133.宗教
フリーデン宗教国は多神教国家である。多神教と言ってもアニミズムが基本であり、どんなものにも神が宿るという考え方になっている。
前世で言うところの日本に近く、国家元首が司祭を務める。しかし、行政は官僚主義であり、貴族は存在しない。軍隊は専門の軍人がおらず、農民が徴兵されて戦場に出てくる。農民と言っても栄養状態の良い、よく鍛えられた兵士であり、ビルネンベルク軍はとても優位を保っているとは言えない状態だった。
対してビルネンベルク王国は、同じく多神教であるが、そのすべてに人格が備わっており、自然現象も擬人化されている。イメージで言えばギリシャ神話だ。
軍隊は貴族が中心となった常備軍であり、練度が高い。また魔法使いも従軍しており、補給や大規模な攻撃魔法なども使われている。
フリーデン宗教国がビルネンベルク軍と対等に渡り合っているのは、その戦略にある。フリーデン軍は、言わば住民がすべて軍隊であり、ビルネンベルク軍が勝利することはすなわち占領地の生産力の低下を招く。またゲリラ戦に突入することも多く、自然の多く残るフリーデン宗教国ではかなり効果的な戦術だった。
僕たちはフリーデン宗教国の首都であるブラウヴァルトへ来ていた。
ドーラは本当に一晩掛からず僕たちをフリーデン宗教国へ連れてきた。ブラウヴァルトから数キロメートル離れた場所に降り立つと、そこからブラウヴァルトを目指して歩く。
ブラウヴァルトは参拝者が多く、誰でも入れるようだ。僕たちはなんのチェックも受けずにブラウヴァルトに入った。
「じゃあ、御昼になったらここに一度集まろう。必ず二人以上で行動すること。迷子になったら、お店の人か衛兵さんに聞くこと」
邪魔にならないように門の脇へよって集まると、注意事項を述べる。修学旅行の先生みたいだ。
「ヴォルフは誰と行くのですか?」
カルラに問われる。一斉に僕に注目が集まった。全然考えてなかった。
「カルラと回りたいけど、いいかな?」
最初は重いものを買ったりしないだろうからカルラとデートしたいと思ったのだ。午後はクララと本屋巡りだろうか。こうやってスケジュールを考えていると、完全に美少女ゲームみたいだ。
「嬉しいです。では、参りましょう」
カルラは僕の腕を取ると、大通りへ誘う。僕は一瞬遅れてカルラに続いた。他のメンバーが誰と行動するか気になるが、ここで「ちょっとまって」とか言ったらカルラに怒られそうでなにも言えなかった。
「さあ、どこへ行きましょう!」
僕は一番に行くところは決めていた。町によってはなかったりするけど、首都なら必ずあるだろう。
「まずはお菓子屋さんへ行こうか」
ぱぁっとカルラの表情が明るくなった。
「約束の場所とは違うけど、美味しいお菓子をふたりで食べよう」
「ふふふ。凄く嬉しいです!」
さぁとカルラはすぐに歩き出した。
「でもその前に」
僕は自分の服を見る。それにつられてカルラも自分の服を見た。
「新しい服を買おうか」
ふたり、頷いてまずは服を探して町のなかを歩き始めた。
ブラウヴァルトの町は元は神殿への参道から始まった門前町という事もあり、大通りの真ん中か膨らむような紡錘形をしていた。町にはいる門の反対側に神殿があり、神殿の背後には大きな山があった。山のどこかには御神体を祭っている祠があるということだが、もちろんその場所は秘密にされている。
「ここなんかいいんじゃないかな?」
そこは皮革製品を扱っているお店で、参拝者向けに丈夫な服を売っている。
朝なので回りを歩いている人は少な目だが、大抵の人は同じような格好をしている。可愛さは少な目だが、カルラが切ればなんでもかわいく見えそうだ。
「はい。では、ヴォルフの服を選びましょう」
でも、カルラは気に入らなかったらしく僕の服を選ぶことにしたいようだ。かわし方が上手い。
「う、うん」
中に入ると参拝者が身に付ける参拝服も売っていた。サッカーのゼッケンみたいに今着ている服の上から被るタイプだ。
店内をぐるっと見回すが、寒い地域だけあって露出の多い服はなかった。そこは異世界だからといって例外はないようだ。
「あ、これなんか似合うんじゃないですか?」
カルラが持っている服を見ると、鹿の革をなめしたもので、凄いしなやかさがある服だった。漆で模様もプリントされており、かなり高級な部類の服だ。
「か、買えるかな?」
「大丈夫ですよ。いくつかまとめて買ってまけてもらいましょう」
王女がなぜ値切る方法を知っているのか謎だが、買い物はカルラの方が上手なようだ。僕の町での生活能力が疑われる。ザッカーバーグ領では魔法の研究をする以外はサバイバルしかしてなかったからなあ。
「あとは手袋や帽子も買います」
カルラが選んだものを僕が持つことになったのだが、どんどん積み重なっていく。あれ……午前中は重いものを買わないようにしようと思っていたのに……。
「カルラの服も買わないと」
「ここでは、このマントだけにしておきます」
黒く染められたマントなのだが、生地は薄く光を反射して光っていた。絹かな?
