノが「ちゃんとおとなしくします」と約束したのでつれていくことにした。いざとなればユキノはおいてけぼりにする所存だ。
「神殿長って偉いんですか?」
「僕たちは外国人だからユキノより詳しくないと思うんだが」
「言ってみればアテも異世界人です。フリーデンのことはとんとわかりません」
それもそうか。ユキノが雪の妖精ということを忘れていた。
「ユキノ、手を繋ごう」
「え、いやです」
ユキノは露骨に嫌がる。
「迷子になりそうだから手を繋いだ方がいいと思ったんだけど、迷子になったらそのままおいていくからね」
「なら、カルラと繋ぎます」
そこまでいやか!
「まだ許嫁として認めてもらっていないですから、手を繋いだらふしだらな娘になってしまいます」
ユキノの表情を見れば嘘ということはまるわかりだった。でも、一応筋は通っているので手は繋がない。
「カルラ、よろしくね」
「はい」
カルラは背の大きな妹が出来たみたいで嬉しいようだ。道理でやたらとユキノの肩を持つと思った。
そんなことがありつつも迷わず神殿につく。「面会の方用」という出入口があったので、そこにいたお姉さんにサリーから預かった割符を渡す。
「これはよくおいでくださいました。ヴォルフ様ですね。サリーが待っております。案内します」
なんか丁寧過ぎて落ち着かない案内を受ける。カルラとユキノはお姫様だけあって慣れたものだ。僕も貴族ではあるんだけど、こういう礼儀正しい環境で育っていないからなあ。
神殿の長い廊下を歩く。
味噌や醤油はを買った場所よりも更に奥へ入っていく。外から見た神殿はそんなに大きくなかったイメージだけど、どうやら山側へ長く伸びているようだ。
更に進むと建物と奥の建物を繋ぐ吹きさらしの廊下が出てくる。その両脇には手入れされた森が見えた。
昼の陽光を適度に通して明るく光っているように見えた。
「素晴らしい森ですね」
前世で見た神社の森そのものだ。
「おほめに預り光栄です。管理しているサリーも喜ぶでしょう」
そう言えばこのお姉さんも巫女なのだろうか。流石に巫女服を来ているわけではないので、見分けがつかない。
「サリーは所謂巫女なんですか?」
「はい。サリーは神官長でもありますが、巫女でもあります。神官長は33人と決められており、33人から欠けると巫女の中から神官長が選ばれます」
「では、神官長は全員女性なのですか?」
カルラの疑問はもっともだ。今の言い方だと政に関わる人が全員女性になってしまう。
「その通りです。神官長は全員女性です。男性は政には関わっておりません」
僕はフリーデン宗教国がどうして非破壊的な自然文化なのかわかった気がした。男性が強い国というのはすぐにあるものを破壊して大きな城などを建てたがる。すべてを支配下におかないと安心できないからだ。
よくヨーロッパの整然とした街並みが良く、アジアの雑多な街並みが理解できないという人がいるが、あれは男性的で支配的な好みなのだろう。実のところ、アジアの街並みの方が効率的なのだ。
「今回、サリーから割符をもらって招かれたあなた方は国賓です。丁重におもてなしするように命が下っております」
味噌と醤油を少しばかり大量に買っただけで国賓待遇というのはどうなんだろう。もし、サリーが大きな貿易を期待しているのなら悪いなあと思った。
僕ら七人しか消費する人はいませんし。
あ、でも、カルラが王位継承レースに勝てば、凄い貿易が始まるかもしれない。カルラも醤油は気に入っているみたいだし。
「ここがサリーの応接室になります」
ノックもせずにドアを開けると、サリーがお菓子をつまみ食いしているところだった。
「このように見た目通り子供でございます。ヴォルフたちに失礼なことを言うかもしれませんが、予めご容赦ください」
そういいながら下がっていった。
「こほん。ヴォルフ、椅子にかけてください」
「この度はお招きいただきありがとうございます。まずこの割符はお返し致します」
「あ、それはヴォルフが持っていて。それがあればこの国で優遇されるわよ」
そんなに大切なものを外国人の僕が持っていていいものなのだろうか。なんか、命を狙われたりしないだろうか?
「ひとつ確認させてほしいのですが、これは非常に大切なものではないですか?」
「そうよ。なくしたらダメなんだから」
やっぱり返した方がいいんじゃないんだろうか。
「やっぱり……」
「返却不可」
「なぜ……」
そこまで言われると理由が気になる。フリーデンでは、神官長の割符を渡されると、光栄なことは分かるが、それが何を意味するのか知りたい。
「それは、サリーとの婚約の証なのです」
先ほど案内してくれた巫女が音もなくお茶を持って入ってきた。ビックリする僕たちを横目にお茶を机の上に置く。
「さて、サリー。この方を結婚相手に選んだ理由を教えなさい」
巫女はサリーの横に座った。僕たちは反対側に三人で座っている。サリーの顔色が変わったのがわかった。
「ご、ご信託です」
「嘘ね」
なんか神官長より巫女の方が偉そうなんだけど、いいのかな?
