130.簒奪
クララは身長が特別高いわけではない。そして、レギンは騎士というだけあって、その体は大きい。僕なんかより大きく筋肉も多いため、かなり重いと思う。
クララがないと言ったからといって、それを簡単に信じるわけにはいかなかった。僕もレギンの死体を身ぐるみ剥がしたが、猫の玉を見つけることは出来なかった。
「レギンは最後にどんな様子だった?」
僕は海水で手についた血を洗い流しているクララにレギンの様子を聞く。もしかしたやレギンはすでに別の肉体へ移っている可能性を考えたからだ。
「船で砂浜から逃げようとしている感じでした。血だらけで動きこそ普通でしたが、荒い息をしており、もう死ぬ寸前のようでした」
クララは長い赤い髪を振り払うように答えた。すると、レギン弟の方が船で逃げようとしていたことのなる。兄は弟のような肉体強化系魔法が使えないようなので、傷だらけの体を動かすのは無理だろう。
「考えられるのは、猫の玉をこの島の別の生物に託したか、託したあとで殺して肉体を奪ったと言うことだろう」
僕は今のところ集められる情報を元に結論を述べる。もし人間以外の生物の肉体を奪うことが可能ならばだけど。
「猫の玉を人間以外が使えるか聞いたことはないので、わからないです。もし出来るとしたらやっかいですね」
クララがスレンダーな体を起こし、腕を組んで所感を述べる。僕も同じ感想たった。どんな生物になったのかわからなければ探しようもない。
ただ少なくとも猫の玉を携帯できる生物だということはわかる。そうでなければ、どちらの場合でもレギン兄は死ぬことになるからだ。
「猫の玉はどれくらいの大きさなのかしら?」
カルラが問うと、クララは「ビー玉ぐらいです」と答えた。この世界でもガラスはそこそこ使われており、ビー玉も存在した。どうやって丸くしているか僕は知らないけど、貴族では有名なオモチャだ。
「では飲み込んでしまえるわね」
カルラの答えにぎょっとする。僕は猫の玉が身に付けるものだと考えていたが、飲み込める大きさなら話は別だ。レギン弟と思われる死体を再度確認する。
しかし、全く動く気配はない。
「生き返るまでに時間は掛かるの?」
「一時間もかからないぐらいです。レギンの遺体は地面に埋めてしまった方がいいでしょう」
「それだと、猫の玉を持っているかわからなくなってしまう」
クララは首を横に振った。
「アーティファクトの魔力は感じられませんでした。レギンの遺体が猫の玉を持っていないのは間違いありません」
クララはやけにアーティファクトについて詳しい。もしかしたらクララが魔工師という職業なのかもしれない。
「ならばクララがいれば猫の玉の在りかがわかるということでしょう? シャルにお願いして、クララを背にのせて森の中を探索してもらいましょう。クララは、どれくらいの距離で猫の玉の存在がわかるのですか?」
カルラの指示は的確だった。本当に魔法の応用力と言うところでは僕のでる幕はない。
「小石を投げて届く位置にいれば確実に」
非力な魔法使いといえども十メートルぐらいは小石を投げられるんではなかろうか。
「ならば再度この小石を持っていきなさい」
「はい」
クララは緊張した面持ちで答える。先ほど砂浜で行われたレギンへの爆撃を思い出しているのであろう。あれを何発も撃てるカルラを見て、さらに崇拝の念を深めたかもしれない。
「じゃあ、クララは私の背中に乗ってください」
いつの間にか黒虎に変身を終えていたシャルが促す。
「黒虎!」
クララが黒虎になったシャルに慌てて離れるが、僕たちが驚いていないのを確認すると、構えを解いた。
「もしかして、シャル?」
「そうだよ。シャルは黒虎の姫なんだ。人間の姿にも変身できる」
「凄い……」
僕も凄いと思う。この無人島に来てから戦略級魔法を使いこなす王女、忍法を使う女騎士、魔法を食べるネコミミ少女、ドラゴンと凄い女の子としかあっていない気がする。
「では!」
シャルになれた様子で飛び乗ると、「お願いします!」と頭を垂れる。それは乗る前にやるんじゃないかな?と、思ったけどシャルは特に気にしていないようで、すぐに頷き走り出した。
クララの年齢はアイリより上のはずだが、その落ち着きのなさとしゃべり方、カルラを見るときの恋する乙女のような目が子供を思い出させる。
体は大人、心は子供という感じだ。
「カルラ、インテリゲンに反応はあった?」
「人間の言葉を話していない限り見つけるのは難しいですね……」
インテリゲンは確率的に音を伝えるシステムなので、単体の反応だと取りこぼしがある。使いどころだとは思うが、相手の情報を詳しく知らないと追うことは難しい。
「あとはレギン弟が何を考えてレギン兄を残したかだね。それが分かれば今後の行動を予想できるかもしれない」
「それについては、あたしに心当たりがある。レギン弟は魔法使いではあるが、恐らく肉体を持っていなかったのではないか? ならば、過去に弟だけ死んでいるのであろう。だから、今回は兄が生き残る番だと思って、自分が囮になったのであろう」
「つまり、兄の延命が目的だと?」
「そうだ。兄弟の絆というのは深い。戦場で共に戦っていればなおさらだろう」
確かにアイリの言うとおりだった。確かな称賛があったわけではないのだろうが、レギン兄を生き残らせる賭けに出た。
それならばレギン兄はまだ猫の玉の中にいる可能性は高い。今のうちに所在が掴めれば問題なく処理できるだろう。
しかし、探すのはかなり難しくなる。特定の魔力を探知する魔法でも組めたらいいのだけど……。
「敵にも情があるというのは納得できるけど、情というのが絡むと物事は一気に複雑になるね。レギン弟はあっぱれだったと思うけど、カルラを暗殺する目的は達成できないのだから、レギン兄をいかしたところで何にもならない……」
そこまでいいかけたところで、砂浜に黒虎が現れた。シャルではない。シャルの毛並みは見る方向によるがわずかな模様が浮かび上がるのだ。
「シュバイツ?」
呼び掛けてみたが返事はない。この島に来てシュバイツとシャル以外の黒虎にはあったことがなかったが、あれはシュバイツに間違いないと思えた。
シュバイツの強さは分からないが、魔法使いのレギン弟にやられたとは考えにくい。レギン兄がやった?
