128.救出
「よし。六人目は救出しよう。あとは申し訳ないけど死んでもらう」
カルラを殺しに来ている以上、生かしておくわけにはいかない。船の方もドーラが生かしておかないだろう。
六人目を救出する気になったのは無理矢理言うことを聞かされているというアイリの見立てを信じたからというともあるが、完全に僕の勘だ。
相手はカルラがドラゴンを屈服させるほどの魔法を使うと知っている可能性が高い。ドラゴンは逃げてしまったと報告していると思う。でなければ、無造作に上陸してこないだろう。
そこで魔法使いを連れてきて、カルラに対抗するつもりなんだと思う。もちろん、命がけの戦いとなり、その実力差であっという間に殺されるかもしれない。
つまり、この場合の魔法使いは使い捨ての立場なのだ。だからこそ、なんらかの方法で無理矢理言うことをきかせた。
「では、トロポでこちらの気配を隠しながら五人が見える位置まで移動します。アイリ、案内をお願いします」
「わかった。ついてきて」
アイリは身を低くして歩き出す。
この辺の森の植生は、温泉の近くということもあり、シダ系の植物も多い。中には南にあるザッカーバーグ領で見かけた植物もあり、混沌としている。それぞれの背の高さは僕の肩ぐらいで、すこし身を屈めれば見つかることはないだろう。
もちろん、相手も見えない可能性は高いが、そこはカルラのインテリゲンに頼るしかない。トロポを使ってこちらの気配消すということは相手の気配も感じ取れないということなのだ。
「相手も移動し始めました。二人ずつになってるみたいです」
「どれが魔法使いかわかる?」
「たぶん、砂浜に戻ろうとしています。どうやら魔法使いの人は森歩きに慣れてなくて足を挫いたようですね」
ずいぶんやさしいように見えるが、恐らく未知の森で魔物や獣を警戒してのことなのだろう。コンラートたちは黒虎と戦っている。その話を聞いて報告があってもおかしくない。
「じゃあ、十分に距離が離れたところで、四人には眠って貰おう」
僕が手をくだす訳ではないのだが、迷いがあるとカルラも迷ってしまう。僕は即座に断言した。
「やります」
人殺しに抵抗はないようで、カルラは簡単に呪文を唱えた。王位継承権を得たというメテオーアでその辺は吹っ切っているのかもしれない。
「終わりました」
「じゃあ、みんなで砂浜に戻ろう」
殺した四人を埋葬してあげた方がいいとは思うけど、それは後回しだ。
慎重に砂浜へ戻ると、騎士の一人が女性に襲いかかろうとしているところだった。
「何をしている!」
アイリが怒声とともに騎士に向かってクナイを投げた。しかし、騎士は容易にこれをはじく。アイリが声をあげたとは言え、不意を突かれる形で飛んでくるクナイを簡単にはじいた。この男もコンラートたちぐらいの手練れなのだろう。
僕はビルネンベルク王国の騎士の強さを知らないが、これが標準なのであれば戦争に強いのも頷ける。
「カルラ王女だな?」
こちらが子供ばかりだと油断しているのか、男には余裕が見える。腰にさした剣すら抜かない。
「シャル、女性を確保して。カルラとアイリは防御に専念。ドーラが戻ってくるまで待とう」
今の戦力で男を無力化するのは簡単そうだ。しかし、何かしらの情報を引き出しておきたい。
「この島になんのようだ? そこの女性はどこから連れてきた?」
「俺たちの目的はわかっているだろう。カルラ王女の暗殺だ。この女は俺らの国の罪人だ。王女暗殺任務を拒否した罪でな。まあ、もっともアーティファクトで自分の意思などなくなって今や操り人形に過ぎないけどな」
恐らく首につけられた首輪がそのアーティファクトなんだろう。異様な魔力を感じる。
「女性を解放しろ」
僕は無駄だとは思いつつも男に向かって命じた。
「どこの誰だか知らないが、子供が騎士に命令できるとでも? それより前に罪人を解放できるかよ」
王女暗殺を命じた方が罪に問われそうな気もするが、そこは権力が腐敗しているということなんだろう。
「これのことか?」
見ると人間の姿になったドーラが女性の首に着いたいたはずの首輪を持ってプラプラと振っていた。女性はシャルが抱き抱え、ドーラの後ろにいる。
「いつの間に!」
これには僕もびっくりだ。ドーラは羽ばたかずに飛べるのではないかと思っていたが、完全に音もなく近寄れたのだから。
「ふはははっ! 見たか! これが我の力よ!」
「私がトロポで気配を絶ってあげたからです」
勝ち誇るドーラを見て、カルラが呆れるように呟いた。
でも、呪いがかかっているようなアーティファクトを簡単に外せたのはドーラの力だろう。
「くそ。魔工師が仲間にいるなんて聞いてないぞ」
魔工師は確かアーティファクトを作ったり、修理したりする職業だったな。確かに魔工師がいたらアーティファクトを外されて戦力外どころか敵に回るような人をつれてこないだろうね。
「では、女性も助けたことですし、この男は殺して起きましょう」
