135.鍛冶
食事を終えた僕たちは再び自由行動になった。午前中にカルラが美味しいお菓子と抹茶を食べた話をしたところ、アイリ以外はお菓子屋へいくことになった。アイリは武器を見たいと言ったので、同じく金物の調理道具を探したい僕はアイリと一緒に行動することにした。
アイリの服もチューブトップから変わっていた。胸元がゆったりとした襞で覆われておるが、胸のすぐ下で絞られて、大きな胸を強調していた。足元も少しタイトなロングスカートで、後ろに大きくはいった切れ込みから白い足が覗いている。太股が見えてしまうんじゃないかと心配になる。
午前中の探索で大通りに面したお店には日用品がないことはわかったので、ホートーを食べたお店の店員さんに金物屋を聞いたところ、鍛冶屋街という素晴らしい場所があるらしい。
この国は国民が全員武器を持つため、武器や防具はかなりの数が出来合いで置いてあるということだった。
「よい武器があると良いな」
アイリも非常に楽しみのようで、僕の腕をグイグイ引っ張って歩いている。子供のようだと思いながらも、大きな胸が腕に当たって困惑する。
子供じゃない!
僕の脳が混乱する前に、アイリから腕を引き抜き、手を繋ぎなおす。
「アイリ、胸が当たっていたよ」
アイリはくすりと笑って僕を見た。
「当てていたのです。あたしも少しは意識して欲しいですから」
そんなことしなくても意識はしている。
なんたって前世含めて女性と付き合ったことはないんだ。今になって婚約者が三人に増えて困惑している。女性に「胸をわざと当てていたのです」とか言われてもうまい返しが見つからない。
「ア、アイリの胸は非常に魅力的なんだけど、ここは公衆の面前だし、そういうことは二人きりになったときに……」
とそこまで言って気がついた。
「どうするんだろう?」
胸を当てられても何をしてよいのかわからない。
「あはは。ヴォルフの好きにしてください」
アイリはいたずらっ子のように笑った。くノ一の術なんじゃなかろうかってぐらい魅力的に見えた。
「そろそろ、鍛冶屋街のようですね」
アイリの言うとおり、鉄独特の匂いと金属の打ち合う音、それに合いの手が聞こえてくる。店の前には農具や鍋が飾ってあった。
どうやら調理器具は鍛冶屋街で見つかりそうだ。
「まずはアイリの武器を探そうか」
「はい」
アイリは鈍器が欲しいと言っていたので僕は鎖鎌の分銅の部分なんかいいんじゃないかと考えていた。なんか忍者っぽいし。
アイリが無人島へ流れ着いた時は鎖かたびらを着ていたので鎖を作る技術はあるはずだ。それがフリーデン宗教国でもあるかはわからないけど、鍛冶が盛んなようだから探せばあるだろう。
「こ、これは……」
アイリが見つけたのは金剛杖だった。つまるところ四角の断面を持つ、長い鉄の棒である。
「重い……」
中身が空洞になっていることはなく、全部鋼のようだ。アイリが理想としていた武器に近い。こんな武器で殴られたら一発で御陀仏は間違いない。
「それにする?」
僕が問いかけもアイリは金剛杖に夢中で聞こえていない。
「店主!」
アイリが叫ぶと店の中から恰幅のよい女性が出てきた。
「はい。なんだい?」
店主はアイリが持っている金剛杖を見ると、ちょっと驚いたよう目を開いた。
「これはなんという武器だ?」
「これは杖だよ。武器としても使われることもあるけど、山を歩くときに使うんだ。草を払ったりもできるよ」
確かに四角の角は鋭く尖っており草を払うことが出来そうだった。手に持つ部分は角も丸くなって革と荒縄で滑り止めが付いている。
「これをくれ」
「もう少し短くて軽いのも作れるけど、それでいいのかい?」
「ああ、あたしはこれでも体を鍛えているからこれぐらいの重さで丁度良い」
アイリの目は金剛杖に向いたままだ。
「それを持てる女の子がいるなんてね。オマケしてあげるよ!」
店主は店の中に入ると、鍵のようなものを持ってきた。
「これはね、単なる金剛杖じゃないんだよ。ちょっと貸してごらん」
アイリから金剛杖を取り返すと、店主は金剛杖の端にあった窪みに持ってきた鍵を挿す。鍵をカチャリと回すと、金剛杖が三つの棒に分かれる。
「三節根!」
三節根は中国の武器の中でもトリッキーな武器として知られている。身に付けるのは至難の技と言われている際ものの武器だ。
店主は三節根を使って演舞を始めた。太い体に似合わず、小器用に三節根を操る。もしかしたら、この金剛杖は店主が戦へ持っていく武器なのかもしれない。
