141.肉食
ユキノ問題に納得いかないが、夕食の時間になってしまった。今日はお肉料理をタイレンが用意してくれているため、夕食に遅れるわけにはいかない。
カルラのお肉好きはみんなの知るところだし、凄い楽しみにしていたのを知っている。
無人島生活は二週間程度ではあるが、ブラウヴァルトでの滞在を終えたら、また無人島に引きこもらなければならないのだ。
食べられるうちに食べておきたいと思うのは人情だろう。
実のところ、僕も楽しみにしている。カルラみたいにお肉が楽しみなのではなく、調味料や香辛料が楽しみなのだ。
タイレンは前世でいうところの華橋なんじゃないかと思っている。異世界転生小説で転生するのは日本人がほとんどと言えどももしかしたら中国人が転生しているかもしれない。
そうしたら中華料理の調味料や香辛料をこの世界へもたらしている可能性も否定できないではないか。
僕たちは食事処へ行くとすでに大皿料理が用意されていた。中華料理では料理で机を埋め尽くすのが流儀だ。机に隙間があってはもてなす料理として失格である。
タイレンが用意してくれた料理もその理を守り、机にたくさん置かれていた。そして、色鮮やかな野菜が添えられている。
酢豚のようなあんかけや棒々鶏のようなさっぱり系、さらに北京ダックのような丸焼きに、小籠包のような蒸し饅頭。ほとんど中華料理と言っていいものばかりだ。
チャーハンやスープもあった。スープは金華豚で出汁を取っているようだ。
「美味しそう!」
カルラのテンションは上がりっぱなしだ。もう「どれから食べようか迷う」と感想を漏らしていた。
目は完全に良い照り具合になっている丸焼きに釘付けなので、どれから食べるのかは明白だった。
「急にひとりふえちゃったけどいい?」
僕は料理を並べる指揮をしているタイレンに確認をとる。
「料理は増えませんが、取り皿と椅子ははご用意いたします。あと飲み物はお酒で良いですか?」
「お酒を四人分とシロップの水割りを三人分貰えるかな」
「はい。ご用意します。あとお茶もこの料理に合うものを用意しております」
タイレンは非常に気が利く。
この宿の値段は聞いていないけどいくらなんだろうか。凄い高そうだ。何より僕たち以外が泊まっている形跡がないのが気になる。ちょうど参拝のオフシーズンといくことなんだろつか。
お茶も色を見たところ烏龍茶のようだ。
無人島へ帰るとき、少し分けてもらえないだろうか。出来れば茶ノ木の苗もあればいいなあ。
「さあ、皆様もお席についてくださいませ。晩餐を始めてください」
タイレンの掛け声とともに僕たちは席につき、「いただきます」と挨拶してからご飯を食べ始めた。
みんな思い思いに食事をしていると、シャルが僕の側に寄ってきた。手にはお菓子を持っている。
「のてれまふか?」
あれ、口調がおかしい。口がまわっていない。
「ヴォルフもおさけのまなひとらめらよ」
そして、手には老酒らしき瓶をもっている。僕のコップが空になっていることを確認すると、並々と注いだ。
老酒特有のよい匂いが立ち上る。飲んだことはないけど、紹興酒を長期間熟成させたものだという知識はあった。
そして、高いお酒だということも。それが並々と注がれ僕は目を白黒させるが、シャルに後ろでドーラがラッパ飲みをしていた。
うわあ。
金額は然る事ながら、美味しいお酒なんだからもう少し味わってのんでほしいと思う。
「あい」
シャルはコップを僕に差し出す。そして、手に持ったお菓子をバリバリ食べている。顔も赤い。
僕はコップを受けとると少し口をつけた。ふわりとした鼻腔をくすぐる匂いにちょっと和む。
しかし、シャルが何かおかしい気がする。シャルはお酒を飲んでいないのに酔っぱらっているよね。
「シャル、酔ってる?」
「よってらい」
酔っぱらいはみんなそういう。それは前世でもこの世界へ来てからも経験済みだ。
そして、シャルは手に持ったお菓子をまた噛る。ガリガリと凄い勢いで食べている。
「あれ、それって……」
もしかして、マタタビ入りのお菓子じゃないか!
