122.子供
「お腹もいっぱいになったところで、二人の寝床を作っておかないとね」
僕は強制的に約束を忘れるように立ち上がった。
寝るところを準備するのは、これから長くなるであろう無人島生活では重要なポイントだ。
それにコンラートたちが分けてくれた帆布があるので、落ち葉ベッドが作れそうなのだ。落ち葉だけだと暖かいとはいえチクチクするのではやり布で覆いたい。帆布は固いがないよりはましだ。
「じゃあ、カルラは落ち葉を運ぶ係りね。あとの二人は僕と一緒に落ち葉を集める役目だ」
「はい」
カルラは結構重い帆布を器用にも小石で運び始める。
みんなで西の森まで歩き、森の入り口に帆布を広げておいた。
僕は上着を脱ぐと乾いた落ち葉を上着の中に詰め始めた。
シャルはスカートなので、スカートのすそを持ち上げて即席のカンガルーバッグの中に落ち葉を入れている。下着が見えそうで見えないので、見ないように注意する。
アイリはどうやっているかわからないが、葉隠れの術のように自分の周りにはっぱを纏わせながら運んでいる。忍術ってどう考えても魔法なんだよなぁ。だが、魔力は感じられない。不思議な存在だ。
みんなが集中して運んでくれたので、帆布の上には落ち葉がすぐにたまった。量的には一人分のベッドにはなるだろう。
「じゃあ、運んできますね!」
「僕も一緒に行くよ。二人は落ち葉の山を作っておいてね」
と言ってカルラと東の洞窟の方へ歩いていく。
砂浜を通っている最中に僕はカルラに聞くことがあった。
「カルラは魔法を覚え終わったら王都へ帰る気なの?」
さっきはシャルが獲物を取ってきた時点で話が中断していたが、やはり気になる。僕としてはカルラが安全な場所にいればどこでもいいのだが、カルラが王様を目指すのならそれなりの覚悟がいる。
「はい。私は叔父様の次の王を狙っています」
「すると、王位継承権は王が交代してもひとつあげて順位が変わらないんだね」
王位継承権にリセットはないらしい。普通はそうだからここは予想通りだ。
「そうです。私は今まで王位継承を諦めていました。しかし、ヴォルフに出会って魔法を使いこなせることを知ったのです。王を目指します」
カルラの決意は固いようだった。王を目指すのに理由が必要か知らないが、何か重い決意を感じる。
「ヴォルフには知っていてほしいのですが、私は王になったときにやりたいことがあるのです」
「やりたいこと?」
カルラは僕の方へ向き直る。
「戦争をやめたいのです」
「戦争をやめる」
僕はカルラの言ったことを繰り返してみた。
現在のビルネンベルグ王国ではちょっと考えられないことだった。ビルネンベルグ王国は戦争を常にしている。周辺国へ戦争を仕掛けては農産物を奪取したり、領土を奪ったりしている。戦争をしてないかった年はないぐらいである。
「戦争は半ば王位継承権のために行われています。ビルネンベルグ王国のためではありません。その証拠に防衛戦はやる気がないので重要な拠点以外は負け続けています」
カルラの言っていることをちょっと乱暴だが理解できる。
「私はビルネンベルグ王国は周辺国と良好な関係を築くことも可能だと考えています。周辺国には海洋資源がないのですから、農業国と貿易を通じてお互いに利益を得る関係になることができます。戦争で一時的な履歴を得るよりもこちらの方がよほど建設的です」
僕はこの世界のことを魔法関係しか知らない。もう少し情報を集めていればカルラの考えていることがどれぐらい大変なことなのかわかるし、手伝うことができるのだろうが、今は全然わからなかった。
「いい考えだと思う。僕が知っている知識の中にも海洋資源が農業の生産量を高めることができる技術があるし、塩は人口を増やすうえで重要な資源だしね」
「農業の生産量を高める……それは知りませんでした。ヴォルフは魔法以外の部分でも私の師匠になってくれそうですね」
カルラの尊敬のまなざしが痛い。異世界転生小説で身に着けた知識だからちょっと背徳感もある。前世でも少しは真面目に勉強していればよかったなあと思った。
「僕が役に立てることがあればなんでも手伝うよ」
しかし、そこはカルラのためなので割り切って異世界転生小説の知識にあやかろうと思う。
「ふふふ。頼もしいです」
カルラがどんなことを考えているか分かって、僕の覚悟も決まった。カルラには安全な場所にいてほしいと思っていたが、カルラはそれを望んでいなかった。
王位継承レースがどんだけ苛烈なものか僕はわかっていないけど、カルラとなら乗り切れる気がする。
人の上にたつものにはある種のカリスマ性が備わっている必要がある。カリスマ性とは自分のことだけを考えている人には絶対に現れない。
相手のことを無条件で信頼出来る愛のような信仰のようなものである。カルラにはまだ足りていないと思う。
