102.寝床
夜寝るところを探すというのはサバイバル生活において重要なことだ。
もちろん、前世の異世界転生小説で読んだ知識だ。
大抵の異世界転生小説では主人公がチート能力でそれを解決してしまうのだが、たまに本当のサバイバル知識で乗り切るシーンがあったりする。
寝るところは基本的に野獣が容易に入ってこれないところでなければならない。
肉食獣の中には夜行性のものも多い。夜間に襲われたら逃げることすら難しいだろう。
一応ナイフはあるが、戦って勝てても傷を負って動けなくなってしまったら、そこで終わりである。運よく別の肉食獣に出会わなかったとしても傷が化膿して破傷風で死ぬか、餓死して死ぬか。
サバイバルにおいて傷を負うことは死に直結しているのだ。
たった数日でも安全地帯は絶対に必要だった。
ふたりで東の方へ歩いてくると、砂浜が途中で切れて岩場になっていた。その先には断崖絶壁と言える岩山が見える。
よく見えないが岩山の上には草が生えているようで、崖の上からツタが流れ落ちていた。
「洞窟でもあればいいんだけど」
山の中の洞窟は動物が済んでいることが多いが、海の近くの洞窟は水が入ってくる関係上、蝙蝠ぐらいしか住まない。
蝙蝠が済んでいると糞のにおいですぐわかるし、さらに言えば糞のにおいで寝るには適さない。
洞窟がないか確認するために岩場のよじ登りつつ進む。
「足元気を付けて」
カルラの手を引きながら、歩きやすそうな場所を見つけて進んでいく。
少し進むと洞窟があった。波に侵食されてできたのか、地下水が流れてできたのかわからないが、人間が入れるぐらい大きいようだ。
洞窟の中に入ると空気が変わる。
ヒンヤリとした空気に自然と緊張感が高まっていく。
持ってきていた松明替わりの枝を翳しながら、洞窟の中を進むが、とりあえず獣のにおいはしてこなかった。
どうやら動物は住んでいないようだ。
「今日はここで寝るんですか?」
洞窟の奥の方は夕方でも薄暗い。
「中を確認して安全そうだったらだけど……」
持っていた松明に息を吹きかける。ちょっと火の勢いが増し、周りが明るくなった。
一瞬だけ奥の方が見える。
「奥の地面は濡れていないみたいだから、そこで焚火をすれば明るくなると思うよ」
洞窟の中で焚火をすると一酸化炭素中毒になる可能性もあるが、この洞窟はどこかに抜けているらしく風があった。
「じゃあ、焚き木を持ってきますね」
「あ、待って。危ないから一緒に行動しよう」
僕とカルラは一度漂着した砂浜に戻った。そこでありったけの流木を持って東の洞窟に戻る。
洞窟近くの濡れていない砂浜に流木を置くと、足場の悪い岩場をちょっとずつ運んだ。
全部の流木を運び終わるころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ちょっと遅くなっちゃったね」
僕は持っていた松明を流木の山に近づけると、息を吹きかけ火の勢いを強くした。ちょっとずつ燃え移るのを確かめながら、息を吹きかけ続ける。
やがて火は燃え移る焚火は勢いを増して辺りを照らし始めた。
洞窟は奥に続いているようだったが、風に乗ってくる臭いはしなかったし、暗くなってきたのでこれ以上の行動は避けた方がいいと思い、ここを今日の寝床とすることに決めた。
「やっとひと息付けるね」
「ちょっと疲れました」
「うん。お疲れ様」
ふたりして焚火の近くに座って笑いあう。ちょっとした達成感を味わえて気分が良かった。
「こうしてみると、この洞窟は少し奥に向かって上っているんですね」
カルラの言う通り、洞窟は奥に向かって傾斜していた。
どこにつながっているか確かめてみたいけど、それは明日にしよう。
「カルラの魔法について聞きたいことがあるんだけど」
「はい。どうぞ」
「どれぐらいの威力で打てるの?」
魔法は使う人の技術や魔力量で違うので、どのぐらい使えるのか確認しておきたい。
「半径五百メートルの大きな穴をあけるぐらいの隕石を召喚します」
「え? それは全魔法力を使って?」
あまりの威力に聞き返してい待った。
「い、いえ。最小で、です」
すごい。すごいんだけど、この状況では使えるような場面はないだろうなぁと心の中で思った。