「申し遅れました。ブラウヴァルト神殿の巫女、カーリーと申します。サリーの母親です」
お姉さんだと思っていたら、サリーの母親だった。まだ三十歳にはなっていないように見えるんだけど。
「サリーが割符を渡したと聞きましたので、引退した身ですがどんな方なのか見に来たのです」
僕は緊張した。初めてじゃないだろうか。親が出てくるの。
今までは無人島という特殊な環境もあって、こういう話に親が出てくることがなかった。僕はサリーと婚約という大事なポイントを忘れて、親が出てきたことの驚きを感じていた。
「ヴォルフは凄い方なのです。醤油と味噌の素晴らしさをすぐに見抜き、たくさん買って故郷に持って帰って布教してくれるのです。お母様が常々言っている『平和は胃袋から』を実践してくださるのですよ」
サリーは変な敬語で喋り始める。どうも母親には頭が上がらないようだ。
「なるほど。ヴォルフ様は戦略というものをわかっていらっしゃるようですね」
この胃袋作戦は、伊達政宗も使った由緒正しい戦略である。戦争がなくなった江戸時代、美味しいものを生産できる技術を領地ないに作ることで、仙台藩の重要性を増したというものだ。だから、宮城県には美味しいものが多いのである。因みに川越藩も同様の戦略を取ったが、芋というカロリー生産に始終したため、明治以降衰退していってしまう。
フリーデンが取っている戦略はそういう面で、正しさを前世の歴史が証明していた。
「ならば、サリーはヴォルフについて行って……」
「なりません」
サリーの言葉にカーリーが強く言葉を被せた。
「神官長の役目はそんな軽いものではありませんよ? ヴォルフ様と結婚したいのならそれでもいいでしょう。しかし、それはあと二年たったらです。十四歳という若さで外国へ行って何をするというのです」
カーリーの話を聞いて思ったが、行く先は無人島である。学べることは大自然の厳しさだけだ。それを言うのはカルラの潜伏先を明かすことになるからここでは言えないけど。
「手の者に調べさせたところ、ヴォルフはすでに六人の許嫁がいるのです。凄いと思いませんか? これは何か秘密があるはずです!」
「その秘密を身をもって探ろうと言うのですね?」
「そうです!」
二人のやり取りでなんとなく気がついてしまったが、サリーは神官長の役目がいやなんだろう。それで、外に連れ出してくれる人に着いていこうとして割符を渡した。
カーリーはせめてあと二年は役目を果たしてほしいと思っている。だから、サリーを嗜めている。
この分なら割符を返して、婚約話はなかったことに出来そうだね。
「あの、僕たちは……」
「ご安心ください。このユキノがサリー様の御身をお守りいたしましょう!」
僕の言葉を遮って、おとなしくしていると約束したユキノが立ち上がった。
くそ、やっぱり信用するんじゃなかった!
「ユキノ様は……」
「アテはフリーデンと盟約を結ぶ北の妖精長の娘、ユキノと申します。わけあってヴォルフの許嫁になり、この場に同行しておりました」
「ほお、あの北の長……」
なんか、ユキノの父親って結構名の通った人なんじゃない? 政治の場にいるカーリーが感心しているということは権力もありそう。
「ならば安心ですね!」
強力な後押しを得たとばかりに立ち上がるサリー。なんだ、この人たち。絶対にいっしょにしたくない。
「ヴォルフ様はどう思われますか?」
カーリーはちゃんと僕の意見も聞いてくれるようだ。僕は心の中で涙する。
「サリーはまだ十四歳という若い身ですから、ちゃんと親元で修行を積むのがよいと思います。僕たちはこれから家もないような場所を開拓していくのです。今のサリーにはちと過酷でしょう」
カーリーはにっこりと微笑んでカルラを見た。
「つまり、そこのお嬢様よりうちの子が劣っていると?」
僕は戦慄した。
これは地雷を踏んでしまったのではないだろうか。カーリーは子供を誇るタイプの親だったらしい。
「い、いえ、そういうわけでは……」
「私は十三歳ですが、ヴォルフがいてくれたお陰で何不自由なく暮らしています。サリーも安心して来て下さい」
「ふふ。それではサリーを預けましょう」
「やった! お母様、大好き!」
信じていたカルラにまで裏切られて僕の抵抗はむなしく散った。




