127.上陸
本日二話目の更新です
ドーラとシャルの協力得て魔力の棺を火山に設置した。魔力の棺の見た目は、棺と言うよりは簡易なラッパという感じだった。なぜ魔力の棺という名前なのかドーラに聞いてみたが、知らないようだ。
「これで食べ物の心配はなくなるね」
「温泉の心配では?」
アイリが聞き直してくる。
「そんなに温泉に入りたい? 帰りに一緒に入ろうか?」
「そ、そんなにことを言ってないぞ。あたしは」
動揺し過ぎて口が回っていない。ふふふ。いつまでも僕を温泉ネタでからかえると思っていると痛い目に合うよ?
「帰りに入りましょう」
一声だった。カルラがそれだけ言うと「そうだね。少し疲れたし」とか「ヴォルフと初の混浴だな」とか声が上がり始める。
「え……」
僕の意趣返しを逆手に取られてしまった。混浴はやりたくないわけじゃないけど、もはや色々なことがまずい。
「僕は遠慮しておくよ。回復魔法のことで確認したいこともあるし、ウリ丸と砂浜にいるね」
誰にも聞こえないように呟き、近くを飛んでいたウリ丸を捕まえて退散しようとする。
「森の一人歩きは危ないですわ」
早速シャルに捕まった。
「よいではありませんか。ペットと婚約者だけしかいないのですから」
まだ婚約者じゃないよね?
シャルを振りきろうと身をよじってみるも、僕の力ではびくともしない。シャルが特別力あるだけだよね。黒虎だしさ。
「我をペット扱いとは気に入らんが、これからヴォルフと混浴するのだ。喧嘩は止めておこう」
こんなときだけ仲の悪い龍虎コンビが結託するとは、温泉の魔力がそうさせるのか。
「と、とにかく、僕は温泉には入らないから、みんなでゆっくり入ってきなよ」
「では、シャルを護衛につけましょう」
シャルはカルラに向かってうなずく。何の合図なんだろうか。僕の知らないところで打ち合わせがあったような気がしてくる。被害妄想かもしれないけど。
シャルは黒虎に変身すると僕に背中に乗るように促す。
「失礼するね」
シャルの毛並みは凄いすべすべだ。まるでシャルの肌のように……って、そうじゃない!
「しっかり抱きついていてください」
シャルは急な山肌を滑るように走っていく。
こういう移動方法ばかりしていると、歩くのが面倒になってやめてしまいそうだ。
そういえば、ドーラは元の姿にはなれるのかな。もし大きなドラゴンになれるのなら、この無人島から脱出するときも簡単そうだ。
「温泉が嫌いになっちゃったんですか?」
「ううん。好きだよ。でも、みんなと入るのは結婚するまで止めておこうかと」
「黒虎の姿ならどうですか?」
「それならいいかな……」
「ふふふ。ヴォルフはおかしいですね……」
おかしいかな。でも、普通の倫理観を持って生活しないとすぐに堕落してしまいそうなんだよ。
そりゃ、異世界転生小説ではハーレムものも多かったけど、そういう設定の異世界へ転生したからであって、僕が転生したこの世界はそこまでハーレムを許容していない気がするんだよね……。これからカルラのお父さん、ビルネンベルク王国の王様に婚約の許可を貰わなきゃならないし、なるべく地雷は踏まないようにしておきたい。
「そういえば、シャルのお父さんはお元気なのかな? まだ一度も挨拶していないんだけど、一度挨拶しておいた方がよくない?」
あれだけスムーズに動いていたシャルがガクッと揺れる。
「父上には会わなくてもいいですよ?」
「でも、大事な娘さんを預かっているわけだし、婚約者になったんだから、一度は挨拶した方がいいと思うんだけど」
「こ、黒虎の世界では親の許可など必要ないのですよ。そんなこと、ご心配なさらず」
うーん。シャルがそこまで言うのなら問題ないんだろうな。
そういえば、シャル以外にドーラもお姫様だとかいってなかったかな。あとアイリのお父さんも騎士だった。
「僕たちが結婚したらどこに住めばいいのかな? シャルとドーラはこの島がいいだろうし、カルラとアイリは王都がいいんだろうなあ」
「ヴォルフの故郷はどうなんですか?」
「うーん。住みたいと言えば家をくれるかもしれないど、領地は兄たちが継ぐから余らないと思うんだ。カルラは第三とは言え王女様だから、流石にそんなことは出来ないよね……」
シャルは立ち止まると、振り替えるようにして僕をみた。
「ヴォルフは欲がないのですね。ドーラがいれば国のひとつやふたつぐらい盗るのは分けないでしょう?」
僕はカルラに負けたドーラがそこまで強いとは思えなかったけど、国盗りに賛成できないのは別の理由からだった。
カルラは戦争をしないビルネンベルク王国にしたいと言っていた。それは周辺国からなるべく恨みを買わないように行動することを意味している。国を治めるのには時間がかかる。国を治められていないと、税は取れないし、周辺国から戦争を仕掛けられても兵を運用できない。
ドーラを使って国を盗ると、その辺がクリアできない。
