136.夕食
本日二話目です
夕食の時間にはみんな戻ってきていた。凄いたくさん荷物を持っており、帰りは完全に荷馬車が必要なレベルになっている。
カルラが希望したお肉料理は明日からなので、今日は別のレストランで夕食を取る必要がある。お昼に食べたほうとう味の伊勢うどんも美味しかったけど、味噌があるのなら醤油味の何かを探して食べたい。
ブラウヴァルトは内陸部にあるので、新鮮な魚は期待できないが、砂糖もあるので照り焼きもあるかも知れない。お昼にはやっていなかったお店もあったが、それは夜に開く酒場なのだろう。
異世界転生小説では食事が美味しくなくて、緑の革命とセットで食の革命みたいなことをする主人公が多いけど、この世界では少なくても僕が満足するぐらい食事は美味しかった。
「ということで、醤油を使った料理を探したいんだ」
「魚醤?」
「大豆から作った魚醤みたいなものだね」
カルラの疑問に簡単に答えるが、どうも合点はいっていない様子。ビルネンベルク王国は海岸沿いに領土を持っているだけあって、魚関係の味付けや調味料は揃っているけど、醤油や味噌はなかった。魚にこそ醤油や味噌を使うべきだと思うんだけどなあ。
「では、一通り見て回りましょうか」
カルラの先導で町を歩く。カルラはまだ13歳なので一番背が低いをクララは僅かにカルラより背は高いので、一番下の妹が姉や兄を引き連れて歩いているように見える。
もしかしたらやんごとなき身分であることを見抜き、後ろにお供をつれているお姫様に見えるかもしれないけど。
「醤油を使った料理があれば匂いでわかると思うんだよね」
僕は鼻をすんすん言わせながら大通りを進む。
醤油を使った料理の代表格と言えば焼き鳥だ。鍛冶屋街を見ていたときに気がついたのだけど、どうも竹串を作る道具らしきものが置いてあった。あれが出来合いで置いてあるとなると、それなりに需要があるということになる。
竹串は燃えにくく、安価なため焼き鳥や串揚げのように刺したものを何かにつけるのに向いている。醤油ダレがあるかまではわからないけど、この調子なら先輩転生者が作ってブラウヴァルトの人たちに教えていたはず!
「あれ……」
シャルが何かを嗅ぎ付けたようだ。
「この路地の奥から香ばしい匂いがします」
それだ!
「行ってみよう!」
僕は先頭を歩いていたカルラの手を掴むと、路地の奥へ走り出した。シャルもそのあとから続いて、路地を誘導してくれる。
何回か角を曲がると少し開けた場所に出た。回りを建物で囲まれた中庭といった感じのところだ。
そこには屋台がたくさん並んでおり、参拝者や地元の人たちがお酒を呑みながら、串に刺さった何かを食べていた。
少し薄暗いので見えにくいが完全に焼き鳥だ!
「醤油!」
僕は中庭に立ち込める醤油の焦げた匂いに思わず叫ぶと、近くの屋台へ近寄る。
屋台では炭火でまさしく焼き鳥を焼いているところだった。ネギマまである。その他にも豚や牛と思われる肉も一緒に焼かれている。軟骨や砂肝なんかはないが、色はよい焦げ茶色になっている。焼いている脇にはツボがあり、黒色の液体が並々と入っていた。
「おじさん、そのタレの味見できる?」
「ん? ちょっと手を出せ」
僕が手を出すとおじさんは匙ですくって少し垂らしてくれた。
少しだけ嘗めてみると確かに醤油の味と香りがした。鳥や肉の油で旨味が増しているので、このまま御飯にかけてもご馳走になるレベルまで熟成している。ここまで熟成するのに一体どれくらいの年月を経ているのか!
醤油文化というか発酵食文化が浸透して長いことがタレを嘗めただけで感じられた。
「どうだい? うちの秘伝のタレは」
「凄く歴史を感じます。深みがあって油もいい具足に馴染んでる」
グルメ番組レポートみたいになってしまったが、単に「美味しい」で片付けてはいけない味だと思った。そして、僕もこういうの作りたい!
