125.命名
カルラにお肉増量の夕飯を用意すると、カルラはそれまでのグダグダな状態を脱し、味わうようにお肉を食べ始めた。
「ヴォルフ、これは美味しいでふ」
口の中にまだものが入っている状態でしゃべるので発音が怪しい。でも満面の笑みと相まって食事をしている砂浜が明るくなった気がした。
ここのところ天気にも恵まれ、この島は温泉で暖かいせいか、植物の成長もはやく、木の実なんかもたくさんなっているようで、それを餌にする獲物もたくさん生息しているようだった。
そうなるとドラゴンがいなくなって温泉がなくなるのは僕たちにとってもかなり痛い。
カルラのインテリゲンはまだ放ったばかりなので、数が爆発するのはもう少しかかりそうだった。
対ドラゴン専用なので、カルラの持つ受信用の小石は静かなものらしい。
あまりにも静かなので、カルラは別のインテリゲンを作って試してみたそうだけど、問題なく情報を送れたと言っていた。
ドラゴンは飛べるので割と遠くに逃げているのかも知れないなあ。
それでも生物であるかぎりは飛び続けることは出来ないので、どこかで休憩するだろうし、遠くに行っても住み心地のよい場所があるとは限らない。
「ドラコンなら心配しなくても帰ってくると思いますよ?」
シャルが僕の指を吸いながら言う。僕の食事はなぜかアイリが食べさせてくれることになっていて、謎の三角関係が発生している。
「どうして?」
「ドラゴンは元々魔力を膨大に必要としているのです。魔力の棺は置いていったようですし、すぐに魔力切れになると思いますよ」
魔力の棺というチートアイテムは黒虎達の新しい隠れ家に持っていったらしい。僕にもその場所はわからない。
「ドラゴンも難儀な生態なんだね」
「黒虎もそうですけど、この島の生物はこの島でしか生きていけないようになっているのかもしれないですね」
黒虎はアイリの里で飼われているらしいが、そっちは人語を話せない。この島を出ると何らかの制限がかかるのかもしれない。
ドラゴンも島から出ると知性が下がるとかじゃないといいけど。
「満足です!」
カルラはぼくたちの話を聞かずにお肉を堪能していたようだ。口の回りに油がべっとりついている。
「カルラ、口の回りが汚れているよ」
僕は袖口で口を脱ぐってあげる。カルラは恥ずかしそうに目を瞑った。
「ありがとうございます」
カルラは照れ笑いしながらお礼を言った。まだ子供っぽいところが残っているが、女性らしい恥じらいもあるため、なんとなく背徳感がある。
「そうだ。ドラゴンがインテリゲンに引っ掛かったようです。この感じだと、島の回りをぐるぐる回ってますね」
カルラを警戒しているが、シャルの言うとおり魔力も補給しなければならないので、その狭間で悩んでいるのだろう。
「グラビィタの小石で撃墜するには、まだちょっと遠いですね」
どうしてカルラはヤル気満々なのだろうか。ドラコンは何も悪いことしていないのに痛い目にあわされてばかりで終いにはぐれてしまいそうだ。僕なら間違いなくグレる。
「カルラ、ドラゴンにはこの島に居てもらう必要があるから優しくね」
「最終的に服従させればいいんですよね?」
そうだけど! でも、力で押さえつけたからドラゴンは家出したんじゃないの?
僕の心の中の叫びに同意する人は誰もおらず、カルラの意見にうんうんと頷いている。お国柄なのかもしれないけど、本当にかなり好戦的だ。ビルネンベルク王国を海賊が建てたという説も真実味を帯びてくる。
「僕はドラゴンと仲良くしたいんだ。いきなり攻撃するのはなしね」
「ドラゴンと仲良く?」
シャルの目付きがヤバイ。そう言えば、ドラゴンと黒虎は仲が良くないんだっけ。
「ほら、最初はシュバイツとも敵対していたでしょ?」
「していませんよ?」
そう言えばそうだった。なんというミス。
「アイリもなんとか言ってよ」
もう最後に歳上の良心に期待する。
「あたしもドラゴンと戦うのは賛成だな。ドラゴンと戦った方が友情も育まれやすいと思う。あたしたちの国では戦って黒虎と仲良くなるものだ」
殴りあって友情を育むとか昔のマンガなの!? 僕が生きていた時代にはそんなマンガなくなっていたよ!
