137.就寝
夕食の後、お腹いっぱいになったせいか、みんな眠くなり、千鳥足になりながら大肉の主亭へ帰ってきた。
「体がポカポカしてる……」
カルラが眠い目を擦りながら呟いた。
「では、ヴォルフの部屋にはカルラが泊まるということでいいですね?」
二部屋はなぜか二人部屋と四人部屋に別れているので誰か一人が僕と同じ部屋になるしかない。お金に余裕があるんだから、もっと部屋数を増やしてもいいんじゃないかな?
あ! もしかして、僕にムーンライトを渡せなかったのはこのためか。なんという悪知恵の回るドラゴンなんだ。
「眠い……」
「じゃあ、寝ようか。僕も眠いや。みんな、おやすみ」
「しっかり子作りするんだぞ」
ドーラが茶化すが、僕は無視した。
「おやすみなさい」
僕はみんなの挨拶を背中に受けながらカルラを支えながら部屋に入っていく。
ベッドはちゃんと二つあり、僕はほっとした。カルラを片方のベッドに寝かせると、反対のベッドに腰を下ろす。
カルラはもう目を閉じている。胸はゆるやかに上下しているので、寝ているようだ。心なしか呼吸が乱れているような気がする。服が重くて苦しいのだろうを
僕はカルラに近づき、身を起こすと上に来ていた参拝者用の服を脱がせた。下に着ている服はゆったり目でシワのつきにくい服なので来たままで問題ないだろう。
再びカルラを横たえ、布団を掛ける。
「ヴォルフ……」
カルラが目を開けて僕の名前を呼ぶ。頬は上気して赤く、目は潤んでいた。完全に眠いときの反応だ。
「うん。大丈夫。ちゃんといるよ。安心しておやすみ」
「そうではないのです」
カルラは首を横に降る。
「最後までとはいいません。せめてキスをしてください」
「ふふ。おやすみのキスをねだるなんて子供だなあ」
子供扱いに不満げな顔をしたが、僕が額にキスをすると柔らかに微笑んで目を閉じた。
「ヴォルフ、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
僕はカルラが寝るまでしばらくカルラのベッドに座っていることにした。カルラは桃色の髪の毛を僅かに乱しながら寝ているようだ。僕は乱れた髪の毛を優しく整える。
こうやってじっくり観察するとカルラはまだ子供だと思えた。ちょうど妹のような年齢なので、婚約者として見れないときがある。もう少し大きくなったら違うんだろうけど、大きくなったらなったで、僕は色々困るんだろうな……。
カルラの寝息が落ち着いたので、僕も自分の布団へ入る。ちゃんとしたベッドで寝るのは久しぶりだ。すぐに体の力が抜けていく。疲れた手足を修復するように手足が熱を帯びていく。
「明日は神殿行かなきゃ……」
ほどなくして僕も眠りにはいった。
◆ ◆ ◆
お腹の上に気配を感じて僕は目覚ます。カルラが僕に馬乗りになっていた。暗くてよくカルラの表情が読みとれない。
「ヴォルフ……」
名前を呼ばれるが、なんとなく返事をするのは躊躇われた。
「愛しています」
そして、カルラやわらかな唇が僕の唇にあたる。それは優しいキスだった。
「僕も愛しているよ」
カルラが飛び起きるように身を起こす。
「……起きてたんですか?」
暗くてもわかるぐらい恥ずかしがっていた。
「お姫様のキスで起きたんだ」
「嘘ですね? もう!」
カルラはそのまま倒れ込むように僕に抱きついてくる。カルラのやわらかな香りが僕に安心感をもたらす。
「今はまだ子供ですけど、そのうちにヴォルフから求められるようになってみせますね」
「今のカルラのままでも十分魅力的だよ。こうして抱き合うだけでも気持ちが落ち着くんだ。他の誰にも代えられない」
もっと強く抱きついてくる。僕もカルラを抱き返した。
「今日はこうして眠ってもいいですか?」
「うん。いいよ」
カルラはそれっきり無言になる。
カルラの胸が僕の胸に当たっている。
この世界の女性は寝るときに下着を着けないのだけど、カルラにおすすめした服は僅かに透けていて変形した胸の形がわかってしまう。
