123.高熱
東の洞窟は四人寝る十分なスペースがあった。
焚火を中心に四方へ別れる。僕は洞窟の入り口側に陣取った。その右手にカルラ、左手にシャル、焚火の反対側にアイリが寝ている。
今日はいろいろな話をしたので、僕は興奮してうまく寝つけない。弱くなった焚火の明かりに照らされながら次にカルラに教えるべき魔法について考える。
戦略級の魔法はいくつかある。
しかしそれを軍事目的で行使するわけにはいかない。あくまでも平和的な利用方法で行使するのだ。
前世でも軍事目的で使えるがあえて、それを表に出していない技術がたくさんあった。有名なのはインターネットだ。
蓄積されたデジタル情報を電線を通じて非同期に送ることができる。それによりいつでも必要に応じて引き出せることで、戦略の幅を広げることができた。
別の例では宇宙デブリを打ち落とす日本の人工衛星である。普段は宇宙デブリを打ち落とす目的で利用されている。宇宙デブリが大問題になっている時期に打ち上げられた衛星だ。
しかし、その性能は敵国の人工衛星を打ち落とせるだけある。有事の際には敵国の人工衛星を打ち落とし、情報を制限させることができるのだ。
僕は前世の世界にしたがって情報を収集する魔法の構築から行うことにした。
ひとつは組み込み魔法である。
この世界のものは魔法を組み込む領域がどの生物や物質にも存在している。物質の複雑さによって魔法の術式を組み込める領域の大きさが決まっている。
組み込み魔法で一番簡単なのはカルラがグラビィタで使っているような小石だ。小石単体では大したことは出来ないが、なにせ数が大量にあるし、魔力隠蔽魔法と一緒に組み込めば、まさしく路傍の石となにも変わらない。
理想のスパイ装置のできあがりだ。
もちろん、個々の石からこちらの情報が漏れないようにしなければならない。つまり、『どこへ』情報を送っているかわからないようにしなければならないのだ。
インターネットではブロードキャストという技術がある。周りのコンピュータすべてに情報を送るというものだ。もちろん伝送効率が落ちるからそれが必要な場面にしか使われていない。
小石程度の領域では処理できる情報に限りがあるから、どう考えてもすべての情報を送ることができない。
だからこちらが意図した情報を得ることが出来なくなるのだが、戦略級ポイントは遠くはなれたところで本来なら得ることが出来ない情報が取得できるという事実だ。
相手がどうやって情報を取得しているか知りえない状況で、散発的ながらも相手の情報が収集できるという状況自体が、こちらを有利にしてくれるのだ。
もちろん、相手の近くにある小石やそれに代替する物質を多めに組み込み魔法を付与すれば目的の情報を得ることができる確率は格段に上がる。
僕は小石に組み込む魔法を厳選してまとめる。
1つ目は風系の魔法「トロポ」である。これは周りにある空気の振動を情報へ変え、他の小石へ伝える役目を持つ。
2つ目は火系の魔法「アブソ」である。これは魔力を隠蔽する目的で組み込む。
3つ目は特別な魔法で土系と火系の魔法を合わせた複製だ。自身の持つ組み込み魔法を隣にいる同じような組み込み領域を持つ小石にコピーする。これは確率的に行われるので、情報を集めるスパイ小石が少しずつ増えていくことになる。
これで言ったことのない場所の情報も取得できるというわけである。
明日はこれをカルラに教えて、まずはこの島をカルラの情報の支配下に置いてもらおう。
そう考えながら僕は疲れた頭の要求にこたえるように目を閉じた。
◆ ◆ ◆
目が覚めるとカルラの様子がおかしかった。すでに目が覚めていたアイリがカルラの様子を伺っている。
「アイリ、カルラはどうしたの?」
「わかりません。熱が出て苦しいようです」
食中毒や毒物を食べてしまったことを疑ったが、ここ最近は全員同じものを食べているはずだ。その可能性は薄い。
「カルラ、ちょっと失礼するね」
僕はカルラの手足やお腹、背中を順番に触っていく。熱の発生に偏りがないか調べているのだ。熱の出始めで偏りがあれば破傷風の可能性が高い。
しかし、熱は満遍なく高かった。あと考えられるのは風邪だ。風邪の原因ははっきりしていないが、ウィルスがマクロファージなどの白血球に攻撃されるときの抗体反応なのでウィルスが活動しにくいように温かくして安静にしているしかない。
カルラはかなり汗をかいていて寒そうだった。焚き火の火を強くしたが、これでは熱すぎて余計に汗をかくだけのような気もする。しかも真水はカルラにしか作り出せないため、東の洞窟は看病するには不便だった。
「アイリ、シャルを起こしてもらえる?」
温かくできて飲み水が簡単に手にはいる場所に移動するしかない。
シャルに黒虎体型になってもらってカルラを温泉に運ぼうと思った。温泉で体の芯から暖めた後に、近くの小川で水を飲んでもらう。
湯治をやろうと思ったのだ。