「私、魔力が異常に高いのですが、細かなコントロールができないのです」
メテオーアはもともと威力が高い魔法なので半径五百メートルなら頑張ったほうだと思う。半径五百メートルと言っても隕石自体は1センチに満たない。しかし、実際の影響範囲は半径数キロにわたるぐらいの威力だ。
これで隕石の大きさがちょっとでも小さくなると、地面に落ちる前に燃え尽きてしまう。
本当に微細なコントロールをする技術がなければメテオーアを思い通りに使うことは不可能だと言ってもいい。
それにこの魔法が活躍するのは大規模な戦争が起きた時だ。貴族に使える魔法使いとしてはとても優秀だろう。
「あの、もしよろしければ魔法を教えてくださいませんか?」
僕は右腕のブレスレットを目の前に持ってくると、カルラに見えるようにした。
「この通り魔法は使えないんだ」
「でも、魔法に詳しいですよね?」
カルラは僕のことを知っていたのだろうか。僕は魔法を使うために魔法の知識をため続けた。結果的に魔法が使えるようになるための知識はなかったのだが、とにかく魔法書や魔法陣など魔法の仕組みがわかりそうなものは片っ端から読んでいた。
だから7歳になるころには大人の魔法使いを言い負かせるほどの知識体系を手に入れていたし、王都へ向かうことになる直前には宮廷魔導士である父を超える知識を得ていた。
父は他の帰属にも僕のことを話していただろうし、色んなところで魔法が具現化しない原因を探るために調査していたようだから、どこからか噂が広まったのかもしれない。
「そうだね。魔法は詳しい方だと思う」
「出来損ないの魔法使いですみませんが、ぜひ教えてください」
丁寧に頭を下げられた。
「わかった。ここで救助を待つ間の少しだけなら」
助け出されればカルラの師匠がいるだろうし。
「ありがとう!」
カルラは両手を上げて喜びを体いっぱいで表していた。
「魔法は明日からということで、今日はちょっと星をみたいんだけどいいかな?」
「星?」
「そう。星を見て僕たちのいる正確な位置を確認しておきたいんだ」
「そんな魔法が使えるんですか?」
「もちろん、魔法じゃない。正確には天文学かな……」
生前の僕は異世界転生小説から知識を得ていたため、星を見て地表の座標を割り出すのが、何の学問か知らなかった。
「天文学……」
「まあ、とりあえずは星を見てみよう」
「はい!」
カルラと僕は松明代わりの焚き木をそれぞれひとつずつもって外に出た。
空はすっかり黒くなっており、辺りは真っ暗だった。
焚き木がわずかに光をもたらしてくれる。
空を見上げると、星がはっきりと見えた。
いくつかの星は僕が知っているものだ。こちらの世界に来てから便宜上の星座を作ってすぐに判別がつくようにしている。
転生前の世界の北極星にあたる星はないが、北斗七星やカシオペア座のような星はあった。ちょうどエックスのような配置だったのでバツ座と名付けた星座が見えている。
星から地表の位置を図るには正確な時刻と角度が必要である。三角測量と同じ原理で座標を求めるため、今は大体の位置しかわからなかった。
少なくとも大きく航路を外れていることはないようだ。
「きれいですね」
カルラが僕と同じように星を見て思ったことを述べる。
確かにきれいな星空だった。
ザッカーバーグ領にいたときは魔法を使えるようになるために一生懸命で夜空を鑑賞したことはなかった。
今思えば他のことももっと余裕を持ってみておくべきだったなと後悔する。
「ヴォルフは王都に行って何をするつもりだったんですか?」
唐突に聞かれた質問に僕は答えるべきか少しだけ迷った。正直に言うと気を使わせてしまうかもしれない。
「王都の知り合いのところでお世話になる予定だったんだ」
考えた末に少しだけ事実を濁した。
「私も王都に住んでいるので王都に帰ったら一緒においしいお菓子を食べましょう。百合の根もおいしいですけど、もっとおいしいお菓子があるんですよ?」
そう言ってはにかんだように笑う。僕もつられて笑った。
「そうだね。無事、王都についたら一緒にお菓子を食べよう」
こちらの世界風に指切りげんまんをしようと、親指を出してカルラの親指と合わせた。