143.本屋
本日三話目です
ゲオルグはボサボサの白い髪をかきながら僕たちを見る。
「その様子だとユキノに色々聞いているみたいですね」
「聞いてはいるけど信じてないですよ」
僕はどちらかといえばゲオルグの味方だ。ユキノはどうも信じられない。妖精警察なんていう職業も胡散臭いけどさ。
「それで、ユキノの支配権は移っているのに何をしに来たんですか?」
「ユキノに罪が残っているのなら精算させようと思ったのです」
カルラが答えた。僕はそれだけじゃなくて、返品する気満々ですし、それとノームが好きな雪の妖精というのも気になる。
「ユキノの罪は軽いので、もう本を本人へ返してあげても問題ないでしょう」
え? そうなの?
「それに見たところ、ユキノはヴォルフになついている様子。連れていって上げればよいと思いますよ」
なんか僕の思った通りに進んでいない気がする。なんで、こんなことに……。
「ゆ、ユキノは雪の妖精の姫だと聞いてますが、いいんでしょうか!? 」
僕は強い調子で聞く。シャルといい、ドーラといい、カルラといい、この世界のお姫様は軽すぎない?
「ああ、もう大丈夫でしょう。昨日はその説明に北まで行っていたんですよ」
「北に雪の妖精の住みかが?」
本棚の本を見ているだけだったクララが話に加わる。
「住みかではなく、入り口ですね。興味があるなら今度連れていってあげましょう。まあ、妖精界なんで帰れなくなる可能性もありますけど」
それは遠慮しといた方が良さそうだ。
「うーん、あと5日しか滞在していないんですよね……」
クララは妖精界へいく気満々のようだ。
「では、雪ではなく土ではどうでしょう? 明日、ノームの里へ行く用事があります。そのときに一緒に行っては?」
クララが僕を見る。いや、これは許可できないよね? 僕の意思に関係なく婚約者になったわけだけど、仮にも婚約者を帰ってこれなくなる可能性のある場所へ行かせる許可なんてしないよ。
「ダメだよ」
「あら、いいではありませんか」
「カルラ……」
僕は婚約者たちに甘いカルラにあきれていた。
「私たちはヴォルフの婚約者と言えどもひとりの人間ですから、自分のことは自分で決めます」
ぐっ、僕のことは僕に決めさせてくれないくせに。恨みがましい視線を送るがカルラはどこ吹く風だ。クララはそんな様子を見て笑っていた。
「では、私だけ行ってきます。それなら万が一があっても大丈夫でしょう」
「僕も行く」
「え?」
意外な返答だったのか、クララは唖然としていた。
「婚約者だけ危険な場所には行かせられない。僕も一緒にノームの里へ行くよ」
「じゃあ、明日のお昼に待っているよ」
ゲオルグの承諾の返事を貰うと、クララは手に持っていた本をゲオルグに差し出す。
「これ、いくらですか?」
どうやら面白そうな本を見つけたので、買うらしい。
「ふむ。それはいい本だよ。ユキノを引き取ってくれたお礼にあげよう」
いい本とユキノがいなくなることがどう価値なのか……。
「ヴォルフやお嬢さんも一冊どうだい?」
一冊どころか三冊分だった!
「じゃあ、お言葉な甘えてこれを」
カルラはピンク色の本を差し出している。
「ふむ。これはいいものを選んだね。ヴォルフ思いだな」
「ふふふ。これでヴォルフを私の虜にするのです」
カルラの台詞とこの本屋の特性を考えると嫌な予感しかしない。サッキュバスとか出てくるんでしょう? ミルクを窓辺に置いておかなきゃ!
「ヴォルフはどうするんだい?」
「ユキノの本を返したい」
「それは無理」
ゲオルグは即答した。そんなに無理か……。ユキノはどれだけ嫌われてるんだ。
「じゃあ、ノームがお薦めする本を買うよ。なにかユキノ対策になる本を教えてくれるかも知れないし」
――任せてくれ
ノームははりきって本を探し始めた。自分が添い遂げようとしている妖精の姫を苦しめるとか、妖精の関係はよくわからないなあ。人間ならユキノをよいしょするところだよ。
「ちょっと!」
ノームが持っている本を見たユキノが顔を鬼のようにして走っていく。ノームは軽々とはねあがりユキノのタックルをかわす。土の妖精とは思えない身の軽さだ。
――ヴォルフこれだ
ノームから受け取った本は「雪女の弱点」と書かれた本だった。ものすごいニッチな情報の上に雪女の弱点はどれだけあるのだろう?と疑問に思うような厚さだった。ちなみに本は凍っていないので雪の妖精が封じ込められているようなことはない。
「あー、それは門外不出の僕が書いた本なんだけど、もう使い終わったから譲ってもいいよ。でも扱いには気を付けてね。それをもっていることが雪の妖精に知れたら命を狙われるから」
「いらない!」
危なすぎてそんなの持てないよ。なに考えてるんだ、この人。
――なんだだめか
ノームはもう一冊別の本を差し出した。
――これならいいだろう
本のタイトルは「雪女の日記」だった。字は丸く女性の書いたものだと分かる。
「もっとだめ!」
凄い勢いで飛んで来るユキノ。僕はそれをかわしながら本を開く。そこにはユキノのポエムが書かれていた。
割と綺麗な詩で教養の高さが分かる。
――それはユキノの個人的な日記だ
「絶対だめー!!」
僕としてはこれは弱味にならないと思っているけど、ユキノはそう思っていないようだ。とても恥ずかしがっている。
ならば、これは僕が持っていた方がいいかな、と思ったけど、ユキノがあまりにも必死なので考え方をかえた。パラパラとめくり内容を覚える。
「返すよ」
「え?」
間抜けな顔しながらユキノは日記を受け取った。
「返せって言っても返しませんからね!」
ユキノは大事そうに日記を抱えている。
「返さなくてもいいよ。大丈夫」
「ふはは。これでアテに弱点はない!」
いや、召喚の本あるし。
ユキノが気持ちよく笑っているので、僕もあまり水を指すようなことをしたくないのだが。
「白銀のー」
「うわわあああ!」
ユキノは両手で僕の後ろから口を押さえた。
「何を暗記してるんですか!?」
あれは本自体が弱点ではなく、弱点製造機に過ぎないんだよね。本当の弱点は詩の内容の方にあると。
「僕も鬼じゃない。普通にイタズラせずに接してくれるのなら心のなかに留めよう」
「わ、わかりました」
大人しく引き下がったようだ。
「では、そろそろ失礼しないと。ご飯を食べたあとは神殿長と会わないと」
「あれ? ヴォルフは神殿長と会うのかい?」
ゲオルグが聞いてくる。
「そうですけど?」
「サリーという奴と会うのなら好奇心を煽るようなことは言わない方がいいよ」
「なんで……」
そんな忠告を、と続けようとしたらゲオルグが首を横に振った。
「理由までは話せない。そんなことしたらユキノレベルの面倒ではすまないからね」
「嫌な予感しかしない」
「その通りだと言っておこう」
面倒な性格のゲオルグやユキノを超越しているサリーとはどんな人なのだろうか。しかし、神殿長と言えば割と偉い役職なんじゃなかろうか。若いといえどもそれほど面倒な性格をしているとは思えないんだけど、用心することに越したことはないだろう。
僕はお昼ご飯を食べに道を戻る途中で気を付ける項目について考えをまとめるのだった。