僕も前世で風邪を引いたときにはお風呂に入って汗をかき、水分をたっぷり取って休んだ記憶がある。
「カルラはどうしたんですか?」
シャルが起きてきた。
「どうやら風邪らしい」
「ちょっと見せてください」
シャルはカルラに近づいて目の様子を見た。よくお医者さんでやられる目の充血ぐあいを見ている感じだ。
「これは鳥熱ですね」
鳥熱という字面を見ると鳥インフルエンザを思い出す。普通のインフルエンザよりも強力で、ワクチンも効きにくい。
「そんなに心配することはないです。温泉につかれば二、三日でなおりますよ」
「鳥熱ってこの島の動物はよくなるの?」
「黒虎もなります。鳥に触るとなることが多いので、昨日の鳥でなったかもしれないですね」
シャルはすぐに黒虎になった。
「乗せてください。温泉まで運びましょう」
僕はカルラを抱えてシャルに乗せると、カルラを抱えるようにして僕も乗る。
「しっかり捕まっていてください」
シャルが出発しようとすると、ウリ丸が僕の背中にくっついてきた。一緒に温泉に行きたいのかもしれない。ちゃっかりしている。
シャルは僕がしがみついたことを確認すると、すぐに出発する。
とても静かに移動するのでカルラもこれ以上悪くはならなそうだ。
すぐに温泉につく。
僕はカルラの服を取ると、カルラを温泉にいれる。沈んでしまわないように脇の下に手をいれて支えた。
しばらくするとカルラは落ち着いたようで表情も柔らかくなる。
「落ち着いたようですね」
僕はカルラの様子を見て安堵した。しかし、今回は肝が冷えた。異世界に来て一番怖かったかもしれない。
自分の大切な人がよく分からない病気で苦しんでいるのを見ると、なんでこの世界に回復魔法がないのか恨めしく思えてくる。
僕が思い詰めたような表情で考えを巡らせていると、ウリ丸がプカプカ浮きながらカルラの近くによった。
するとカルラの顔色が目に見えてよくなってくる。
「ヴォルフ?」
カルラは目を明けて、支える僕を見る。
「また助けられてしまいましたね」
「そんなことは気にしないで。それより気分はどう?」
「少しぼーっとしますが、先ほどまでの苦しさは全くありません。温泉てすごいですね……」
僕はそれを聞いて温泉にそこまでの即効性はないと考えていた。何よりシャルは温泉に浸かれば二、三日で治ると言っていた。僕が持っている前世の知識から言ってもウィルスを完全に死滅させるまでにはそれぐらいの時間は必要だった。
「ウリ丸……?」
僕はウリ丸を見る。
シュバイツは『魔力玉は薬』と言っていた。
アイリが仮死状態で流れ着いたときにはウリ丸が側にいた。
シャルがコンラートたちにやられたときにもウリ丸はシャルの側にいた。
「もしかして、ウリ丸は回復魔法が使えるの?」
僕が問いかけると、ウリ丸はなんとなくドヤ顔で答えた気がした。
「ヴォルフ、もう自分で体を支えられるので、そろそろ手を離してくれませんか?」
カルラは恥ずかしそうに言った。僕はあわてて手を離す。
「ご、ごめん。気がつかなくて」
「大丈夫です。私のことを思ってしていることですから」
とは言ってもまた嫁入り前の女性の肌を見て、さわってしまったんだよなあ。
「それより、ヴォルフもシャルも一緒に温泉に入りましょう。ついでですし」
カルラは本当にすっかりよくなったようだ。
「そうだね」
僕は木陰で服を脱ぐと、温泉にはいる。シャルは黒虎の姿のまま温泉に入っていた。
「あとからアイリも来ますか?」
「どうだろう? ここで待っていれば来るとは思うけど、アイリを一人にしたのは不味かったかな……」
「大丈夫でしょう。アイリは強いですし」
シャルはのんびりしながら言った。
その言葉通りすぐにアイリが来たので、温泉を進める。
「男女混浴ですか?!」
と驚いていたが最終的には温泉の魅力にあがらい切れず裸になって温泉に浸かっていた。もちろん僕は裸になる場面を見てはない。
「ウリ丸、こっちにおいで」
カルラの側にいるウリ丸を呼んだか、カルラのそばを離れる様子はない。
「カルラ、そっちにいってもいい?」
「はい」
僕はカルラの許可を得ると、ウリ丸の側にいった。そして、ウリ丸に流れる魔力を観察する。
すると、ウリ丸から流れ出る魔力はカルラのからだの回りにある魔力と融合していた。
「これが回復魔法……?」
すべての属性の魔法が組み合わされた術式。ウリ丸の外見からは想像もできないような複雑化さ。僕は魔法の術式について詳しいつもりだったが、これを暗記するのは無理そうだった。
仕方ないので大切な部分だけ葉っぱに小枝でメモする。
僕は魔法が使えないが、カルラが修得すれば戦略級魔法どころの話ではなくなる。各国の要人が病気になったときに治せる力があるのなら、それは神に等しい力を得ることになるからだ。
でも、今はカルラの病気を直すことが優先だ。僕は必要最低限のメモを終えると、ウリ丸をカルラに預けた。