「無欲がいいことだとは言わないけど、ドーラの活用方法は別に探した方が良さそうだね」
ドーラを活用するなんて言っても、そのうち情が沸いて危ないことなんてさせたくなくなることは目に見えているんだけど。
「ドーラがそれを聞いたら喜びますよ。あまり戦いは得意ではないみたいですし。まあ、それは私もですけど」
再び駆け出すとすぐに砂浜に着いた。
砂浜には一隻の小船が係留してあった。流れ着いたわけではなく、砂浜には杭を打ってロープで繋がれている。
明らかに大きな船から上陸用の小舟に乗り換えてきた感じだった。
コンラートたちが出発してからそんなに間が空いていない。コンラートたちではないのは明白だった。
カルラの命を狙っている宰相派のものたちかもしれない。
とにかく、今は姿を隠すことが先決だ。あの小舟を囮に使って罠を仕掛けているかも知れないからだ。
「シャル。静かにカルラたちのところへ移動しよう。上陸してからどれぐらい時間が経っているかわからないけど、分断された状態で出会いたくないやつらの気がする」
「わかりました」
僕はウリ丸を脇に抱え直すと、シャルたちが入っているであろう温泉に向かった。
◆ ◆ ◆
温泉に着くとカルラたちはすでに居なかった。どこかで行き違いになったのかと思ったが、僕の目の前に小石がひとつ飛んできた。
どう見てもカルラが操っている小石だ。
僕たちを誘うように回転すると、導くように移動しはじめる。どうやら、カルラたちは別の場所に潜んでいるらしい。
「行ってみよう」
小石のあとを追いかけていくと、カルラとドーラがいた。
「良かった。無事だったんだね。アイリはどうしたの?」
「温泉に入っていたら、インテリゲンが不審な話し声を拾ったので急いで隠れました。アイリは、声の主を確認しにいっています。アブソとトロポをかけた小石を持たせたので、簡単には見つからないと思います」
カルラがいつの間にかインテリゲンをかけ直していたことにもびっくりだが、アイリにスパイ小道具を持たせてスーパーくノ一にしたところなんか、もはや魔導師の域を越えて、一国の将の器である。
「聞こえた話し声の内容ってわかる?」
「人数は五人。『見つけ次第殺せ』と言っていたので、ここに私たちかいると知って来ています」
「ちょっと早すぎない? コンラートたちでさえ王都へ戻ってないよね?」
「船には連絡用に何羽もハトを飼っています。コンラートたちの船に紛れ込んだ裏切りものが、それで近くの仲間に知らせたのでしょう」
そんな裏技が……魔法以外でも通信手段は発達しているんだな……。完全に見落としだ。
「あとは南に五キロぐらい行ったところに船が泊まっています。恐らく五人を下ろした本船でしょう」
戦略級の魔法は応用力があるカルラに使わせると、凄い性能を発揮していた。ここが諜報対象の少ない絶海の孤島ということもあるけど、ただ聞こえてくる音とタイミングから得られる情報が半端ない。まるで潜水艦のパッシブソナーだ。
「どうします? 殺すのなら一瞬で終わらせます」
「位置も把握できているの?」
「はい」
相手に認知されない索敵方法に、相手が予想し得ない高高度からの小石爆撃。もはや物量戦でもない限りカルラを攻略するのは無理だろう。
「でも五人が戻らないと本船が怪しむよね?」
「何を言っている。船など我が沈めてくるぞ」
不思議そうに僕を見るドーラ。
「危なくない?」
「ははは! ドラゴンを落とせる人間などカルラしか見たことないわ!」
「では、やってきなさい。五人は私が対処します」
今一信用仕切れない僕に変わってカルラが命令する。
「気を付けてね、ドーラ」
「遥か上空からブレスをお見舞いするだけだ。心配するな」
ドーラは子龍の姿のままで飛んでいく。遠目には鳥にしかみえないので、仮にこの島に五人が見たとしても変な行動をされないだろう。
「では、ドーラが船を攻撃するまで待ちましょう。五人はまだ検討外れの方を探索しているようですし」
攻撃するタイミングまで考えられていて、文句の付け所がなかった。
「凄い。カルラはもうこのままでも充分王位継承争いに参加出来そうだね」
「ヴォルフのおかげです」
「カルラがあまりにも優秀であたしの役割がないな……」
僕がカルラを誉めていると、アイリが戻ってきた。
「人数は六人。五人の男は騎士のようだ。恐らく宰相の手先であるハフステファイア領のやつらであろう」
「残りの一人は?」
「首輪をされていたが、腕輪から考えると魔法使いだろう。表情は暗かったから無理矢理言うことを聞かされてるのかも知れない」
アイリの言葉にカルラは難しい顔をした。
「私の魔法も過信してはいけませんね」
確かにアイリの持って情報がなければ、問答無用とばかり六人とも殺していたかもしれない。でも、それをしてしまったとしても致し方のないことだろう。
「ドーラが船を攻撃し始めました。どうします?」
カルラに重要な決断を振られてしまったが、僕は六人目のことが気になっていた。




