129.山狩
残りの四人を探して森の中を歩いていたが、三人までしか見つからなかった。
ドーラに見張ってもらい、手早く三人を埋葬する。
まさか、カルラの小石爆撃を食らっても動ける人間がいるとは……。
「とりあえず、いったん、東の洞窟に戻ってアイリたちと合流しよう。アイリは残りひとりの姿を見ているだろうし、特長を聞いておかないと」
運が良ければ、助けた女性から何か聞けているかもしれない。無人島生活においてこれほど抑止力の恩恵を羨ましく感じることもなかっただろう。
意思をもって襲ってくる存在が確実にいることは、不安を生む。その不安は確実に疲労を増すことに繋がるのだ。
「カルラのインテリゲンにはまだ引っ掛からない?」
「はい。インテリゲンの範囲外へ出たことも考えられますが、息を潜めているだけかもしれません。せめて範囲外へ出たことだけでもわかれば良いのですが」
「インテリゲンはそこまで便利な魔法じゃないからね。仕方ないよ。相手が緊急脱出用のアーティファクトを持っていたことも考えられるし、そんなに気にすることないよ」
それに回復魔法がないこの世界ではカルラの攻撃を食らってすぐに回復する方法はない。もし手負いのまま、この島に残っていたとしてもたいした驚異にはならないだろう。
「我が上から見つけてやろうか?」
「いい考えだと思うけど、相手が飛び道具を持っている可能性も考慮しないと」
「それならば心配無用だ。カルラの攻撃でさえ受け止めるぐらいの防御力はあるぞ」
といいながら、ポヨンとしたお腹を叩く。以前のドラゴン形態より固そうには見えないけどスライム的な防御力なんだろうか。
「よいか。ヴォルフ。我はヴォルフの名付けで力を増した。もはや人間ひとりに遅れを取ることはない。安心するがよい」
ドラゴン的な意味では安心しているのだが、ドーラの性格上、何か抜け漏れがありそうで安心するまではいかない。
「では、一回グラビィタの小石で攻撃してみましょう。実演すればヴォルフも安心するでしょう」
「まま、待つのじゃ! カルラの攻撃は死なぬまでもかなり痛いのじゃ」
「それではヴォルフは安心いたしませんよ」
確かにカルラの攻撃を耐えたら生半可な飛び道具は通用しないだろう。でも、耐えきれるとは思えないので、そろそろ助け船を出すことにする。
「ドーラが強くなったのはわかったよ。カルラの魔法も威力が高すぎるし、万が一の可能性を考えてやめておこう」
「そ、そうだぞ! ヴォルフの言うとおり、万が一があるからな!」
ドーラはパタパタ飛んで僕の後ろへ隠れた。とても強くなったドラゴンの行動とは思えない。
「と、とにかく、我が一度空から見てやるから」
そう言いながら、ドーラは飛んでいってしまった。
「僕たちも東の洞窟へ急ごう」
「はい」
僕が先頭で道を切り開きながら、森の中を進んでいく。今来ている服も少しずつ綻びが出ていた。そこそこ丈夫な服なのだが、山歩きようではない。カルラの服も上等な服ではあるのだが、薄手のためところどころ破れていた。
「無人島だと今まで住んできたところのありがたさが分かるね」
「そうですね。この件が片付いたら買い物へ行きましょう」
「買い物?」
カルラは無人島で何を買うつもりなのだろうかか。
「はい。ドーラが戻ってきたので、どこか近くの町までつれていってもらえばいいのです」
「ドーラ、小さいよね?」
「大きくもなれると行ってました」
マジか……。無人島で覚悟を決めて色々生産手段とか考えてたよ。服を補修するための針はカルラが魔法で作れば問題ないけど、糸と布はないから蚕とかいないかなあ、とか。
「そんな顔しておかしいですね」
カルラはふふふと笑っていた。僕自身が魔法を使えないし、この世界の知識は少ないしで、色々抜けているようだ。ドーラのことは笑えないな。
「ヴォルフは色々知っているようで、知らないこともあって、そういうときの反応がかわいいです」
年下の女の子にかわいいとか言われるとなぜか照れるよね。
「ちょっと頼りないかも知れないけど、そういうときはフォローお願いします」
「はい。もちろん! それが妻の役目ですから」
カルラの元気がよい返事を聞いたぐらいで、砂浜へ出た。一応、様子を伺うが誰もいないようだ。ドーラが空から見ているのだから空から視線が通るようなと頃にはいないだろう。
森の中から砂浜を伺っているかもしれないが、砂浜を通らないことには東の洞窟へ行けない。僕は意を決して砂浜へ躍り出るが、何も起きなかった。もしかしたら本当に緊急脱出装置のようなものを使ったのかもしれない。
そのままカルラとふたりで東の洞窟にいくと、シャルが出迎えてくれた。
「今、クララが体を拭いています。ヴォルフはもうしばらくここでお待ち下さい」
なるほど、それは正しい処置だ。
「ところで、こっちはかわりない?」
「はい。何かあったんですか?」
「詳しくはみんな揃ってから話すけど、ひとり逃げたみたいなんだ」
「あのカルラの攻撃を受けてなお動けたのですか……」
シャルも驚いているようだ。確かに天頂からの爆撃を食らって生きているだけでも驚きなのに、意思をもって動けたんだよね。あれ、もしかして意識がなくなったから発動するアーティファクトでも装備していたのかな?