「おじさん、ここの焼き鳥を十本ください!」
味見したからには買い物をしなければ。
「ところでおじさん。このタレに使われている調味料は醤油と味醂ですか?」
「ははは。なんだ、あんた外国人か? これは醤油と味醂以外にも色々入ってるんだよ。たとえ材料が全部わかっても年月までは真似できないぞ」
あったー。醤油あったー。
踊り出したい気持ちを押さえる。
「醤油と味醂、できれば味噌も欲しいんだけど、どこで手に入るかな?」
「神殿で売ってるぞ。観光客向けにも小分けしたのが売っているから明日にでも行ってみな」
あれ、まるで神殿以外では作っていないみたいな言い方だな。
「神殿以外には買えないの?」
「大抵の家では自分達用に作っているだろうけど、売るほどはないんじゃないか?」
「なるほど、ありがとうおじさん」
これで明日は神殿へ行くことは決定だ。醤油も味醂も味噌も日持ちするだろうし、今は冬の入り口だからちょっと早めに買ってしまっても大丈夫だろう。
「探し物は見つかったみたいですね」
僕から焼き鳥を受け取りながらカルラが答えた。
「うん。これが醤油ダレの焼き鳥だよ。十本あるから適当にみんなで分けて」
カルラは十本を自分のものにするつもりだったようで、シャルへ渡すのを渋っていた。
「ここは屋台がたくさんあるから、焼き鳥だけでお腹いっぱいにしたらもったいないと思うよ」
味噌田楽があったり、茄子とチーズの焼き物があったり、饅頭があったり、なんかお祭りみたいだった。
ブラウヴァルトは年中お祭りをしているようなものなのかもしれない。
「ひとりひとり、好きな食べ物を買ってきて、そこの机で食べようか」
醤油が発見されて気分が高揚しているのか、このままパーティーをしたい気分になってきた。お酒は飲んでもいい年齢ではあるけど、寝るときのことを考えると、飲まない方がいいだろう。
僕の呼び掛けにみんな思い思いの屋台へ散っていく。僕はみんなの分の飲み物をお酒以外で用意してしまおうと屋台を見回す。
井戸の近くでコップを配っている女性を見つける。あれは井戸水を売っているのかな。
「すみません。それは売り物ですか?」
「はい。コップは飲み終わったらここへ返してもらう必要がありますけど、中身はこの中から選べますよ」
かなり多くのメニューがある。ほとんどはお酒のようだ。透明な液体が桶に入っている。匂いからするとこれがお酒なので、日本酒みたいなものなのかも。
回りの人たちは大抵何かのシロップと日本酒を混ぜたものを買っていく。シロップの種類で味が決まるようだ
見た感じ桃のシロップが美味しそうだったので、それを注文する。そう言えば、梅のシロップもあるかなあと思っていたら、ちゃんとあった。
「すみません。梅と桃のシロップを水で割ったものを三つずつください」
「はーい。梅の水割りと桃の水割りを三つずつね!」
頭に三角巾を巻いた女の子が返事をする。手際よくシロップをコップに入れて、それを井戸水で割っていた。
「全部で1ドラクマ鉄貨になります」
僕は持っていた財布から鉄でできた貨幣を一枚出した。日本円で3000円ぐらいなのだが、量的にはお得な気がする。
「お盆貸しますね。机に置いたら返してください」
僕は頷いた。お盆の上には陶器と思われる焼き物のコップが置かれる。どれも甘い匂いがして美味しそうだ。
フリーデン宗教国はグルメな人が作ったのかも知れないな。
溢さないように慎重にテーブルまで運ぶと、みんな席についていた。僕はコップを一人ずつ渡し、お盆を返すと席に戻った。
「じゃあ、食べようか」
「いただきます」
僕がしていた挨拶を覚えたのか、みんな「いただきます」と言うようになった。僕も挨拶を済ませると、早速シロップの水割りを飲んでみる。
僕が選んだのは梅のシロップの水割りだ。梅の香りがよく染み込んでいて爽やかな味わいだった。井戸水が冷たいということもあって喉ごしもかなりいい。
目の前には、バラエティー豊かな料理が並んでいた。
焼き鳥の追加はカルラのようで大きなお皿に山盛りになっている。
フライドポテトのまん丸バージョンもある。これはアイリのチョイスらしい。何でもあげたてを試食してかなり美味しかったとか。
「これは……?」
「それは我が選んで持ってきたやつだな。イナゴの佃煮だといっていた。パリパリして美味しいぞ」
見た目バッタそのものだ。
ザッカーバーグ領ではあまり見なかったが、フリーデンではお米が取れるようで田んぼにたくさんいるんだろう。なお、僕は前世でもこの世界でも食べたことはない。
ドーラは手掴みでバリバリ食べてる。音を聴いているとポテトチップスでも食べているかのような軽い音がする。もしかしたら油であげて水分を飛ばしているのかも。
あとはシャルが持ってきたホートーとクララが持ってきたおにぎりが並んでいた。そこそこ量があるので、六人いると言ってもお腹いっぱいになるだろう。
「ヴォルフが持ってきたこの飲み物はうまいな! おかわりはないのか?」
ドーラはもう飲み干してしまったようで、コップを逆さまにしている。
「あそこのお姉さんが売ってるから、おかわりをもらってくるといいよ」
僕が井戸の方を指差すとドーラはすぐに飛んでいった。クララがそのあとに続く。
僕も空になったらお代わりを貰いにいこう。今度はかりんとかいいな。
「おにぎりも美味しいね」
焼き鳥をおかずにおにぎりを頬張る。海苔は巻かれてないが、その代わりに茹でた菜っ葉が巻かれていた。野沢菜のように風味ゆたかな葉っぱなので、美味しく食べられる。
「今度は酒で割って貰ったぞ!」
ドーラが前に持っていたコップより大きなジョッキを持っていた。
「ヴォルフもこれぐらい濃い酒を呑まねば酔わないぞ」
アルハラだ。前世では受けたことなかったけど、まさか異世界でアルハラを受けるとは思わなかった。
「僕はいいよ。ドーラはたくさん飲んで楽しんで」
「うむ。ここの酒はかなりうまいからな。楽しませてもらおう」
結局、ドーラに限らず全員がシロップの水割りをお代わりしてたくさん飲んでいた。
僕は知らなかったのだ。
「水割り」が何かなんて。