困る。
空気を読んでこのままでいいよ、なんていってしまったので、カルラを元のベッドに置くこともできない。そして、油断すると僕にも変化が訪れてしまう。
まだまだ子供だなあ、などと言いながら完全に女性の部分を意識している。精神的に子供なのは僕なんではないかと、自問自答する。
寝れない。
明らかにカルラと仲良くなり、このままでいけば結婚も出来るだろう。そして、子供も授かるようになるかもしれない。魔法バカの僕には重責だけど、やっていけるだろうか。
何よりカルラは王位を狙っている。それはつまり、僕も政争に巻き込まれることを意味していた。まだ若いと言ってもいつ機会が訪れるかわからない。僕も何か特別なスキルを身に付けなくては戦っていけない気がする。
異世界から転生してきたから進んだ知識があり、それがアドバンテージになるような状況ではない。たぶん百年以上前の時代には転生者がすでにこの世界に来ている。食糧生産や調味料、軍隊の運営方法が進んでいるのもそのためだろう。
異世界転生小説では、主人公に大きなアドバンテージがあるのが普通だ。それを信じるなら僕にも何かあるはずなんだが、魔法にかまけていて何も見つけていない。
……なんか難しいことを考えたら、また眠くなってきた。
そして、カルラの体温を感じながら眠りについた。
◆ ◆ ◆
翌朝起きるとカルラはもう居なかった。寝過ごした!
僕は飛び起きると、カルラが桶に水を入れて持ってくるところだった。
「ごめん。寝過ごした。それ持つよ」
「おはようございます。ではお願いします」
僕は桶を受け取って床に置く。
「空の桶と体を拭く手拭いも貰ってきますね」
「じゃあ、一緒に行くよ」
僕とカルラは一階へ降りて宿の受け付けに置いてある桶を取りに行く。手拭いも一緒においてあり、宿に泊まる人がいつでも使えるようになっていた。
井戸は中庭にあるので水でよければすぐに汲める。それでもそこそこ遠いのでカルラには大変だったと思う。
「カルラはすごいね。水汲み、結構大変だったでしょ?」
「ふふ。秘密があるんです」
そう言ってウィンクする。なんかいたずらっ子のようだ。
「秘密?」
「そう。だから、秘密です」
笑いながら階段を上がっていってしまった。
「なんだろう?」
身体強化系の魔法でも覚えたとか?
よくわからないので、僕も空の桶と手拭いを手に階段を上がっていく。
部屋に入ると、カルラが待っていた。
「では、ヴォルフ。上を脱いでそこに座ってください」
「え? 自分で拭くよ」
「ダメです」
有無を言わさぬその迫力に僕は拭いてもらうことにする。
冷たいのを覚悟していたが凄い暖かかった。
「あれ?」
「ふふ。これも秘密です」
カルラの魔法のレシピが勝手に増えているのでは……?
「新しい魔法?」
「いえ、ヴォルフに教えてもらった魔法だけで出来ますよ」
「本当? 凄いな……僕には予想もつかないよ」
「全部簡単な応用です」
重い桶を運んだり、お湯を作ったり、やはりカルラの魔法の応用力はすごいな。
「じゃあ、代わるよ」
そこまで言って気がついた。
「あれ、いいんですか? お願いします」
そう言いながら後ろを向いて上半身裸になるカルラ。
今さらやっぱりダメとは言いにくく、僕は真っ赤になりながらカルラの体を拭く。
「お水汚れたのできれいにしますね」
そういうとカルラはトレナンを唱えて空の桶に綺麗な水を移す。
なるほど。それで空の桶を持ってきたのか。
そのあと、小石をいくつか凄い勢いで回転させたかと思うと水の中に入れた。ジュッと水が蒸発する音がしてお湯になる。
これが秘密の正体のようだ。空気摩擦で石の温度をあげて水をお湯にしていたらしい。
「じゃあ、続きをお願いします」
カルラの頬も赤さが増しているような気がした。僕はそれに気がつかないふりをして、カルラの背中を拭いた。