「このおかひ? おいひいのれす」
やっぱり、そうだ。シャルが買うことはなかったけど、他のメンバーが買ってきたお菓子を食べてしまったようだ。僕たちがお昼に見たものと見た目が違うのでわからなかったのだろう。
「はい、ヴォルフもあーん」
そして、僕にもお菓子を食べさせようとしたときだった。シャルは気を失ったように急に床にへたりこんでしまう。
「シャル?」
僕は近づいて様子を確認する。
器用なことに座りながら寝ているようだった。そこは猫みたいに丸くなるんじゃないんだ。
「シャル? シャル?」
僕はシャルの肩を掴んで揺する。しかし、シャルは全然起きない。それどころかすやすやと寝息を立て始めた。
もうこうなった仕方がない。部屋へ運んで寝かせておこう。
「アイリ、ちょっと手伝って」
近くにいたアイリを呼んで手伝ってもらう。
「シャルはもうおやすみですか」
「マタタビの入ったお菓子を食べちゃったみたいなんだ。それで酔っぱらったみたい」
アイリは何か心当たりがあるようで、苦笑いをしていた。
「アイリ?」
「ごめんなさい。あたしが面白がってあげたら気に入ってしまって……」
アイリが元凶だったのか。
「こうやってシャルが変になっちゃうから、もう食べさせちゃダメだよ」
「すみません」
部屋の前まで来るとアイリが二人部屋の前で止まる。
「今日はシャルがヴォルフの部屋に泊まる番なのです」
僕に拒否権はないので、シャルを部屋に運びベッドへ寝かせる。離れようとすると、シャルが僕の手を掴んだ。寝ぼけているんだと思うが、離せない。
「ダメだ。離れないや。アイリは戻ってご飯食べてて。僕もシャルが離れたら行くから」
「わかりました」
アイリは静かに部屋を出ていく。僕とシャルは部屋の中に二人きりだ。シャルは幸せそうな顔をして寝ている。
こうやってみるとシャルも少し子供っぽい雰囲気を残している。つかまれているのと反対の手で頭を撫でると、耳をピクピクと動かした。次いで、つかんでいた手の指をしゃぶり始める。
どうせ抵抗できないので、吸われるままにしておく。なんか赤ちゃんみたいだな。シャルの家族については詳しくしゃべりたがらなかったから聞かなかったけど、母親も存命なんだろうか。
「ヴォルフ?」
どうやら魔力を吸って回復したようだ。
「ん? 起きた?」
「ここは……部屋ですか」
シャルは起き上がると僕の横に座る。
「シャルはマタタビの入ったお菓子で酔っぱらったみたいで、急に寝ちゃったんだ。それで、部屋へ運んだわけ」
「ヴォルフ……わたくしのことは好きですか?」
シャルが僕の方を向いて問いかける。薄暗い部屋の中でシャルの目が光った気がした。
「なに、唐突に。もちろん好きだよ」
僕は笑いながら答える。
「なら、エッチしましょう」
そういいながら僕の手を掴んで押し倒してくる。頭の上に手首を押さえられた状況だ。お腹の上にシャルが乗っており、情けないことにまったく動けない。
「待って待って」
「待ちません。好きあっているのならいいじゃないですか」
「最終的にはそうだけど!」
僕はなんとか逃れようともがくが、びくともしない。
段々とシャルの顔が近づいてくる。僕は怖くなって目を閉じる。このままシャルとエッチをしてしまうのか。
最初に頬を合わせる感覚。
次に鼻を合わせる感触。
最後に唇に柔らかなキス。
キスから数秒したらシャルは離れた。
恐る恐る目を開けると、シャルは真っ赤になっていた。
「今日はここまでにします」
そして、僕の上から退いて僕を起こしてくれた。
「あ、ありがとう」
「わたくしもヴォルフのことが好きですから、無理にとは言いません。でも、キスぐらいはしてもよいではないですか」
僕はシャルが何を言いたいのかわかった。シャルの背中に手を回す。
「目を閉じて」
そして、僕はシャルにキスをした。




