124.土台
124.土台
カルラが回復して2日が過ぎた。僕はカルラの様子を見ながらウリ丸の使う回復魔法を研究していた。
その間、食事なんかはすべてシャルとアイリに任せていたのだが、最近では僕の知らない野草や芋が食卓に並ぶようになった。
「これは凄い韮の匂いがするね。食べたらせいがつきそうだ」
目の前には海水で茹でられただけの青い草があった。見た目はホウレン草なのだが、香りが韮だ。ニラ玉なんかにしたら旨いに違いない。
「シャルが教えてくれたのだ」
アイリが芋を食べながら説明する。
「毛玉を吐き出すためにたまに食べるのです」
あれ……それって食用なの? まあ、食べても変な味しないし、大丈夫だとは思うけど……。
「今日は卵も見つけたのだが、シャルがもうすぐ生まれるからやめておけと」
うん。それは僕も遠慮しておきたい。そこまで育っているのなら、よく噛まずには食べられないよね。
「猪の肉は今日も取れたので、シャルと一緒に干しに肉にしておいた。冬が来てもしばらくは持つだろう」
「それはありがたいな。アイリは流石だね」
「国でもこう言うことはしたっぱの役目だったからな。冬支度なら任せてくれ」
アイリの言葉で思い出したが、しばらくすると冬が来そうだった。よく三寒四温というが、砂浜に流れ着いてから、その逆で段々寒くなってきている。飛空船が落ちたのは秋だったが、僕が住んでいるザッカーバーグ領よりも随分早い冬の到来だ。
「シャル、この島の冬はどれぐらいなの?」
「大体、4ヶ月ぐらいでしょうか。わたくしたちは魔力で生きてますので冬眠はしませんが、もう少し立つと冬眠する動物も出てくるかもしれませんね。今年は特にドラゴンがいなくなったので、寒くなるかもしれません」
「ドラゴンがいると温かくなるんですか?」
カルラも不思議に思ったようだ。周囲の気温を変えるぐらい暖かいわけではないよね?
「よく知らないのですが、ドラゴンがいると火山の活動が活発になるのか、温泉がいたるところに沸くのです。今、みなさんで入っている温泉もそうしてできました」
「ということは、ドラゴンが居なくなったら温泉は減る?」
「すぐには無くならないでしょうが、段々涌き出るお湯が減って、冬の最中に凍ってしまうこともありえます」
それは大問題なのでは……?
そう思って回りを見渡したが、みんなあまり気にしていないようだった。
「温泉を守るにはどうしたらいいのかな?」
「やはり、ドラゴンを呼び戻すのが一番いいのではないかと存じます」
シャルの答えはもっともだった。僕は表情を引き締める。
「カルラ、調子はどう?」
「大丈夫ですよ」
「なら、戦略級の魔法を使ってドラゴンがどこにいるか探そう」
「そんなことができるんですか?」
そんなことができるんです。いや、やるんです。
◆ ◆ ◆
御飯を食べ終えたあと、僕とシャルは砂浜へ来ていた。秋の風はそこまで冷たくはない。日差しもあるため、砂浜はポカポカしていた。
「これから教える魔法は戦略級魔法の中でも最も基本的なものです。基本的なものと言っても複数の魔法を組み合わせるので、ちょっと複雑です」
僕は先生然とした口調で話す。カルラは座りながらそれを聞いていた。僕は適当な流木を拾い上げると砂浜に更々と書き付ける。
・諜報の作り方
トロポ1)音を集める
トロポ2)音を飛ばす
アブソ )魔力を隠蔽する
レプリカ)複製を作る
「ほとんど私も使える魔法ですけど、最後のひとつは新しい魔法ですね」
僕は頷く。
「このインテリゲンは最後のひとつが肝なんだ。これがあることで、インテリゲンを書き込んだ小石は魔力が溜まると近くの似たような小石に同じ魔法をコピーする。すると同じ機能を持った小石が段々広範囲に増えていくんだ。あとはトロポが集めた音を小石が中継して遠くの音を聞けるようになるってわけ」
カルラは真剣にふむふむと聞いている。そして、何か考え付いたのか流木を拾うと僕の書いたレシピの横に新しいレシピを書き始める。
・ドラゴン専用諜報の作り方
トロポ1)ドラゴンの臭いを集める
トロポ2)音に変換して飛ばす
アブソ1)魔力を隠蔽する
アブソ2)音を飛ばしたあと10秒魔力を止める
レプリカ)複製する
「ちょっと使う魔法は増えますが、こうすると伝える情報の逆流を防げます。また音が共鳴するでしょうから波紋の様になることでしょう」
