103.不安
「眠れない?」
焚火をはさんで向こう側に横になっているカルラに呼びかける。
「はい」
小さい声が答えた。
「色々不安はあるけど、きっと大丈夫だよ」
僕は努めて明るい声を出す。
飛空船が嵐にあって墜落してそれでも生きていたんだ。これ以上の幸運はない。
状況は決して楽観的ではないけれど、僕のサバイバル知識があれば救助が来るまで生き残ることは可能だと思えた。
「いえ、たぶん私は足でまといなんじゃないかと思って」
「それで魔法を教えてほしいなんて言ったのか」
「はい……」
自分の言ったことが恥ずかしかったのか消え入るような声だった。
「カルラはどうしてメテオーアしか使えないのか聞いてもいい?」
カルラがこちら側を向く気配がした。焚火で表情を見ることはできない。
「おかしな話ですが、お父様から教えてもらった魔法がメテオーアだったのです」
「それ以外の魔法は?」
「覚える必要がないと教えていただけませんでした」
カルラの父親というのは貴族に雇われた魔法使いなのだろうが、カルラを単なる兵器としか見ていなかったような印象を受けるな。
普通魔法使いと言えば、使える魔法は多い方が強い。色々な状況に対応できる魔法が使えれば、たとえ戦場にあっても魔法使いの単独運用が可能になるからだ。
「じゃあ、他の魔法は使ったことがない?」
「はい。初級魔法と言われるライトですら使ったことがありません」
僕はちょっとだけワクワクしていた。
僕自身は魔法が使えない。しかし、カルラは色んな魔法を使えるかもしれない。そして、たった数日とはいえ、カルラを好きなように育てることができるのだ。
今まで無駄になっていた魔法の知識が役に立つときがきた。いや、ここで役に立てねば一生不要なものかもしれない。
王都が広いと言っても魔法が使えないやつに魔法をならおうとする魔法使いはいないだろう。
「明日からビシバシしごくからね」
「はい! よろしくお願いいたします」
元気な返事が返ってきた。
「とは言っても食料と寝床の確保に時間を取られるだろうから、ちょっとずつになっちゃうけど」
できれば夜に正確な時間を計りたいので、日時計と火時計を作りたい。
やることはたくさんあるな。
まずはカルラの不安を取り除いて寝かせないと。
「明日は小石を浮かせる魔法から練習してみようか?」
「え?」
カルラは予想通りの反応だ。
この世界では「魔法はライトから」という格言まであるほど、生活魔法のライトを最初に覚える魔法使いが多い。
しかし、様々な魔法の知識を得た結果、僕は別の体系があることに気が付いていた。
異世界転生小説でも四大元素である火、風、水、土という系統で説明されているが、この世界も同じだ。でも、それだとどうしても体系から外れてしまう魔法が出てくる。
この世界のライトなんかも、四大元素の魔法に分類されていない。
そこで僕は考え方を改めた。
物質の状態とその遷移によって魔法を系統建てると、うまく全部の魔法が分類できる。
便宜上、四大元素に合わせて説明しているのだが、
土……固体に関する魔法
水……液体に関する魔法
風……気体に関する魔法
火……エネルギー魔法
となる。
つまり、ライトは火の系統であり、氷は土の系統であると分類することになる。
そして、カルラが使えるメテオーアは土の系統なので、カルラは固体を操る魔法は簡単に使えるようになるはずだった。
「カルラはメテオーアを使えるから、小石をすぐに浮かせられるようになるよ」
「でも、ライトとか、生活魔法の方が役に立ちませんか?」
「その辺は僕でもなんとかなるからね。出来れば狩りをしてほしいんだ」
今日のお昼に西の森でみた小動物が思い出される。あれがかれるようになれば食料の心配がグッと減る。
これは確率の問題だが、食料は危険な場所にしかない。火の元である流木は比較的安全な砂浜にある。
食料探しに時間をかけると怪我をする確率が高くなるのだ。
怪我はなるべく避けたかった。
この世界には回復魔法に当たるものはない。あるのは元の世界から数段遅れている医術だけだ。
魔法を使うことで流血を抑えることは可能だが、相当な熟練度を要する。それよりは包帯でも巻いた方がよほどはやかった。
「わかりました。ヴォルフは先生ですから素直に従います」
「聞き分けの良い弟子で助かるよ。弓が作れればいいんだけど、狩りが出来るような弓は作るのが難しいからね」
竹と木はなんとかなるとしても、それらを貼り合わせる糊がない。
「あ、なるほど。小石を自在に操って矢の代わりにするのね」
「カルラは頭いいね」
誉めるとカルラが僅かに身じろぎした。
「これは寝て明日に備えないと」
ちょっと嬉しそうだ。
「うん。お休み」
「はい。お休みなさい」
そうして、カルラと僕は眠りに着いた。
◆ ◆ ◆
小鳥の声が聞こえてくる。朝になったようだ。
焚火の向こうにカルラの姿を探すが、そこには人影がなかった。
洞窟の外に出たのだろうと思って僕も外に出る。
すると、岩場の近くの砂浜に流木の山ができていた。
「これは、カルラだよね?」
「おはようございます」
僕が流木の山を眺めていると、カルラの声がした。
声のする方に向くと、大きな流木を引きずってくるカルラが見えた。
「すごいね、これ」
流木を指差しながら誉める。
「えへへ」
はにかみながら照れ笑いをする。
これは、魔法を教える時間を多めに取れるかもしれないぞ。
「とりあえず、朝ごはんにしようか」
僕は昨日と同じように砂浜に焚き火を作ると、百合の根を海水で洗い始めた。
「しまった」
洗いながら気がついたが、包むようの葉っぱを用意するのを忘れてしまっていた。
「どうしたんですか?」
カルラは着ていた服の裾を捲って足首を露にした状態でこちらに歩いてくる。
「昨日みたいに蒸し焼きにしようと思ったんだけど葉を用意するのを忘れていたんだ」
「それって直火じゃダメなんですか?」
ダメというわけではないが、直火は火加減が難しい。
なんとかして、火加減を調整するようなアイデアがないが考え始める。
温度が上がりすぎないようにするには、茹でるか蒸すのが都合いい。
だが、それを、可能にする調理器具は持っていなかった。
「いや、待てよ」
僕はカルラの言った「直火」と「茹でる」で思い出したことがあった。
「紙鍋」という手もあるな。
もちろん和紙なんてない。しかし、僕の上着は和紙の特性に近い気がする。
「ちょっと待っててね」
僕は海に入り、上着を脱ぐとそれを袋状にして海水を汲んでみた。
だが、思った以上に水が溢れてしまって紙鍋の代わりにはならなそうだった。
「ダメだった」
びしょ濡れになった上着を絞りつつ戻る。
「素直に葉を取ってくるから待ってて」
僕は上着を焚き火の近くにおくと、西の森に向かおうとする。
「私も一緒に行きます」
カルラが小走りで着いてくる。
「うん。じゃあ、魔法の練習をかねていこうか」
「はい!」
さて、特訓の始まりだ。