「へ! お坊ちゃんは王女様を手なづけたもんだな。まさか、自分の手を汚さず王女様の手を汚すとは!」
痛いところを指摘して挑発してくる。だが、この中で最弱が誰かなんて十分過ぎるほど理解している僕は挑発に乗ろうとは思わない。
小石の雨が男を威嚇するように周囲を抉った。
「ひっ!」
男は身を引く。
「森へ入れ」
カルラが低い声で命令した。これには僕を含めた全員が震え上がる。魔力的な何かが込められているとしか思えないような、絶対に逆らえない空気を飲まされている気がした。
「わ、わかった」
ここでの抵抗は意味ないと感じたのだろう。男は両手を上げて森の方へ歩いていく。そして、森の中に入る前に大量に降ってきた小石に潰された。
「すみません。殺すところをお見せするつもりはなかったんですが、振り向こうとしたのでやってしまいました」
抑揚のない淡々とした声だった。
「ありがとう」
僕も余計な感情をつけずに淡々と答える。
「女性の容態を見たら、森の中の人たちも含めて、埋葬してくるよ」
カルラの命を狙った敵ではあるけど、人間として扱おう。そりゃ、公衆衛生のためにも死体の埋葬は必要なことではあるけれど、人間としてモラルを保つためにはこういう儀式も重要だ。
「私も手伝います」
気丈にもカルラが手伝いを申し出てくれる。
「うん。お願いするね。シャルとアイリはその女性を東の洞窟へ運んでもらえるかな。ドーラは僕たちについてきて」
まずは森の入り口で亡くなった男からだ。名前はわからないが、あとで魔法使いの女性に聞けばいいだろう。
「我がやろうか?」
「大丈夫、私がやる」
カルラはドーラを押し退けると、以前に芋を掘り出した時と同じように、土を掘り起こした。人を埋めるには充分過ぎるほどの大きさだ。
「ここからは僕にやらせて」
血だらけの男を持ち上げると、穴の中にゆっくりと下ろした。まだ死後硬直は始まっていないらしく、丁度膝を抱えるようにして入った。
僕は騎士の礼に乗っ取り、右手を心臓に添えて黙祷する。前世のときは神様なんて信じて居なかったが、こうして転生した経験から、人間を超える超常的な存在はいるんだと思うようになった。
「じゃあ、次にいこうか。ドーラ、船の方はどうだった?」
森の中を歩く道すがらドーラに話しかける。
「うむ。魔法使いを警戒していたが、我が小さくて見えなかったのかなんの反撃もなかったな。我のブレスの一撃で船は沈んで行ったぞ。浮き上がってくる人間もブレスで焼いといた」
ドーラは言葉使いや人間になったときの容姿に反して、精神的に未熟な面があるような気がする。単に人間の道徳に囚われないだけなのかもしれないが。
「じゃあ、安心だね。僕たちは他の人たちと事を構えたい訳じゃないけど、攻撃してくるものには容赦しないところを見せておかないと。よくやってくれたね、ドーラ」
そう言いながらぬいぐるみ形態に戻っているドーラの頭を撫でた。
「ふむ。こうして名付け親に撫でられるのもいい気分だな。カルラも撫でてやってくれ。カルラも当然殲滅したであろう?」
いつの間にか、『主』から『カルラ』へ呼び方が変わっている。
僕はドーラの言うことに依存はないので、カルラの頭も撫でた。
「ありがとう、カルラ」
「ヴォルフは血塗られた姫を好きになれますか?」
カルラは撫でていた僕の手を取って、自分の胸に抱いた。
「血塗られた道を共に歩く決意をしているよ。僕はカルラと共にどこまでも行ける」
前世も合わせて自分の決意をこんなに強く表現することはなかった。でも、カルラは自分の中にあった決意を僕に聞かせてくれた。さらに敵対勢力の殲滅という形でも見せてくれた。僕には何か具体的に示す力はなかったから、せめて言葉では伝えたいと思っていた。
「カルラは単に血を求めるわけじゃない。その先にある理想を追い求めているんでしょ? だから僕はカルラを助けていきたいと思ったんだ」
「ありがとう、ヴォルフ」
僕がお礼を言っていたはずなのに、逆にお礼を言われてしまった。
「カルラが羨ましいぞ。我もはやくヴォルフと仲良くなって婚約者に入れてもらうとしよう」
ドラゴンの姿で言っても冗談にしか聞こえない。僕は思わず笑ってしまった。
「ドーラと婚約するかなあ?」
「そうです。私とヴォルフの間に割って入ろうとは甚だ不愉快です」
肩に停まっていたドーラをポイと捨てると、カルラは僕にぎゅっと抱きついた。
「そんな! 我も仲間に入れてくれ!」
ちょっとふたりとも血で汚れるよ。そう叫ぶ前にドーラがカルラと僕の間に割り込んできた。カルラはどうにかドーラを退けようと頑張ってもがいているが、僕の腕や体にふにふにと柔らかいものが当たるだけだ。
もちろん、ぬいぐるみっぽいドーラの体のことだね。
「ちょっと待って。あとの四人を埋葬してからにしよう」
僕はふたりを引き離すと、森の中を歩き始めた。ふたりは一時休戦とばかりに顔を見合せ、僕をおってきたのだった。




