138.神殿
本日二話目です
身仕度を整えた僕は神殿に行きたいとみんなに告げた。今日はシャルがついてきてくれるらしい。昨日の屋台で醤油ダレの焼き鳥と味噌味のホートーを食べて興味を持ったようだ。
後の四人は二人組になって自由に町の中を回ってみるといっていた。
「今日はわたくしと二人きりですよ」
「強調しなくても分かってるよ」
シャルは服を買う必要がないようだが、目立つ耳を隠すのに防止を買ったようだ。素朴な麦わら帽子だが、綺麗に編まれているため、どこか深窓のお嬢様なのではないかと思える。
「神殿にいったら醤油と味噌を買うのでしょう?」
「うん。もちろん」
これから冬を迎えるのでちょっと多目に買っておきたい。あとは帰りの馬車が必要になるので、荷馬車がどこかで借りれないか聞いてみよう。
「シャルはみんなと一緒にいかなくてよかったの?」
「わたくしの場合はヴォルフから魔力を分けていただかないとならない身ですので」
あれ、そうなると人前で指をしゃぶられるの?
「う、それは人目につかないところでお願いします」
「ふふ。大丈夫ですよ。手を繋ぐだけでも魔力は貰えます」
それは、指をしゃぶられるのは必要なかったということでは?
「もちろん、お互いの粘膜が近い方がより吸収できます。だから嘗める方がより短い時間で魔力を効率よく吸収できます。何より味を直接感じられるのがいいです」
「シャル」
「何ですか?」
「シャルは僕とキスしたいと思う?」
それが食糧的な意味だとしても一応聞いておかないといざというとき僕は迷ってしまうだろう。
「もちろんです。魔力をいただくときも、そうでないときも、存分にキスしてくださいませ」
すべてを受け入れてくれる女の子なんて、前世でもこの世界でもあったことないからちょっと腰が引ける。
「僕はシャルのことを普通の女の子として好きだよ。シャルが喜んでくれることなら出来る限りのことはしたい。だから、シャルは僕に対してはわがまま言ってね」
シャルとの仲は魔力と引き換えに何かを提供してくれているような関係から脱したい。次のステップに進みたいと思っていた。婚約者になったのは半ばカルラが強引にしたことだけど、シャルが僕にしてくれたことは結構な大きさになっていた。借りを作っているつもりはないけど、シャルともっと仲良くなりたい。
「もちろん、そうさせていただきます。ヴォルフも我慢なさらないで、黒虎の姿以外の時でも一緒に温泉に入っていいのですよ?」
「ふふ。そうだね。今度そうしようか」
僕が肯定すると、シャルはぎゅっと腕を掴む手に力を入れた。
「わたくしはペットでもいいと思っていましたけど、やっぱりヴォルフのお嫁さんになりたいです。これから覚悟してください」
「覚悟ならもう出来てるよ」
シャルは真っ赤になって僕を神殿の方へ引っ張った。
「ほら早く行きましょう」
僕が素直に答えたことで、自分が何を言ったのか自覚したらしい。ものすごい恥ずかしがっている。
「うん」
僕は返事をしてシャルにつれていかれるまま歩いた。
神殿への道のりはそこそこ長く、門前町として長い歴史があるんだと理解した。神殿に近づくほど建物は古くなっていく。もちろん、どれも木造なのだけど、煤け具合がより深い色合いなのだ。中には真っ黒になっている建物もある。そういう建物は漬け物屋さんだったり、お酒を売っていたりした。
建物の間に森が混ざるようになると、神殿が近くなっていることがわかる。遠目から見た感じでは神殿は森の中にあり、離れるほど木々がまばらになっていく。
「シャル、ちょっと見たいところがあるんだけど」
「はい」
シャルを連れだって御札らしきものを売っているお店を見る。
文字は読めない。なんか前世でいう神代文字的なものだ。キリル文字とか象形文字とかがイメージに近い。
「これはなんですか?」
店番をしていたおばあちゃんに聞く。
「これは身代わりの札さ。身に付けておけばいざというときに身代わりになってくれる神様が宿っておる」
なんという慈悲深い神様なんだろうか。
「もちろん、悪いことをする輩は逆に天罰を食らわす」
「なるほど。僕は外国人なんだけど、その御札は効果あるの?」
「もちろんじゃ。人はみな神の末裔。この神が身代わりになる価値はあるのじゃよ」
おばあちゃんはうんうんとうなずいていた。とても霊験灼かな御札のようだ。何か魔法的な効果があるかもしれない。
「今なら、まとめて買ってくれれば安くしておくよ」
一気にうさんくさくなってきた。
「では、六枚ください」
シャルはそう思わなかったようで、すぐに購入を決める。
「あ、それからそこの六枚でお願いします」
買う場所を指定している。なんだろう? シャルにだけわかる当たりみたいなものなのかな。
「ほお。これがわかるか、お嬢ちゃん。お前さん、巫女の素質があるかもしれんなあ」
