104.特訓
西の森に行く前にカルラに言っておくことがあった。
「昨日、入ったときは危険な野獣は居なかったし、魔物の居るような痕跡はなかったけど、今日は違うかもしれない」
神妙な面持ちでカルラは聞く。僕が言わんとしていることが何かわかっているようだ。
「野獣や魔物の対処なら貴族の嗜みとして学んでいるから、僕が危ない状況に陥っても助けようとしないでね。カルラを守りながら戦う方が難しいから」
僕は魔法使いを目指していたので、兄弟に比べるとインドア派だ。だから、野獣や魔物に襲われたらカルラを逃がす時間を稼ぐだけでも精一杯のはずだった。
「いざとなればメテオーアを撃てば……」
いや、それはやめてほしい。例えばうまくいったとしても、この一体が壊滅したら食料の調達が難しくなってしまう。
「まあ、うまくいきそうならね」
メテオーアを撃てば助かるような状況になるかもしれないから、禁止だけはしないでおく。
「では、この小石をどうぞ」
「小石?」
魔法の練習のための小石を渡す。海岸にあった三センチほどの丸い石だ。
カルラはそれを受けとると、くるくる回して眺めていた。
「それを浮かせる練習をしてもらおうと思う。呪文は重力と言うんだ」
この世界では重力という概念はない。だから、この呪文は僕のオリジナル呪文になる。発動したことはないけど。
このオリジナル呪文がカルラに使えなければ僕の知識体系はあまり役に立たない。理論上は大丈夫だけど、理論は常に不完全なものだ。
「グラビィタ」
カルラが呪文を唱えると小石は手のひらから浮き上がった。
「やった!」
そして、空に向けてかっとんでいってしまった。物凄いスピードだった。
「あれ……」
あっけにとられるカルラの声を聞きながら、小石が飛んで行く様子を見て僕は興奮していた。
あれだけ小石が反応するということは、カルラは制御の仕方を知らないだけで土系の魔法なら色んなものが使えると思われた。
さらに僕のオリジナル呪文がカルラが唱えたとはいえ一発で成功したのだ。これは興奮せずにはいられなかった。
「失敗しちゃいました」
すみませんと謝ってくるカルラの手を握る。
「大成功だよ! カルラはすごい才能があるんだね。小石は飛んで行ってしまったけど、それは些細な問題だよ」
興奮して捲し立てる僕にカルラは目を白黒させた。
「もう一度やってみよう。今度は上に浮くではなく、その場に留まるようにイメージして」
もう一個小石を渡した。
「やってみます」
カルラは小石に集中すると、小石が留まるようにイメージした。そして、ゆっくり手のひらを下げる。
「浮いた」
小石は空中に固定されたかのように浮いていた。カルラが動いても小石は全然動かない。
僕はその小石を掴んで引っ張ってみた。
「全然動かない」
びくともしなかった。それだけカルラのイメージが具体的で魔力もしっかり注がれているのだろう。
「次はこの小石を自分に付き従わせるように移動させてみよう」
「はい」
カルラは自信をつけたのか、自分との相対座標を固定して石を動かした。
カルラが回ると、まるで妖精のようにカルラの回りを小石が回る。
「これは楽しいです」
本当に楽しそうにクルクル回っている。魔法が使えるっていいなあ。
「じゃあ、数を増やして見ようか」
楽しいうちに基礎的な動作を身に付けさせた方がいいだろう。
数を増やすことで、最終的に固体ではあるが、実態はバラバラな土や砂なんかを操れるようになる。
「え? 二つにするんですか? 出来るかなあ」
「違うよ、7つ足すよ」
と言って10個の小石を投げる。
「うわ」
と言いながらもカルラは10個の小石を空中に固定させた。
「いきなりビックリするじゃないですか」
頬を膨らませて抗議してくる。それでも制御は完璧だ。
ここまでカルラが才能あるとは思わなかった。確かにいきなり上級呪文のメテオーアを使えたような天才だ。
魔法を教えた父親の気持ちもわからないでもない。すぐに自分が不要になるのではないかと不安になったのだろう。
「これ、7つ以上ありませんか?」
自分の回りをクルクル回る石を数えながらカルラは言う。
「うん。10個追加した」
「え?」
「無意識のうちに対象全部を操る訓練なんだ。これができるようになると、砂のような1つ1つがバラバラのものでも一塊のものとして操れるようになる」
「なるほど」
小石の動きがさらに激しくなった。もうこれは強化人間が使うビット攻撃か何かのレベルではないだろうか。
現時点でも狼レベルの獣からなら身を守れそうだ。
「次は何をすればいいんですか?」
「しばらくはそのままで森の中を歩こう」
障害物が数多くある森の中を小石11個操っている状態で自由に歩けたら、カルラの悩みは解消されたも同然だ。無意識のうちに魔力の制御ができるようになると、土系の魔法以外でも魔力の制御が簡単になるだろう。
カルラはニコニコしながら森の中に入っていったが、小石はガンガンと音を立てて木々に当たり始めた。
そのうち1つが跳ね返ってカルラにあたる。
「うぅ……」
なんとか小石を制御しようとしているが、うまく避けることができないようだ。
「アイタ! うまくいかないです」
あまりにもうまくいかないので、カルラは戻ってきてしまった。
「最初はうまくいかなくても当然だよ。石の方を意識するのではなく、木の方を意識して石を操ったらうまくいくと思うよ」
ボールを投げるときにボール自体を見ても意味がない。ボールが届くミットを意識して投げるものだ。
カルラはイメージトレーニングをしているようで、森の前で目を閉じて、石をフワフワさせたり、クルクルまわしたりしていた。
何回か動かした後で再び森の中に入っていく。
すると小石は全く木に当たらなくなった。小石が木と反発しているかのように動く。
「できた! できました!」
カルラはとてもうれしそうだった。
「じゃあ、もう少し奥まで行ってみよう。そろそろお腹も空いてきたから、葉っぱを摘んだら一度帰ろうか」
「わかりました」
僕はカルラの前に出ると、昨日大きめの葉を摘んだ木のところへ移動する。
何に出会うこともなく到着した。
「これですね」
そう言いながら、カルラは石を操って葉を何枚か落としていく。器用にもふたつの石で葉をはさみ、手元に運んでいた。
もう手の代わりになるほど使いこなせるらしい。僕が考案した魔法だが、仮に魔法が使えたとしてもここまで使いこなせる気がしない。
「もうばっちりだね」
「ヴォルフの教え方がいいみたい。すごくわかりやすくてストンと入る感じだった」
カルラのようにかわいい女の子に褒められて悪い気はしない。
僕は照れ笑いで答えた。
「じゃあ、砂浜まで帰ろうか」
と、その時だった。
――GARYWOEEEN!!!
言葉に表せないような鳴き声が鳴り響く。森に潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。
カルラは驚いて僕に寄り添う。
鳴き声は北の方から聞こえる。森の奥に見える山のほうだ。
距離的にはまだ遠いというのに耳をふさぐほどの大きさで聞こえたのだ。ものすごく大きい魔物がいると思われた。
そして、巨大で山に住み着いている魔物に心当たりがあった。
「ドラゴン……」
言葉にしたくない僕の代わりにカルラがつぶやいてくれた。