324.予断
二回目の魚人族の襲撃を撃退した後、私は扉の向こう側へ来ていた。
「という感じで疲労回復魔法を生み出したんです!」
カルラ先生やヴォルフ先生に疲労回復魔法を使ったことで、再襲撃をなんなく撃退できた。これは今まで役立たずだった私にしてみれば快挙だと思うんだけど、モコ様もセキも反応が鈍い。
「……これはアレなのよ?」
「うーん。そうだね。アレだね」
「アレってなんですか?」
言葉を濁すふたりに私は詳しい説明を求める。説明を待つ間にチョコをひとつ口に入れる。今日もチョコがおいしい!
「ミリアが使ったのは催淫魔法なのよ?」
「へ?」
催淫とはなんだろうか。
「要はエッチな気分にさせる魔法ってことだね」
「ははは。セキは冗談ばっかり」
「本当なのよ」
セキにからかわれたと思ったら、真面目な回答だったようだ。
「でも、でも、元気になってましたよ!」
確かにヴォルフ先生もカルラ先生も疲労が取れていたはずだ。
「戦略級美少女魔導士の育て方Dには『疲労回復魔法』なんてものはないのよ? エネルギー変換魔法で人体に対して扱えるのは『生命エネルギー』と『催淫エネルギー』の2つなのよ」
「なんですか、その『催淫エネルギー』って!!」
やっつけ仕事にもほどがあると思ったのですが、モコ様は真剣そのものだった。
「文句を言ってはダメなのよ? 名前こそ酷いけど、これはゲームシナリオの中核を担う概念なのよ?」
私に顔を近づけて力説する。
「エッチな気分にさせるエネルギーがそんなに重要なのですか?」
全世界の気持ちを代弁してみた。
「当たり前なのよ? 戦略級美少女魔導士の育て方Dはエロゲなのよ? エッチな気分にならないとゲームが始まらないのよ?」
なんだろう。エロゲがどんなゲームなのか詳しくはしらないけれど、モコ様が間違ったことを言っていると理解できた。
「エッチな気分になるためにゲームをするのではないですか?」
「正論だね」
「驚くほど正論なのよ?」
モコ様は正気に戻ったみたいです。
「それで、ひどい名前のエネルギーですが、本当は何をするものなんですか?」
「一応、本当にエッチな気分にさせるためのエネルギーなんだけど、今思い出してみれば勢力強壮剤的な使い方をしていたよな」
「そう! それなのよ?」
「栄養ドリンクみたいなものですか?」
「そうだね。精力というのは心身が活動するために必要なエネルギーみたいなものだよ。エッチな気持ちになるにも心身が健康でなければダメなんだ」
セキが分かりやすく解説してくれる。
「それなら精力エネルギーと名付ければいいのでは?」
「あー。そうだね。まあ、エロゲだから……」
私は『精力エネルギー』と呼ぶことにした。
「とにかく、本来ならこんな序盤で使えるようになる魔法じゃないんだ。これは割と大変な事態なのかも」
「どういう意味ですか?」
「ミリア自体がイレギュラーなのよ? バイナリデータの中に存在は確認されているけど、本来ならストーリーに登場しない人物なのよ?」
モコ様の語り口に事態の深刻さを感じる。
「フラグ破壊してミリアが出てくるストーリー分岐があるか調べる必要がありそうだね」
「でも時間がかかるのよ?」
「やらないよりマシだろ」
セキは私のことについて調べてくれるようなことを言っていた。どうやって調べるのかわからないけど、隠された情報があるみたいだ。
「とりあえず、『催淫エネルギー』が出てきたってことは中盤を超えそうだってことだよな。そうなると、ドラゴンの襲来イベントが発生するかもな」
「今のミリアでドラゴンはつらいのよ?」
どんなに強くなってもドラゴンを倒せるとは思えないけど。
「ミリア、覚悟するのよ?」
モコ様はこれから私の身に起こるであろうことを話し始めた。




