121.継承
シャルが追加の獲物を取って来る間、カルラがどんな立場におかれているのか聞くことになった。
「私の王位継承権は第17位です。ただし、ビルネンベルク王国は海賊が出自とも言われている荒々しい王族です。戦場で立てた功績によって激しく入れ替わります。私はメテオーアを使った戦場での功績が一回だけあり、王位継承権をいただきました」
「王位継承権は何位まであるの?」
そもそも王族って何人ぐらいいるのだろうか。
「確かめたことはないですが、泡沫候補まで含めれば千人以上いると思います」
なんだろう、この王位継承権の安売り具合は……。
「因みに王位継承権1位は?」
ルールがルールだけに戦場によく出ている人が高い雰囲気だから将軍とか王位継承権が高そうだと予想をつける。
「対宗教国軍の最前線にいる王弟バルド将軍です」
「最前線……。王位継承権の高い人がそんなところにいて危なくない?」
「何を言う! 将たるもの最前線にいなければ下のものに示しがつかぬ。あたしが将軍でも同じことをする!」
アイリはバルド将軍の話になると急に身を乗り出してきた。目の輝きを見るにどうやらバルド将軍を尊敬しているようだ。
そんな人が将軍とは真反対の僕の婚約者になっていいのだろうか。
「バルド将軍は確かに尊敬すべき人ですが、王位継承については気にしていないようです。叔父様は戦場で死ねればそれでいいと常々おっしゃってました」
バルド将軍は脳筋枠なのに裏で陰謀をこねくりまわすのが得意そうな宗教国との戦争に駆り出されているのか。
いや、脳筋で王位継承権が高いから、別の王位継承者が宗教国と手を組んでバルド将軍を死亡する可能性の高い最前線へ送り込んでいるとも考えられるな。
「いずれにしろ、最初の戦場であり得ないほど高い功績を立てたからカルラは宰相の陰謀によって魔法を教えてもらえない状況になったんだね」
「今考えればそうです。その時は私には魔法の才能がないと思っていました」
またカルラの暗黒面を呼び起こしそうだったので、この話題をやめることにした。
「カルラはどうしてここに残ったの?」
「色々考えたんですが、このままここで魔法を身に付けた方があとあと有利かなと思いまして。このまま王都へ戻るのはいいのですが、魔法を教えてもらおうとザッカーバーグ領へヴォルフを訪ねていっただけで暗殺されそうになるのですから、王都へ帰れば相当数の暗殺者が送り込まれてくるのが目に見えています。そうしたら魔法を教えてもらえる時間もなくなってしまいますから」
なるほど、よく考えているんだなあ。カルラは13歳という年齢の割に未来を予測する術に長けているようだ。
「じゃあ、魔法を十分身につけたら王都へ戻るつもりなの?」
それを聞いたところで、シャルがたくさんの獲物を抱えて戻ってきた。
「お帰りなさい!」
カルラは目敏くそれを見つけると、シャルから一番大きな獲物を受け取り、運ぶのを手伝い始める。
「雉に鴨に、これは?」
「猪です。わたくしには不要なものですが、この島のなかでは美味しいお肉らしいので狩ってまいりました」
猪……あれ、どうやって運んだんだろう。すごく重そうなんだけど、ネコミミ少女の姿で持てたとは思えない。
「これでまた何日が持ちますか?」
シャルの言葉に「うん」と頷こうとしたのだが、カルラが「今度狩りの仕方を教えて下さい、師匠!」と言い始めた。
そこからすぐに明日教える話になってしまった。昨日は血抜きだけして明日は干し肉作りかな。
「じゃあ、鳥は食べちゃおうか」
僕は立ち上がると、雉を捌き始めた。カルラもアイリから借りたクナイで鴨を捌き始める。なんかうまくなっているような気がする。
「カルラ、上手になったよね?」
「ヴォルフと離れていた二日間は自分でさばいてましたから」
自分で獲物を狩って自分で捌いて自分で焼くとか、完全にお姫様から逸脱していた。でも、ビルネンベルク王国は豪快な姫の方が受けが良さそうだよね。
「ヴォルフには魔法は元より生き抜く知恵も授けてもらいました。これからも色々教えていただくのに、その恩に報いることが出来なくて残念です。王都へ戻った暁には私の出来うる限りの地位と名誉をお渡しします」
僕は魔法に関わっていられたらそれで幸せなので、地位も名誉もいらないが、カルラが僕のためを思って用意してくれるものなので、ありがたく頂くことにする。
「では、お肉の準備も出来ましたし、続きをはなしましょうか」
先ほどは串に刺して焼いた直火焼きだったが、コンラートたちから貰った鉄板を出してきて焼き肉パーティー風にした。
これから何日無人島で過ごすことになるかわからないが、貴重な香辛料も少し使わせてもらおう。
「今度はこの鉄板で焼くから焼けたお肉から自分のお皿に取って食べてね」
僕は長めの枝を菜箸のように使ってお肉を焼き始める。最初は少し火が強くて焦げ付いてしまったが、火を調整してからはうまく焼けるようになった。
「早速、もらってもいいですか?」
カルラが待ちきれない感じで、鉄板に覆い被さってくるので、焼けたお肉をいくつかお皿にとってあげた。
「いただきます!」
この世界でも食事前はいただきます、なのか、と思ったが、あれは僕が思わずいってしまったときの挨拶を真似しているだけだった。
アイリは特になにも言わずに食べている。
シャルはネコミミ少女のまま僕の横で待機していた。
「シャル、ごめんね。もう少しで焼き終わるから。お腹すいたらウリ丸なめてる?」
「お気になさらず。食事が終わりましたらたっぷり指を吸わせていただきます」
ちょっと背筋が寒くなるような笑顔だった。シャルはかなりおなかがすいてるんじゃないかな?