しかし、確固たる理想を持っている人はなにも言わなくても信頼を集めることができる。見ている先が同じならば、人は無条件で信頼を寄せるものだ。
戦争によって利益を得ているものは多くない。その多くは王位継承レースの参加者だ。そこに気がついている人は少なくないのではないだろうか。
もしカルラの主張ちゃんと伝われば味方になる人も多くなるだろう。そうなれば、後方の憂いを気にせず王位継承レースのポイント稼ぎができる。
「今までは無人島を生き抜くことだけ考えて魔法を教えていたけど、これからは戦略級の魔法も覚えてもらうね」
「メテオーアのような魔法ですか?」
「違うよ。メテオーアは戦術級。戦略級はもう少し穏やかな感じかな。効果のほどはえげつないけど」
戦略級とは大きな流れを変える可能性が高いことである。別に実際に使わなくても持っていると知らしめることで交渉を優位に進めることができる。
逆に言えば使ってしまえば戦術級なのである。
「な、なんか難しそうですね……」
カルラは少し尻込みしているようだ。
「大丈夫。カルラみたいに魔法の応用力が高ければきっと使いこなせるよ」
「はい。頑張ります!」
そう言いながら、東の岩場を上っていく。
洞窟の中にはいるとカルラは持ってきた木の葉を帆布ごと置いた。
「ヴォルフ、今度は私が聞きたいことがあります」
僕はカルラに聞かれるようなことは何もないのだが、カルラの顔は真剣そのものだ。
「ヴォルフは三人とも愛せますか?」
「もちろん、そうなるように努力するよ。カルラが一番好きなのには代わりないけど」
「い、いえ。私が言っているのはそういうことではないのです……」
洞窟の中で表情が分かりにくいが、少し赤くなっているようだ。
「この前みたいなキスを三人にしてほしいのです」
今度は僕が赤くなる番だった。
「ええ?」
「私だけではずるいのです。だから平等になるようにしてください」
カルラがどんな教育を受けてきたかわからないけど、かなり異常なことはわかった。江戸時代の大奥を知っている僕からすればお殿様の寵愛は取り合いだったはずだ。
「あの二人とは知り合って間もないし、そういうことが出来るようになるのはもう少しあとだと思うんだ。カルラとそうなったように、あの二人とも自然とそうなる時期が来るよ」
カルラは少し安堵したような表情になる。
「そうですよね!」
そして、新しい帆布を小石で挟むと、洞窟を出ていった。どうやらカルラの聞きたいことはこれだったらしい。
「これから僕、我慢できるかなあ……」
ここは無人島なんだし、我慢するしかないのだが……。
カルラの後について、西の森まで行くと凄い量の枯れ葉が集まっていた。
「すごいね」
僕が誉めると、アイリスが照れ臭そうに笑った。
「ちょっと暇だったからやりすぎてしまった」
「じゃあ、運びますね」
僕はこれから枯れ葉の山を広げた帆布に移すつもりだったのだが、帆布の縁に巻き付けた小石を器用に操り、上からパクりと包んでしまった。
包まれた枯れ葉はくるりと回転し、帆布の中に収まる。
「カルラは魔法の使い方が上手いね」
「ありがとうございます」
僕たちは今度はみんなで砂浜へ移動した。
「ここで御飯を作っていてください。置いてきます」
「わたくしも一緒に」
シャルもカルラのあとを追っていく。
「じゃあ、御飯作ろうか」
猪が余っているので、香辛料を少し使って鍋で焼いてから塩をふる。
しかし、お肉ばかり食べているので、この島の動物が居なくなってしまわないか心配になる。ドラゴンが住んでいたのだから、そう簡単になくなることはないと思うが、
「アイリは浜大根をとってきて」
「承知した」
どれが浜大根かすぐにわかったようだ。人数分プラス自分の分といった感じで掘り出している。
先ほどのカルラの言葉が思い出され、カルラの大きな胸に視線がいってしまう。アイリには人工呼吸に心臓マッサージまでしている。でも、それは緊急回避措置なので、二人の仲の進展ではノーカウントだろう。
アイリはカルラの手前、遠慮して自分の気持ちを隠している節がある。せっかく二人だけになったのだから聞いておいた方がいいだろう。
「取って来た」
アイリは浜大根を海水で洗って持ってきた。
「ありがとう。アイリは僕のこと好き?」
「な、な、んで、急にそんなことを……」
言葉が直接過ぎたらしい。アイリが真っ赤になっている。
「いや、カルラに三人とも愛せと言われたんだけど、アイリの気持ちはどうなのかなと」
「……いつでも愛していただいてよい。あたしはヴォルフが大好きだし、子を成したいと思っている」
今度は僕が赤くなる。
「ごめん。まだそこまでは求めていないんだ。でも、アイリの覚悟はわかったよ」
同時に僕の理性も試される結果にならないように気を付けねば。
「あたしも性急だった。これから徐々に仲良くなろう」
「そうだね」
話が終わった頃、カルラとシャルが戻ってきた。




