142.使者
本日二話目です
翌朝、僕は本屋街へ行こうと準備をしていた。
シャルは四人部屋へ戻り準備をしている。
あのあと、シャルと僕は抱きあって寝たんだけど、朝起きたときにはシャルは部屋からいなくなっていた。
起きたときに顔を合わせてもどんな顔をすればいいか、どんな挨拶をしたらいいか分からなかったから、助かったと言えば助かった。
こんなことなら異世界転生小説以外で恋愛小説も読んでおくんだった。そうすれば少しは参考になったのに。
この世界に恋愛小説があるかわからないけど、前世の中世時代の恋愛小説なら、騎士が決闘で女性の美しさを決定するという世界観でないといいなあ。あれは女性の権力と「美しさ」がイコールだし。
部屋を出て階段を下りる。ロビーにはシャルがいた。
「お、おはよう」
「おはようございます」
何事もなかったかのような挨拶をした。僕はどもってしまったけど。
「き、昨日はうれしかったよ」
僕は何を言っていいかわからず、素直に自分の気持ちを伝えた。すると、シャルは真っ赤になる。
「お、起きてたんですか!?」
「え? そりゃ起きてるよ」
「起きてたなら言って下さい!」
何かおかしい。会話が噛み合っていない気がする。
「もしかして、僕が寝ている間に何かした?」
「……何されたか覚えてないんですか?」
覚えていない。だけど、何かあったんなら、何があったのか知りたい。凄く気になる。どう言ったらシャルに白状させられるんだろう。
「完全に寝ていたからね……。でも、寝ているところをシャルに弄ばれるなんてもうシャルとは一緒に寝れない……」
「もてあそんでなんてないです! ただちょっと……」
「ちょっと?」
シャルは非常に言いにくそうだ。そんなに恥ずかしいことをしたんだろうか。
「しょうじきに言えば怒らないから」
「……本当に?」
念を押されるぐらいひどいことなの? 僕は緊張しながらうなずく。
「ヴォルフが寝ているのをいいことに……」
ごくり。
「ヴォルフの口の中を嘗めてました! ごめんなさい!」
所謂、ディープキスということなのかな? それにしても、そんなことされて僕はよく起きなかったな。
「怒ってます?」
僕が沈黙していると怒ったと思ったのか、顔を覗いてきた。
「怒ってはないよ。ただシャルが意外と大胆で驚いただけ」
「はしたない女の子は嫌いですか?」
ここで好きです!とは言えないよね。どう返答したらいいの、これ。
「シャルと二人きりの時なら大丈夫だよ」
嫌いともダメとも言えず、無難な返答しか出来ない。
「また二人になったらしてもいいんですか?」
シャルは赤くなりながらも期待に満ちた目で僕を見ている。
そう言えば、粘膜を通して魔力を貰うと気持ちいいと言っていたっけ。だから、またやりたいのか。
「いいよ。でも、本当に二人になったらだからね」
「はい!」
シャルの元気のいい返事を聞きながら僕は若干不安になる。今回は寝ているときだったから良かったけど、起きているときに出来るかな。
「ヴォルフ様に神殿から使者が来ています」
シャルとの話を終えたタイミングでタイレンが話しかけていた。タイミングが良すぎて話を聞いていたとしか思えない。でも、やぶ蛇になりそうで確認はできない。
いや、考え過ぎだ。神殿からの使者を待たせてまでタイミングを見計らわないだろう。
「今行きます」
僕は返事をして宿の外へ出る。
そこには味噌樽と醤油瓶を積んだ馬車が止まっていた。どうやら、配達に来てくれた人のようだ。
「ヴォルフ様。私はフリーデンの神官長、サリーと申します」
馬車から降りてきたのはカルラとあまり変わらない年齢の少女だった。肌は小麦色に焼けており健康的な色気がある。来ている服は冬の入り口だというのにミニスカートのようなキュロットに、袖のないシャツだ。腕は長い手袋のようなもので肘上まで覆われていた。
「はじめまして。ヴォルフです」
しかし、フリーデンの神官長は若いんだなあと感心する。日本でも邪馬台国の時代では台与という少女が13歳で巫女を継いだと言われているし、少女が政の中心にいるというのはそう珍しいことではないのかもしれない。
「この度は神殿からたくさんの味噌や醤油をお買い上げいただきありがとうございます」
丁寧な物言いだが、神官長が僕のような身分がないものにお礼を言いにくるのは変な気がする。ちょっと大量に買いすぎてしまったかな。まだ馬車も持っていないし、商売をしているという理由も使えない。