因みにウリ丸は砂浜に生えている浜大根を掘り出しながら食べていた。それはそれで美味しそうな気がするので、ウリ丸から離れた場所に生えていた浜大根をいくつか摘んでくる。
海水で砂を洗い流し、ナイフで皮をむいた。前世で見た浜大根より生育状態がいい気がする。少しかじってみるとさわやかな辛みが感じられた。
ナイフで薄切りにして肉で巻いて食べてみると、口の中に残る肉の油がさっぱり流され、あとに残る辛みが肉の油で中和される。このコロンブスの卵コンボはやばそうだ。
「何を食べているんですか?」
カルラが興味を示して側に来たので浜大根の輪切りをあげた。
「これにお肉を巻いて食べると美味しいよ」
カルラは首を傾げつつも、僕に言われた通りにお肉で巻いて食べた。
「辛!」
あれ、どうやらカルラには辛すぎたようだ。
「そんなに辛いのか? あたしにもくれ」
トレナンで海水から水を作り出してガブガブ飲んでいるカルラを横目にアイリにも浜大根を分けてあげる。
「こ、これは!」
アイリにも辛すぎたのかな?と思ったが、僕から残りの浜大根を取り上げて丸のままかじり始めたのでどうやら美味しいようだ。
「辛味が食欲をそそるな!」
気に入ってもらって何よりだった。
「ふたりとも舌がおかしいよ!」
水を飲んでどうにか落ち着いたカルラが叫んでいる。
「カルラはまだまだ舌がお子さまということだよ」
僕がからかうように言うとカルラが悔しそうに睨んできた。また何か文句を言おうと口をあけたので、持っていたお肉を口に入れる。
カルラはそれをもぐもぐと食べると「もう! もっと食べさせてください!」と怒っているのか甘えているのかわからない反応を返した。
「はい、あーん」
と言いながらお肉をあげようとすると、シャルが横からはくりと食いついて、指をしゃぶり始める。
「わたくひもおなはすきまひた」
指をしゃぶりながらなので口足らずになる。僕が指を抜こうとすると、ガシと両手で掴んで固定した。
こうなるともう僕の力では動かせない。僕はただシャルが魔力でお腹いっぱいになるまで待つだけだ。
「シャル、それっておいしい?」
カルラが変な興味を持った。
「美味しくないと思うよ」
指をしゃぶるのに夢中で口が空かないシャルの代わりに答える。
「ヴォルフ、反対の手を貸したください」
一度嘗めれば満足するだろうと思って、左手をカルラに差し出す。
カルラは少し迷うように躊躇っていたが、パクっと噛みついた。そして、味わうようにむぐむぐと口と舌を動かす。
なんとなくエッチな動きだなと思ったが、思っただけだ。僕も一般的な男子並みの興味はあるが、ここは我慢だ。
「なんほなくおいひいれす」
カルラが変なことを言い始めた。シャルは元々魔力の美味しさに恍惚の表情を浮かべることもあったが、カルラまでそれに釣られて顔が上気している。
「もうダメ!」
僕は強引に両腕を引き抜いた。
「えー」
なぜかカルラだけ不満の声をあげる。
「もう少しなめさせてください。先っぽだけ、先っぽだけでいいから」
なんかどこかで聞いたことがあるような台詞をはいている。それって確か男性の方が言う台詞じゃなかったっけ。
「ダメなものはダメ」
「大丈夫です。また次の食事のときに一緒になめましょう」
シャルがカルラを嗜めている。しかし、次があると約束するようなものじゃないか。シャルは魔力の補給が必要だから仕方ないけど、カルラがやって癖になったらどうするんだよ。
「わかりました。約束ですよ?」
僕に向かって言うのだが、約束をするつもりはない。
「約束しましょう」
カルラの目を見ると断りきれず、僕は頷いた。




