120.王女
翌日の朝にコンラートたちを迎えに来た船が到着した。僕のあげた狼煙を見て来たらしい。
コンラートたちは本当にカルラをこの島に置いていくつもりのようだ。
帰り際に船に積んであった資材や、コンラートたちが持っていた薬や調味料、消毒用の酒、衣服を分けてくれた。
「本当に行っちゃったね」
僕はカルラを見る。
「すみません。王都へ行きたかったですか?」
僕はカルラの問われることで、王都へ行くということを深く考えていないことに気がついた。僕は王都の商人のところで世話になる予定だった。商人の仕事はどんなことかわからないが魔法よりも面白いとは思えない。
僕は魔法に関わっていたい。
それにはカルラと一緒にいる必要がある。カルラは大切な人だ。命を狙われるような状況にしたくない。
結果的にカルラと僕は無人島にいる方が自由に魔法を使えることに繋がっていることに気がついた。
「よく考えたら王都よりもここの方が自由に魔法を教えられるよね。カルラにはまだまだ教えることたくさんあるし」
カルラはそれを聞いて安心したように笑った。カルラはやはりかわいい。身分の高い人だと思っていたが、王女とまでは思っていなかった。
色々聞きたいことがあるが、カルラにも事情があるし、僕はどこまで聞くか迷っていた。
「さて、コンラートたちが食糧を分けてくれたので、少し余裕がありますよね。みんなでこれからのことをお話ししましょう」
王女らしいカリスマ性で場を仕切るカルラはちょっと頼もしかった。
僕たちは砂浜で焼いた孔雀の肉を食べながら話をすることにした。コップや食器なんかもコンラートたちからもらい、大分人間らしい食事風景になっている。
「まず、自己紹介からいたしましょう。たぶん、この中で全員を知っているのはヴォルフだけでしょうから」
今、砂浜には僕とカルラ、それに護衛役として残されたアイリに、怪我が直りきっていないシャルがいた。シャルはなぜかネコミミ少女のままだ。
「では、わたくしから」
シャルが立ち上がり、カルラとアイリにお辞儀をする。
「お先にご挨拶することをお許しください」
「気にしないで」
カルラが声をかけるとシャルは続けた。
「わたくしは黒虎の王女シャルロッテです。ドラゴンとの戦いで負傷した父王にかわりこの島の黒虎を統べています」
あれ、そんな重要な立場の人が僕についてきちゃっていいのかな? カルラといいシャルといい、自分の役割をおろそかにしていないか?
「ヴォルフ様に命を助けられ恩に報いるため同行を許していただいています」
それ、嘘だよね? 僕の美味しい魔力が目当てだっていってたよね?
「普段はこの姿ですが、おふたりが見た黒虎と同じ姿にもなれますし、子猫にもなれます。魔力を使った技をいくつか使えるのはそこにいらっしゃるアイリス様もご存知の通りです」
アイリが騎士見習いを勤めるドライファッハ騎士国では、黒虎が飼われており、人間の言葉をしゃべったりしないものの、シャルたちとほぼ同じ魔力を使った技が使えるらしい。
騎士と黒虎の模擬戦は頻繁に行われており、黒虎との戦いはお手のものだそうだ。
だから、コンラートたちはシャルに対して圧倒的な優位を保って戦えたということだった。
「そして、ヴォルフの二番目の婚約者よ」
カルラが付け加えた。
よくわからないが僕がシャルに対して失礼なことをしたと思っているらしく、責任を取るために僕のお嫁さんにしてしまおうということらしい。
確かに僕と同い年の女の子が「ペットとしてお扱いください」とか言ったら、前世でも監禁して調教でもしたのかと思うけど、この世界でも同じような認識になるとは思わなかった。
「では、次はあたしだな」
シャルの次にアイリが立ち上がる。
「あたしはドライファッハ騎士団の騎士見習い、アイリスだ。アイリと呼んでくれ。父はゼビオ。里はイガリュウ。まだ修行中の身ゆえ未熟ではあるが、カルラ様の護衛として誠心誠意務めるつもりだ」
「残らなくてもよかったのに」
はぐれたあと何かあったのか、カルラがアイリに冷たい気がする。
「カルラ様には嫌われてしまったな」
情けない顔でアイリは笑った。
「何があったの? ちょっと様子がおかしいよ?」
僕がカルラに聞くとカルラはプイと横を向いてしまった。
「それが……」
「アイリは自分を助けたのがヴォルフだと気がついていたのです。だから、ヴォルフが行方不明になったあと、ひとりで黒虎の跡を追いかけようとしたんですよ。私をおいて。私だって追いかけていきたかったのに!」
なるほど、カルラも僕を探したかったのに、おいてけぼりにされたからすねているだけか。
「そのあと、私が苦労してドラゴンの巣を見つけたら、黒虎を見失ったアイリが現れて、危ないからやめろと言うんです。ドラゴンさえ手に入れればこんな島を一回りして探すことは簡単ですし、その時は敵だと思っていた黒虎だって容易に退けることが出来たはずなのに」
その発想の飛躍は世間知らずな王女ゆえなのか気になる。僕が「ドラゴンが乗せてくれるかも」と言った時はあり得ないようなことをいっていたのに。
「なんでまたドラゴンを?」
「小石がどこかへいってしまった時のことを覚えてますか?」
「うん」