客観的に見なくても僕たち怪しいな……。
「いえ、こんなに美味しい調味料があったものですから、是非田舎にもって帰らなければと思いまして」
「ほほー。ヴォルフ様は外国の方とお見受けします。是非神殿へ来てお話を聞かせてください」
サリーは少女らしく目を輝かせている。どう見ても好奇心が旺盛な少女だ。なにかたくらんでいるようには見えないし、僕たちのことを怪しんでいるようにも見えない。
「ええ。でも、ちょっと所用がありまして、午後からでもいいですか?」
ユキノを返却しなくてはならない。午前中いっぱいはかかってしまうだろう。
「では、こちらをお持ちください」
サリーは割符のようなものをくれる。
「これを見せれば私のところまで案内してくれます」
「それはご丁寧にありがとうございます」
「お待ちしていますね」
サリーは空になった馬車へ乗り込んで帰っていった。味噌や醤油は僕たちが話をしている間に、一緒に来た御者が倉庫まで運んでくれたらしい。帰りに渡してくれるとタイレンが言っていた。
ユキノがちょうど階段を降りてきた。
「ユキノ、おはよう。今日は本屋の主人にあって詳しい話をしてもらうからね」
ユキノが否と言っても、契約を解除するなんらかの手続きはあるはずなので、僕はそれにかけていた。
「ヴォルフ、もういいのではないですか?」
カルラがユキノの前に出る。いったい、昨日何があったというのだろう。カルラがユキノを庇っている。
「ユキノはヴォルフの婚約者になったことで、本もヴォルフのものでよいのですから」
ユキノはカルラの後ろでモジモジしながら大人しくしていた。猫を被ることでカルラたち女の子を味方につけたつもりだろうが、そうはいかない。
「ユキノはイタズラをして罰を受けている身だからね。ちゃんと精算しておかないと、罪が増えてあとでユキノの身が危なくなるかもしれない」
「そうですね」
カルラは頭がいい。ちゃんと理解してくれた。
「軽いとはいえ、罪は罪。ちゃんと精算しましょう。私もついていきますから」
ユキノは涙を流して喜んでいる。余程僕とふたりで本屋へ戻るのが嫌だったらしい。本屋の主人に聞けば余罪がたくさん出てきそうだね。
本屋へは僕とカルラ、そして興味があるといったクララに、張本人のユキノの四人でいくことになった。
本屋街につくと、朝早くから歩いている人たちがたくさんいた。昨日のユキノのように本屋を案内している人も多い。
「うおお。ここは妖精がたくさんいますね」
異様な興奮をしながら、クララが目を輝かせている。
言われてみるとふたりで歩いている人たちは、人間とどこか違う人たちばかりだ。ユキノと同じように召喚や封印された妖精が働いているんだろうか。妖精はどんだけイタズラ好きなんだろう。
「いいですか、カルラ。あれは邪悪な魔法使いに無理やり使役されている妖精たちです」
後ろではユキノがカルラに適当なことを吹き込んでいる。そりゃユキノのようなイタズラ好きな妖精にとっては邪悪な魔法使いなんだろうけどさ。
「急ぐよ」
僕は昨日通った道の通り、路地に入っていく。今日も本屋はあった。雨戸は一枚を除きしまったままだ。どうやら昨日のままで通常営業だったらしい。
「こんにちは」
挨拶しながら中に入ると、そこにはノームと話をしている男性が立っていた。着物のような甚平のような格好で、白い髪をしている。しかし、顔や肌を見れば張りがありまだ若いと推測できた。
この人がこの本屋の主人なのだろう。
「やあ、来たね。ヴォルフ」
ノームから話を聞いていたようで、僕の名前を既に知っていた。
「僕はゲオルグ。本屋兼妖精警察さ」
ものすごい怪しい職業だった。
「ああ、外国人には馴染みがないかも知れないが、妖精警察っていうのは妖精が起こした事件を解決するのが役目なんだ。そして、犯人に相応の罰を受けさせる。ユキノがいい例だね」
「では、表で働いている妖精たちは皆そうなのですか?」
「おや、お嬢さん。頭がいい。その通り。とは言っても軽い罪の妖精ばかりだけどね」
「気になっていたんだがノームも?」
「ん? いや、ノームは別さ。自主的に手伝ってくれているんだ。代わりにある依頼を受けているけどね」
ゲオルグは胡散臭げな笑みを浮かべた。
「雪の妖精と婚約したいんだそうだ」