「こんな風に使うんだ。わかったかい?」
「ふむ。ちょっと貸してくれ」
アイリは店主から三節根を受けとると、店主と同じように振り回した。店主の動きを完璧にトレースしている。
「凄いじゃないか!」
店主はアイリを気に入ったようだ。さっきからひっきりなしに誉めている。もう金剛杖をただでくれそうな雰囲気だ。
「金剛杖をここまで使いこなせるなら、こっちの七金剛も使えそうだね」
いつの間にか店主の手には別の金剛杖が握られていた。
「それは?」
アイリの目が光る。
名前からすると七節根になる金剛杖だよね。この店主はどんだけトリッキーな武器が好きなんだろう。
「これはこうなるんだ」
僕の予想通り七つにわかれた。店主はそれも操って演舞を始める。七節根も流麗に使いこなす店主。彼女はもしかしたら若い頃は名のある武芸者だったのかも知れない。
「ふむ。それもいいな」
アイリは七金剛を受けとると、店主を真似て動く。すぐにコツを掴むと上手に操り始めた。アイリは武器を扱う才能があるんじゃないだろうか。
「すごいねえ」
店主も感心しきりだ。
「店主、二つとも譲っていただくことは出来るか?」
「いいけど、オマケしたとしても高いよ? 2つで50ドラクマ鉄貨だよ」
「安い……」
思わず僕は呟いた。三節根も七金剛もあれだけのギミックが入った上に、頑丈な鋼を使っている。表面は黒錆でコーティングされて赤錆対策も万全だ。どう見ても日本円換算で15万円には見えなかった。
「ほお、ものの価値がわかってるじゃないか。それなら安く譲っても後悔はないよ」
アイリはポケットからムーンライトを取り出すと店主に見せた。
「これで足りるだろうか?」
「ん? これは月光石じゃないか。これだとちょっと貰いすぎだねえ……」
店主は正直な人だな。ますます好感度があがる。
「ふむ。あたしたちはあと七日滞在する予定だが、これと同じようなものをもうひとつ作ってくれないか?」
アイリもこの店主が気に入ったようでもうひとつ武器を依頼するようだ。
「どんなものだい?」
アイリが店主にした説明によると、稲を脱穀するときに使う「からさ」という農具だった。短い棒と長い棒を紐で繋いだもので、二節根とも呼べる道具だ。
「成る程、それなら三日で出来るよ。三日したら取りに来な」
カルラは大喜びで店主に抱きついて親愛の情を表していた。店主も娘のような、弟子のような存在が出来たと大喜びで笑っていた。
「店主は名のある武芸者だったんですか?」
「ん? そうだねえ、名がある訳じゃなかったんだけど、今の旦那につかまるまでは戦場でそこそこ活躍していたほうだね。不意を打たれて怪我をしたところを旦那に助けられて、今じゃ鍛冶屋の店番さ」
店主は頼まれてもいない馴れ初めを話始める。アイリは目を輝かせて聞いていた。これはもうしばらくここにいることになりそうだ。
「アイリ、僕は調理道具を見てくるけど、ここにいる?」
「はい。すまないけど、帰りによってくれ」
僕は頷いて鍛冶屋街をブラブラしはじめる。目的の調理道具はそこかしこにおいてあって、そのどれもがいい腕をしている。鉄のフライパンなのに光輝いて見えるのは何故なのか。
これだけあると目移りしてしまうな。
僕は買いたいものを覚えてお店を回っていく。フライパンにフライ返し、鉄の菜箸に、鉄串となんでもそろう、そのうち調理道具以外も目につき始めた。
「大工道具も欲しいなあ」
こうなってくると、もう一人では持ちきれない量だ。まだなにも買っていないけど、一度アイリと合流して宿にアイリの武器をおいて丈夫な箱か鞄を調達しなきゃならない。
アイリとわかれたお店にいくと、アイリと店主はまだ話をしていた。
「アイリ」
「ヴォルフ、帰ってきたか。では、店主。また後日」
「はいよ。またね」
良かった。話を終わってくれた。この世界にきても女性同士の話は長い。特に恋愛に関しては世代を問わず長い傾向にあった。
「いい話は聞けた?」
「はい。男性がどんなことに弱いのかをたっぷり教えてもらいました。あたしと同じ部屋へ泊まるときは覚悟してください」
それを僕に言ってしまうあたり、アイリはまだまだ将としての器はないなあと思った。
そのあと、僕はアイリにお願いして調理道具と大工道具を一揃えした。支払いのことをすっかり忘れていたけど、アイリが持っていたムーンライトで支払えて助かった。
いい加減、僕もドーラに頼んでムーンライトを分けてもらおう。