それともシュバイツは見たことのないドーラを警戒しているのかもしれない。
「シュバイツ、こっちのドラゴンは僕の仲間だ。攻撃しないでくれ」
そういいながら、僕はカルラに合図する。
次の瞬間、シュバイツの居たところに砂煙が上がる。しかし、シュバイツは軽々と避けていた。
これでもう確定だ。
シュバイツは猫の玉を持っている。しかも、今はレギン兄が操っている。こちらの攻撃方法を知り、肉体を操る術を知り、そして、敏捷性に優れた肉体がある。
ものすごい強敵だ。
「ここは我の出番ではないか?」
ドーラが前に出ようとするが、アイリが押し退けて出てきた。
「黒虎との戦いであればお任せあれ」
アイリの所属している騎士団では黒虎と実戦さながらの模擬戦をしているとコンラートたちが言っていた。アイリであれば押さえられるかもしれない。
「アイリ、シャルたちが戻るまで足留めできる?」
殺してしまって万が一猫の玉を持っていなければシュバイツが死んでしまう。黒虎は仲間の死には一族をもって報いると聞いているので、問題を複雑にしないためにも殺したくない。
「問題ない!」
アイリは自信満々だ。
カルラはアイリだけに任せるつもりはないらしく、小石を再び上空へあげ始めた。さっき降ってきた数よりも多い。
「次は外しません」
必殺技を避けられて少し悔しかったようだ。
小石爆撃の弱点はその精度とカルラの魔法発動タイミングだと思うので、当てようと思ったらカルラは敵から見えない位置にいなければならない。
カルラが魔法を発動する素振りを見せたら良ければ、黒虎レベルの身体能力なら簡単によけれてしまう。グラビィタによる加速と重力による加速を会わせたといえども着弾までは少し間がある。
あとはアイリと連携すれば当てることは可能だろう。
「カルラ、アイリと連携してシュバイツを逃がさないようにね」
「はい!」
カルラは自分の役目をわかっているようだった。
「我はどうすればいい?」
「ドーラはシャルたちを探して連れてきて。シュバイツが猫の玉を持っているかどうか知りたい」
「わかった」
実はちょっとドーラがアーティファクトを検知できるんじゃないかな?と思ってそういったけど、できるわけではないらしい。
宝物のアーティファクトとかどうやって集めたのか気になる。
ドーラが飛び立つ背中を見送ると、シュバイツの方に注目を向けた。
シュバイツは依然としてアイリと向き合っており、両者とも動こうとはしない。
アイリは時間稼ぎをしたいから、にらみ合いになっている時間が長い方がいいと思っているだろうし、シュバイツを操るレギン兄はカルラの小石を警戒しているのだろう。
僕たちがシュバイツを殺せないとわかっていても、猫の玉を持っているとわかってしまえば容赦なく殺されることはレギン兄にもよくわかっている。だからここはシュバイツの振りをしつつ逃げる算段をつけているはずだ。
でも、僕には理解できないことが1つあった。
逃げるのなら最初から僕たちの前に姿を現さなければよかっただけだ。それでも姿を現したのには何かわけがあるのだろう。
「シュバイツ!」
僕はわざと黒虎の名前で呼びかけた。シュバイツに意識があるかわからないけど、聞こえていて僕の予想がただしければ何かしらの反応があるはずだ。
『……客人』
精神に問いかけるシュバイツの声が聞こえた。そして、それはレギン兄にはわかっていないようだ。
『我はどうしたというのだ。客人に呼びかけられ起きてみたら、体の自由が奪われ、誰かが我の体を操っているではないか』
今のシュバイツからの返答でわかったことがある。猫の玉はシュバイツが持っている。シュバイツが僕に返答できたということはレギン兄に問いかけることが可能だ。
「シュバイツ。あなたの体を操っているのはハフステファイア領の騎士レギンだ。レギンと話をしたい、間を持ってもらえるか?」
『了解した』
シュバイツから返事がすぐに帰ってきた。レギンは今の話を聞いて何をするわけでもなく、アイリとにらみ合っているだけだ。
『何が聞きたい?』
レギン兄に聞きたいことはたった一つだけだった。
「僕らの仲間になるか聞いてくれ」




