118.強襲
「黒虎はどうする?」
ゼビオが騎士風の男に問いかけている。
「殺しておくか」
やはりそうなるよね。
黒虎はおとなしいと言っても敵対した場合は恐ろしい魔物であることは変わりない。弱っているうちにとどめを刺そうと思うのが普通だ。
「黒虎を殺すのはダメだ。コンラートは黒虎の恐ろしさをわかっていない」
「恐ろしさ?」
「黒虎は群れで過ごす。一頭でも殺すと群れ全体で復讐に来るぞ」
「ではどうする? この黒虎は我らをまた襲うだろう?」
「ここにはもう用事はない。逃げるまでだ」
「逃げるって、ここは絶海の孤島だぞ。どこへ逃げるというのだ」
ゼビオが問うとバッツは首をすくめた。
「それでも黒虎の群れに襲われるよりもいいだろ?」
「そりゃそうだ」
バッツとゼビオは逃げることに合意したようだった。コンラートと呼ばれた騎士風の男は、シャルの方を見ている。
「この黒虎の住処はこの洞窟なのか? もしそうなら他に仲間がいるんじゃないか?」
「もしコンラートの考えが正しければすぐに退散した方が良さそうだ。小僧、歩けるか?」
僕は頷いて三人の後について歩き始めた。シャルが気になったが、今はシャルからこの三人を引き離すのが先だ。
「少年、名はなんという?」
「ヴォルフです」
家名は名乗らなかった。コンラートが身に着けている装備は明らかに別の国のものだ。ここで名乗ると殺される可能性が高まる。
「では、ヴォルフ。ウリ丸というのは誰だ?」
コンラートたちは砂浜の書置きに気が付いていた。
「ウリ丸は非常食兼ペットです。黒虎に襲われている途中で逃げてしまいましたが」
本当はシャルの脇の下で隠れて見えなかっただけだったけど。
「なるほど。砂浜の書置きはアイリスに向けてのものだったのだな」
「はい」
僕もそうだったけど、情報が少ないと勘違いはしてしまうものなんだなぁ。
「我々は救助が来るのを森の中で待つつもりだ。この島にはドラゴンがいるから、森の中で隠れながら暮らすしかないだろう」
「アイリスにあったら森の中にいると伝えてくれ」
ゼビオに頼まれたので、僕は頷いた。
しかし、アイリがカルラの命を狙っているなんて気が付かなかった。三人と別れてカルラを探さねば。
「僕は砂浜へ戻ります。あそこに生活に必要なものが置いてあるので」
「ふむ。無理強いはしないが、ドラゴンが出たら森の中へ逃げるのだぞ」
コンラートは本当に僕を心配してくれているようだ。
「わかりました」
僕は砂浜へ向かって歩こうとした時だった。森の上を何か巨大な影が横切った。
三人に緊張が走る。
「ドラゴンだ。気配を殺せ」
僕もバッツを見習って気配を殺そうと息を止める。
しかし、ドラゴンは僕たちの上空でホバリングしているようで、影は全然動かなかった。
――GRYUENUUEEEUUNNN
大きく鳴き声がすると、ばっさばっさと音を立てながらドラゴンが下りてくる音がする。
みんなゆっくりと影から遠ざかり始める。僕も三人組とは反対側に離れた。三人組には悪いがいざとなれば囮になってもらう。
木々が悲鳴を挙げながらへし折られていく。かなり大きい。それに重くて固いことがすぐにわかった。
木が尖っている程度では皮膚に傷すらつかないようだ。
『そこの人間ども、動くな。我が主の命である』
シュバイツと話したときのような精神に直接話しかけるテレパシー擬きである。
我が主と言ったということはドラゴンを倒して服従させたものも一緒にいるようだ。
「父上!」
僕の予想に反してドラゴンからアイリが飛び降りた。え? ドラゴンを倒したのはアイリだったの?
「アイリ、不用意に近づくと危ないわよ」
続いて降りてきたのはカルラだった。これはまずい。
「アイリ、無事だったか」
「はい。父上。そこの少女に命を救っていただきました」
アイリはカルラの名前を呼ばなかった。偶然か知らないけど、カルラの正体を隠せるかもしれない。
「申し遅れました。アイリスの父親でゼビオと申します。この度はアイリスの命を助けていただき、大変ありがとうございます」
海賊風の格好しているから礼儀作法などはないのだと思っていたが、これを見るとコンラートたちは全員どこかの騎士なのかもしれない。
ここはザッカーバーグ領も属するビルネンベルク海洋王国の真ん中に位置する海の上である。
他国からのスパイとは考えにくいが、コンラートの身に付けている装備は誤認を誘うためのものかもしれない。
「して、そのドラゴンは?」
僕も気になっていた。ドラゴンどうしたのよ?
「その前に、16歳ぐらいの少年を見ませんでしたか?」
「ヴォルフならそこに」
コンラートがカルラたちの後ろになってしまう位置にいた僕を指差す。
「ヴォルフ! 無事だったのね!」
「心配するなと書き置きしたのに」
「血で砂浜に書かれた書き置きなんて何かあったとしか思えないわよ!」
「それにはあたしも同意だ」
カルラにアイリまで。
しかし、この状況はどうしたらいいんだろう。僕としては三人組やアイリとは別れ、シャルの元に急ぎたい。カルラもいつ正体がバレるか分からないので、一緒に連れていきたい。
「ごめん。適当なものがなくて」
真剣に謝りつつ、必死に考える。あのドラゴンにのれば王都のある大陸まで渡れるかもしれない。しかし、シャルは僕のために怪我をしたようなものだ。見捨てることはできない。
八方塞がりだ。
「あ、あの……」
そこにネコミミ少女のシャルが出てきた。ぼろぼろなのは変わらないが、先ほどまでの死にそうな感じとは全然違う。
「シャル!」
僕は急いで側による。これであとはカルラと話せれば僕たちだけで島を離れることが出来そうだ。もちろん、ドラゴンがカルラのいうことを聞いてくれるのが大前提だが。
「大丈夫だった?」
僕は肩を貸しながらシャルを連れてカルラの方へ歩いていく。
「少年、その少女は?」
コンラートが問う。
「僕を助けてくれた少女です。彼女が居なかったら死んでいたかもしれない」
ちょっと話を盛りすぎなのかも知れないが、シャルの重要性を強調しておかないと。
「なるほど。南の大陸の亜人か? その少女も墜落した飛空船に?」
コンラートたちは船に乗ってきた。ならば飛空船に乗ってきたもの以外はいない。
「そこまではわからない」
どこから来たのか詳しく聞かれればぼろが出る。僕は知らないふりをするしかなかった。
「では、少女に問おう」
コンラートたちの注意がシャルに向かっている間に、僕はカルラに小声で話しかける。
――ドラゴンは飛べる?
カルラは僕の意図に気がつかないのか、首をかしげている。それでも、「飛べます」と小声で返してきた。
――シャルとキミと僕だけでドラゴンに乗りたい。
カルラは小さく頷く。
「その辺にしておいてもらえませんか?」
僕は質問をシャルへ投げ掛けているコンラートを遮った。
「彼女は怪我をしているので、少し休ませます」
コンラートは「すまなかった」と一言謝った。
「アイリはお父さんと積もる話もあるだろうし、少しゆっくりしていなよ。僕たちは砂浜で少し休んでいるから」
僕の提案にアイリは頷くとゼビオの方へ歩いていく。
「では、俺が護衛をしてやろう」
そこまで来て僕は自分の失策に気がついた。