早速魔改造するカルラ。応用力が半端ない。カルラの書いたレシピはもう簡単なプログラムだと思う。
「カルラの作ったインテリゲンの方がいいね」
「あとは私しか音を聞けないようにしたいのですが……」
「普通のトロポと同じでカルラの魔力で作ったものはカルラにしか聞こえないよ」
「それなら安心ですね」
「じゃあ、早速やってみようか」
「はい」
カルラは手に持っていた小石にインテリゲンをかけ始めた。インテリゲンは数個の魔法の集合体であるため、少し時間がかかるようだ。
「できました。あと何個が作ってみます」
そう言いながら別の小石を手に取る。
最終的に二十個ほどのインテリゲンを掛けたスパイ小石を作り出した。
「では、グラビィタで島の四方にばら蒔きます。ひとつだけ私が持ちますね」
これでドラゴンを見つけるための仕掛けはすんだ。あとは待つだけだ。
次は回復魔法だ。
カルラが回復魔法を使えるようになれば、カルラ自身の身を守るのにも役に立つ。
それは回復魔法がなく、医術の発達していないこの世界では直接的なことだけではなく、間接的な意味も含んでいる。
もちろん、シャルやアイリ、僕もその庇護下に入るということは戦略の幅が広がることにも繋がる。
「インテリゲンで魔力はだいぶ消費した?」
「まだまだ大丈夫です。次はなんですか?」
カルラが大丈夫そうなので、僕は回復魔法の術式を砂浜に書き始める。インテリゲンのレシピとは違い、魔法の中身そのものなので複雑で長い。
砂浜を十メートルぐらい使ってようやく書き終えた。
「ヴォルフ……」
カルラがすがるような目で見てくる。
「まさか、これを覚えろというんじゃないですよね?」
「流石だね。その通り! これは回復魔法の術式なんだ。回復魔法はこの世界にはなかったから、使えるようになればカルラの安全はもちろんのこと、各国の要人との交渉でもすごい威力を発揮するよ!」
僕は興奮ぎみに答えた。
「な、なるほど。使えたらですね……」
僕が首を傾げると、カルラはため息をついた。
「こんな複雑な術式を覚えられるのはヴォルフだけだと思いますよ」
確かに一目では覚えられない。僕も重要な箇所はメモして覚えた。でも、覚えきれないということはないと思うんだよなあ。
「すぐにとは言わないよ。もちろん、覚えるのに長い時間が掛かるのは折り込み済みだよ。まずは発動の部分だけでも覚えてみようか」
「これを行使する簡易呪文は作れないんですか……?」
カルラの言う簡易呪文とは、術式を圧縮し、とある契約のもと呪文と結びつける儀式なのだが、生憎とこの無人島ではここまで複雑な術式の準備できないし、その呪文が盗まれたらぼくたちの優位が薄れてしまうのでやりたくない。
カルラは天才肌だと思っていたが、こんなところで躓いてしまうとは。
「覚えたらカルラだけお肉倍増してもらおうか?」
「やります!」
カルラにはやはりお肉である。
僕はカルラの横に立つと、術式の記号のひとつずつを丁寧に意味を含めて説明していく。
人間はストーリーがあれば比較的長くて複雑な話も覚えられるようになる。なるべく前後関係が分かるように説明すると、最初は難しかったカルラの顔も段々と明るくなってきた。
「なるほど、魔法の中身はこんな風になっていたんですね。ヴォルフはこれを使って魔法を作っていたのか……」
魔法を構成する記号は整理された前世の言語体系とはことなり、明治以前の日本のように同じ発音のひらがながたくさんあるような感じだ。
だけど、前の文字との関連性があって書く文字を変更できない。だから、それが余計に複雑さを増していると言える。
「覚えたら僕に対して行使してみて」
今回は回復魔法の発動部分なので、相手の魔力と同調するだけになる。うまく同調出来れば成功で、同調できなければ術式の何処かが間違っているということになる。
「やってみます!」
カルラは目を閉じて僕の魔力を感じ始めた。やがてカルラから魔力の手が出てくるのを感じる。そして、それは僕の魔力に絡み付くように触れると次第に混じりあっていく。
「気分は悪くない?」
「はい。大丈夫です。でもここまでで、結構な魔力を消費してしまいました」
「何か術式に間違いでもあるのかな? 今日はここまでにしようか」
「そうですね……もう頭がヘトヘトです」
そう言いながらカルラは砂浜に座り込んだ。