「巫女?」
僕はこの世界へ来て神社らしいものを見たことがなかったので聞いてみた。シスターとか尼ではなく「巫女」と呼ばれたことに違和感があった。
世捨て人のような存在ではなく、選ばれた神職が巫女と呼ばれるようなので、神殿で働く女性は特別な存在のようだ。
「まあ、神殿へ行けばわかるさ。じゃあ、六枚で1ドラクマ鉄貨じゃ」
シャルは鉄貨を二枚渡す。
「ごめんね、おばあちゃん。ちょっと意地悪だったね。これは取っておいて」
どうやら本物と偽物がある御札ようだ。僕にはわからないがなぜかシャルにはわかったらしい。
「お嬢ちゃんはいい子じゃな。この御札入れをあげよう。では、旅の無事を祈っておる」
「うん。おばあちゃんもお元気で」
シャルはおばあちゃんから御守りの袋のようなものを受けとる。どうやら御札を折り畳んでしまっておくもののようだ。
ますます神社っぽい。
僕は単に御札が、なにか知りたかっただけだが、「本物」の御札が手にはいった。シャルは凄い。
「御札はあのおばあちゃんが作ってますね」
「え?」
僕には普通のお土産屋さんに見えた。
「あの方は多分神職の中でも偉い人なのではないかと思います。でも、なぜあんなところで……」
シャルは首を傾げている。それが本当だとすると、僕も不思議だと思う。御札の効果がどれ程かわからないが、仮に三パーセントしか効果がないとしても軍隊に配れば耐久力が三パーセント増しである。全然無視できない。
おばあちゃんみたいなのが何人いるかわからないが、お土産として売っている場合ではないだろう。
「フリーデンにとって、周りの国は敵ではないのかもしれないね」
なんと言っても国民全員が兵隊のようなものなのだ。占領するにしてもかなりの駐屯兵が必要になる。そして、その駐屯兵を維持する予算と税で取れる予算を比較すると、赤字になる方が多い。
だからビルネンベルク軍も略奪しかしていない。占領はしないから内陸部まで侵攻が進まないので、ブラウヴァルトは平穏無事のままなのであろう。
神殿につくと御神体に関する説明が壁に書かれていた。説明によれば、御神体はこの山のどこかに安置されており、この神殿にあるのはエイリアスのようなものだそうだ。
つまり、仮の姿の仮の姿というわけである。
それはどうでもいいとして、僕は醤油と味噌の匂いをたどる。なんか懐かしい。前世のときは懐かしいなんて思わなかったけど、小さい頃からの記憶というのは魂に染み付いているんだな。
「ヴォルフは醤油をどこで食べたんですか?」
遂に来てしまった。異世界転生者の知識を問う質問が。
「た、食べたことはなかったんだけど、ザッカーバーグに居たときに読んだ旅行記で知ったんだ」
「へえ。なんという本なのですか?」
異世界転生小説で予習はバッチリだったのに、僕は嘘が下手だった。本の名前まで聞かれるとは思わなかったよう。
「ガリバー旅行記という本なんだ。なんか珍しい本らしいって父が言っていたよ」
そして、わかっていても嘘を嘘で塗り固めるしかなかった。一年後にふとした話題で出されてもちゃんと答えられるかなあ。
「わたくしもそんな旅行記を書けるほど旅をしてみたいです!」
「う、うん。そうだね。僕たちもドーラにお願いしていろんなところへ連れていってもらおうか」
「約束です」
「うん」
僕はシャルと約束しながら神殿の中を歩き、目的の醤油販売所を見つけた。醤油瓶が並んでいる。瓶と言っても陶器製で白い釉薬が塗られて焼かれたものだ。
味噌は檜と思われる樽に入って売っている。どちらもお土産として持ち帰れるように少量だ。
「すみませんが、もっとたくさん入っているものは売っていないですか?」
売り子をしているお姉さんに聞いてみる。
「ありますよ。でも、凄い重いですけど大丈夫ですか?」
「見せて貰えますか?」
お姉さんにお願いすると、一升瓶と一斗樽が出てきた。
「全部ください!」
どうやって持って帰るかは後で考えよう。とりあえず、買い占めなければ!
「落ち着いてください。これは見本なのでたくさんあります」
そうか、そうだよな。
思わず自分を見失ってしまっていた。後ろではシャルがクスクス笑っている。
「いくつぐらいほしいんですか?」
どうしよう。六人も要るから多分すぐになくなっちゃうと思うんだよね。
「醤油は一升瓶三つ、味噌は一斗樽二つで。あ、味噌は種類がありますか?」
「はい。麦味噌と米味噌があります。どちらも風味豊かで美味しいですよ」
多分麹の違いなのだろう。
「では、味噌は麦味噌と米味噌を一斗樽ひとつずつで」
「はい。一応、お泊まりしていただいている宿まではこちらで運べますが……」
売り子のお姉さんの言葉に僕は目を光らせた。
「三倍でお願いします!」
こうして僕は念願の醤油と味噌を手にいれたのだった。