あのときは突然ドラゴンの咆哮が聞こえて肝が冷えた思いをした。カルラの手前、軽口を叩いていたが、割りと死を身近に感じたのは事実だ。
「あのとき、ドラゴンは結構弱いんじゃないかな?と気がついたんです」
え? ドラゴン強いよね? 昨日までいたドラゴンも弱いところというか、勝てそうな要素なんて見当たらなかったんだけど。
「だって、小石が当たった程度であんなにいたがるんですから。あ、これは従属させることも容易だなと思いました」
事も無げに言うカルラ王女はやっぱり王族なんだなあと妙に感心する。
「それでドラゴンを従属させることに成功したので、ヴォルフを探しに行くことになったんですが……」
カルラはそこで一旦切ってアイリを見た。アイリは苦笑いをしている。
「アイリは私を置いていったのに勝手にドラゴンに乗ったんです。私は許可してないのにですよ!」
やっぱり王族らしくはなかった。まだまだ子供な部分が大半を占めているようだ。
「カルラ様、すみません……」
「いつの間にか『様』付けになっているし、前のようにカルラと呼んでください」
カルラも本当は仲直りしたいのか助け船を出したようだ。
「良いのですか?」
「いいに決まっているじゃない。アイリはヴォルフの三番目のお嫁さんになるんだから!」
初耳です。
「ヴォルフも覚悟を決めてください。アイリはヴォルフに汚されたんですから」
絶対そんなことしてないよね? カルラは横で見ていたし、分かってて言ってるよね?
「不束ものだがお願いする。ヴォルフ」
アイリは頬を赤らめて呟くように言った。
「では、最後に私が自己紹介いたします。王族と言っても表にはほとんど出ていませんし、私の抱えている事情も複雑です」
カルラはその複雑な事情まで話してくれるつもりのようだ。
「まずは私がザッカーバーグ領を訪れた経緯からお話しします」
ザッカーバーグ領はその名の通り、砂糖が名産だ。カルラは甘いものに目がなさそうだし、それを目当てに観光しに来た……なんて平和な理由ではなさそうだ。
「実はヴォルフに会いに行ったのです」
「そうなの? 僕は何も聞いてなかったよ」
もし王族が会いに来るのなら父から話があっただろうし、話がなかったとしても僕を王都へ送ろうとは考えなかっただろう。
「あとで話す事情から私はお忍びで訪問するつもりでした。間が悪くヴォルフは王都へ移動すると聞き、急遽飛空船に乗ったのです」
飛空船が墜落したのは本当に偶々なのか。カルラが狙われて飛空船が落とされた可能性もあるとは思っていたけど、それは外れのようだ。
コンラートたちが準備も整わないまま探しに出てきたのも頷ける。
「僕を訪ねてきた目的は?」
「魔法に詳しいとの噂を知ったからです。実際に会ってみて、その噂はたしかだったと実感しました」
使えないけどね。
「カルラは王女だったんだから魔法ぐらい家庭教師をつけられようだけど……」
「はい。いました。でも実際は私に魔法を覚えさせないための宰相の駒だったようです。すごい苦労をして色々試したのにお父様に教えていただいたメテオーア以外、使えなかったんですから」
カルラの目付きが急に鋭くなり「そのくせ、私が出来損ないと評価したんですよ、あの魔術師」と毒を吐いた。
そこで、みんなの手元を見ると、用意した肉は全部食べ終わったあとだった。主にカルラの目の前に骨が積み上がっている。かなりしゃべっていると思うのだが、いつの間に食べたんだろうか。
「鳥でもとってきましょうか?」
魔力の補給で大分回復したシャルがウリ丸を頭の上に乗せながら聞いた。
「いいの!?」
カルラが飛び付くようにシャルに確認した。
「もちろんよいですよ。この話はわたくしにはあまり関係なさそうですし」
「じゃあ、お願いできる?」
「ええ、おまかせください」
シャルはウリ丸を頭の上に乗せたまま黒虎に変身した。
「すぐに戻ります」
僕に報告するとシャルは西の森へ入っていった。
「カルラ、真面目な話をしているときに申し訳ないんだけど、ひとつ聞きたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「お肉に執着しているように見えるんだけど、何か理由があるの?」
カルラは恥じ入るように顔を手でおおった。なんか聞いちゃいけないことのようだ。
「嫌なら話さなくてもいいから!」
「大丈夫です……大した理由ではないのです」
両手を外し顔をあげるがわカルラの顔はまだ赤い。
「ザッカーバーグ領で胸の大きい女性が多かったものですから、食事したところで理由を聞いてみたところ、『お肉』を食べているからだと……」
確かにザッカーバーグ領では胸が大きいと言うか、全体的にふくよかな女性が多いけど、それはお肉のせいじゃないと思うんだよねえ。
「それで、お肉を食べるようにしていたのか」
カルラは小さく頷いた。
「あきれましたか?」
カルラは控え目な胸だが、それを恥じるようなスタイルではない。でも、本人は気になっているのだろう。
「あきれてはないよ。女性の標準的な悩みだろうし」
僕は当たり障りのない返答をすると、カルラは安堵の表情を見せた。
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