クララという魔法使いの女性は意思を封じ込めるアーティファクトをつけられていた。他にもアーティファクトを持った人がいてもおかしくはない。
「拭き終わったぞ」
奥からアイリの声が聞こえる。
「では、参りましょう」
僕たちは東の洞窟へ入った。中にある焚き火を囲んで車座になった。
「クララ、もうしゃべったりして大丈夫?」
「ええ。助けてくれてありがと」
言葉少なめな感じを受ける。元々言葉少ない方なのか、それともショックがま大丈夫続いていて、あまりしゃべりたくないのか判断つかないけど、今は最低限のことを聞き出さなきゃ。
「カルラの暗殺に反対してたって本当?」
「ええ。カルラ王女はほぼ敗戦だったランゲンフェルトの戦いで戦況をひっくり返した英雄です! そんな英雄を暗殺するなんて考えられません!」
あ、反対というか、カルラの信者みたいだ。凄い力説している。先程までの落ち着きはなんだったんだろう。
「な、なら安心だね」
「クララ、一緒に来た五人のことはわかる?」
「はい。なんでもお聞きください!」
カルラが話しかけたことで感無量とばかりに余韻を噛み締めている。どんだけカルラのことが好きなのか。
「砂浜で一緒にいた男を除いて、あとの四人の中でひとり逃げたようなんだけど、足取りが掴めないの、心当たりある?」
「それは、たぶん猫の玉というアーティファクトを装備したレギンですね」
「猫の玉?」
駄洒落なのかな……。
「はい。猫には九つの命があるという迷信にあやかって名付けられたアーティファクトです。持ち主が死ぬと、新しい命が体を操ります。大抵は猫の玉の前の持ち主の命はずです」
なんとも厄介なアイテムだな。それを持っている限り絶対に死なないじゃないか。
「レギンは兄弟で猫の玉を使っています。確か来るときは兄だったので今は弟ですね。弟は肉体操作系の魔法を使います。怪我をした体を無理やり動かしたんではないでしょうか」
恐ろしいぐらいのコンボが決まっているセットだね。しかし、死ぬほどの怪我をしているのに、どうやって動けるまでに回復したのかは気になる。これから回復魔法を戦略級魔法として取得しようとしているときに、制限つきとは言え死者を蘇らせるようなアーティファクトの存在は価値を下げかねない。
「兄の方は普通の騎士ですね」
クララは思った以上に事情通のようだ。五人のことだけではなく、その装備したアーティファクトまで知っていた。
「猫の玉に弱点はないの?」
死ぬ度に入れ替わるのでは、どうやって殺したらいいかわからない。
「動けなくなったところで、猫の玉を壊したらいいのでは?」
「カルラ様の言うとおりです!」
な、なるほど。すごい簡単なことでした。
「じゃあ、あとはレギン弟を探すだけか」
「それなんですが、もしレギンが私が助けられたのを知らないのなら、私を囮に使えないですかね? もちろん、お会いしたばかりで信用が置けないのは分かっています。そこは信じてくださいとしか言えないのですが」
クララはまっすぐカルラを見る。カルラは困った様子で僕を見た。僕も判断つかない。クララは嘘をついているようにも、あらつられているようにも見えないが、あったばかりなのでどこまで信用していいものかわからない。
「信じようか。はっきり言って信用していいかわからないけど、カルラを好きなことは間違いなさそうだし」
僕の言葉にカルラは頷いた。
「クララ、今からあなたにこれを授けます。これは私に音を運んでくれる小石です。これがあればクララの声が離れた場所にいる私にも聞こえます。レギンを見つけ次第、これで位置を報告しなさい」
「これは……」
「投げると特別な音を私に運ぶ小石です。これをレギンへ向かって投げればそこへ私が攻撃します」
カルラがインテリゲンを使いこなしている。こんなにすぐに使い方に習熟するとは、僕も予想していなかった。
「では行って参ります」
騎士の敬礼をするとクララはすぐに駆け出していった。カルラの戦場での活躍を知っていたようなので、ランゲンフェルトの戦いにいたのかもしれない。敬礼も軍隊仕込みのようだ。
「では、私も準備します」
僕たちはカルラについて東の洞窟から出た。
外はそろそろ夕方で少し日が陰っている。すぐにレギンが見つかればいいが、見つからなかったら帰ってくるのかちょっと心配になる。
「クララから合図です! やります!」
カルラは叫ぶが早いかグラビィタで浮かせていた小石を動かした。すぐに砂浜で砂煙があがる。音がした方向を見ると、係留されていた小舟が粉々になっていた。
レギンらしき人影も見える。
側にはクララがいた。砂煙を避けるように小舟から後ろを向いて丸まっている。
「クララ、猫の玉を!」
僕が叫ぶと、クララは猫の玉を取ろうとレギンの遺体を探る。
「ありません!」
叫びながらも探し続けていたが、本当に見つからないようだった。
「どういうことだ……?」
僕らは呟きと共に砂浜へ降りていった。