「ぐぬぬ」
もはや僕は呻き声しか出なかった。ごめんよ。ドラゴン。
「でも、ヴォルフには従います。いきなり攻撃を仕掛けたりはしません。ドラゴンが攻撃してきたら、その限りではありませんが……」
最後にカルラにまとめられてしまった。この時点で僕は人の上に立つことは出来なさそうだとわかった。
「ありがとう、カルラ。ドラゴンと仲良くなって、温泉を守ろう」
「そんなに温泉に入りたいんですか……?」
何故か顔を赤くしてカルラは聞いてくる。
「え? そりゃ」
「エッチ」
「違う! そういう目的じゃない!」
僕がむきになって否定したら、三人に笑われたのだった。
◆ ◆ ◆
ドラゴンは意を決したらしく旋回行動から島の南岸、つまり僕たちが今いる砂浜へ飛んで来ているようだ。
カルラが「ドラゴンが来ます」と言ってから五分以上経つようだが、まだドラゴンの姿は見えなかった。
「ドラゴン、途中で進路変更してない?」
「いえ、まっすぐ向かってきています」
カルラの索敵範囲が広すぎるのか、ドラコンが鈍足なのか。その時間を利用して僕たちは岩影に隠れていた。真上から見れば分かるだろうが、そこは隠蔽魔法のフェルスケで隠している。
隠れてドラゴンを待つ理由のひとつはドラゴンがいきなり攻撃してきて、仲良くしようムードになっている三人を交戦派に戻さないためだ。
もうひとつはドラゴンがカルラを怖がって近寄ってこないかもしれないと思ったからだ。ドラゴンはカルラがいずれは居なくなると思っているかもしれない。
現にコンラートたちは船にのって帰っていった。普通に考えればカルラも船で帰ったと思うだろう。
だけど、ドラゴンには見えない、感知できない、高高度からの小石爆撃の恐怖が植え付けられている。恐らくこの島最強だった強者のプライドもボロボロにされたのだろう。砂浜からの逃亡劇を見ればわかる。完全に自分を見失っている。
カルラは油断なくアブソで魔力隠蔽した小石を遥か上空に千個以上待機させているらしい。千個は多過ぎじゃないかと思ったが、動いているドラゴンに当てるのは中々難しく、硬い岩場のおかげで跳ね返った小石がドラゴンに当たってくれて助かったらしい。
「ドラゴン、見えたぞ」
アイリが一番に見つける。僕の視力では完全に黒い点だが、なんとなくドラゴンに見えないこともない。
しかも、割と凄いスピードで迫ってくる。あのスピードで飛んでくる物体を何分も前から認識するなんて、ものすごいレーダーである。完全に前世の科学を超えている。
30秒もしないうちにドラゴンは砂浜に着陸した。キョロキョロと砂浜の様子を見ている。
『奴は帰ったか……』
もの凄い安堵のため息が聞こえる。僕はドラゴンに対して申し訳ない気持ちを抑えながら、砂浜へ姿を現す。
『む、貴様は……』
どうやら覚えてくれているようだ。
「僕はヴォルフ。ドラゴン、貴方と話をしたい」
『ふむ。ならばその資格を試そう』
ドラゴンがおうようにいい放つと、岩場からカルラが出てきた。
「私の許嫁を試そうだなんて、偉くなりましたね」
『あ、主……居たのか……』
明らかに動揺しているドラゴン。先程までの威厳が明らかに消し飛んでいる。
『主の許嫁なら資格に不足はない。話せ』
「ありがとう。まずは名前を教えてほしい」
『名はない。好きに呼べ』
「では、ドラゴンの体の色からゴルドと呼ばせてもらおう」
このドラゴンは見事な金色をしていた。本当は山吹色といった色合いだろうが、陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。
『ゴルド……まさか名をつけて貰えるとはな……』
ゴルドがそう言った途端、僕の魔力が凄い勢いでゴルドへ向かって流れ出す。
「え? なんだこれ」
現実に目に見えるほど濃い魔力がゴルドを覆っていく。
「ちょっと! やめなさい!」
カルラが慌てて僕を庇おうとゴルドと僕の間に入るが意味はないようだ。魔力はきれいにカルラを避けて流れている。
『案ずるな、主。ヴォルフが名をつけてくれたので、その魔力を受け我がこの世界に固定されているのだ。ヴォルフの魔力量はかなり多い。魔力がなくなることはなかろう』
魔力は1分ぐらい流れていたかと思うと、急に途切れた。
ゴルドは僕の魔力に覆われてどこか気持ちよさようだ。そして、心なしか金色の鱗がより輝いている。
あれ……これって、異世界転生小説によくある「名付け」というスキルでは?
ゴルドの回りにあった魔力はその体に吸い込まれて次第に薄くなっていく。同時にゴルドの体が急激に縮み始めた。
『お、おおお』
ゴルドの叫び声が響く。
「どうしたの!?」
僕の問いかけに応える余裕はないようだ。
あっという間に30センチぐらいの大きさになってしまった。心なしか、いや、確実に丸くなって、完全にぬいぐるみのようになっている。
『これが新しい我か……』
ゴルドは感慨無量とばかりに自分を見ている。僕からすればどうみても弱くなったんじゃないかと思う。
『挨拶が遅れたな。我が名付け親よ。我はゴルド。今後ともよろしく』