「じゃあ、この辺にしない?」
すでに五着を超え、さすがに僕も腕が限界に近くなってきた。
「そうですね。これぐらいあればいいでしょう」
「すみませーん」
僕は店の中にいる店員を呼ぶ。店員は僕たちの身なりからあまりいい客ではないと判断していたようで、服を選んでいるときには声をかけてこなかった。
「おっと、お前さんがた、こんなに買えるんかね?」
僕はここで使えるお金を持っていないので買えるかどうかしらない。結構なお値段になるのだが大丈夫なのだろうか。
「これでいくらぐらいかしら?」
「そうだなあ。1ミナ銀貨ってところだな」
1ミナ銀貨は日本円に換算すると30万円ぐらいである。やはりかなり高い。それだけ質のいいものであるので納得ではあるのだけど。
「それではこの宝石ひとつでどうかしら?」
「宝石?」
店員は訝しげな顔をしてカルラが差し出したムーンライトを見る。僕からしたらそんなに高い宝石には見えない。大きさも小指の爪ほどだし、磨かれているわけでもないから綺麗にも見えない。
「ちょっと見せてくれるか?」
でも店員の顔が変わった。カルラから宝石を受けとると、懐からルーペを取り出して眺め始める。光にかざしたり、色々な角度から見たりしている。
「あれって、そんなに高い宝石なの?」
カルラに小声で聞いてみる。
「たしかこちらの地域では神様の寄代として人気だとか」
なるほど。地域の風習も加味されて人気があるから高いのか。
店員は見終わったようでムーンライトを懐にしまった。
「もう少しオマケできるぞ。良いものをくれたお礼だ」
そう言いながら大きな皮袋のリュックサックにサバイバルナイフ程度の大きさのナイフをつけてくれた。どちらも装飾があり高級なものだ。
「ありがとう、おじさん。あと着替えをしたいんだけど、奥をかしてもらえる?」
「ああ、もちろん」
店員は店の奥の衝立を広げると着替えるためのスペースを作り出してくれた。
僕はそこで新しい鹿革の服に着替え、カルラは黒い絹のマントを羽織る。脱いだ服とあとの荷物はリュックサックに入れて、ナイフは腰にさした。
見た目は裕福な庶民といった感じだ。これならそこそこ高級なお店でも入店を断られることはないだろう。
「次はカルラの服だね」
「はい。実は来る途中に目処をつけていたんです。少し戻ってもいいですか?」
僕は頷くと大通りを戻り始める。
カルラが目をつけていた店というのは女性用の参拝服を売っているお店だった。かなりヒラヒラしており、上から被るだけで豪奢な感じになる。
「このヒラヒラがかわいいと思いませんか?」
カルラは店に入ると、表に飾ってあったのと同じぐらいヒラヒラした服を広げてみている。色は白が基調になっており、縁が赤いパイプラインで飾ってあった。
色が紅白なので、前世の感覚ですいうとかなりおめでたい感じの服だ。
「似合いそうだね」
「ふふふ。これ一枚あればすぐに身なりを整えられますし、服が汚れそうな時は脱いでしまえばいいですからね。かなりの優れものです!」
リバーシブルを知った子供みたいな反応してる。カルラにとっては庶民の知恵が新鮮に見えるのかもしれない。
「じゃあ、これもいいんじゃないかな?」
僕は参拝服の下に着るための簡素な貫頭衣を手に取る。
光に透けるほど薄く織られた生地は神秘性が感じられる。
「ちょっとエッチですね……」
「ええと、そういう感じではなくて、神秘的というかミステリアスというか」
僕はしどろもどろになりながら言い訳をする。
「ふふ。でも、ヴォルフが選んでくれたものですからこれも貰いましょう」
それからカルラの服も五着ほど買い、またムーンライトで支払ってから、着替えて店を出た。大きなリュックサックを貰ったと思ったが、さすがに服を10着以上積めるとパンパンになってきた。
「では、隣のお菓子屋さんで休憩しましょう」
言われて隣を見るとテラス席があるちょっとお洒落なお菓子屋さんがあった。
「良かった。助かるよ」
パンパンのリュックサックを背負って歩くのは何か食べてからにしたかったので、凄い助かった。
「あとで小石をリュックサックにいれますね」
カルラが神様に見える!
僕たちはテラス席の端に陣取ると荷物を横において、お菓子と紅茶を注文した。
「この町は色々な人がいて面白いですね」
カルラの言うとおり大通りを歩いている人は多岐にわたっている。中にはシャルのような耳をした獣人と思われる少女も歩いていた。
「フリーデン宗教国は領土が広いからいろんな民族がいるんだろうね」
すべての民族がブラウヴァルトに参拝にくるらしい。日本でいうお伊勢参りみたいなものなのかな。
「ご注文のお菓子と紅茶です」
店員さんがお菓子を持ってきてくれたので、僕たちは大通りの喧騒を眺めながらお茶をすすることにした。




