321.疲労
モコ様の言う通り、学園は魚人たちの襲撃を再び受けていた。前回は不意を打たれての奇襲だったため、備えがなかったが、今回は備えたうえでの迎撃戦である。
魚人は空を飛ぶ手段は持っていないため、崖になっている海岸線からの攻撃はない。主に南側の砂浜から森を抜けてくる。
南の森では魚人たちの弱点とも言える氷魔法を使える雪の精霊ユキノや大量の氷を用意できるほど魔力の多いミーが戦場を氷結させ、魚人たちの動きを鈍らせている。
動きの鈍くなったところを魔力で動作する移動砲台のタレットや、空中を自由に移動できる乗り物であるホバーに乗った土魔法の使い手が魚人たちを射抜いていた。
ただあまりに数が多いため、打ち漏らす数もそれなりにある。
南の海岸線から魔法学園までは森が続き、普通に歩いていったら2日から3日の距離だ。しかし、魚人たちは川を遡ることでかなりのスピードで進軍できるようだった。
森の中にも自動で迎撃するタレットが撒かれているが、それも四六時中続く攻撃に対して有効打となるわけではない。少しずつ破壊され、戦闘が始まって4日目にはほとんど意味をなさなくなっていた。
私はというと、回復魔法をある程度使えるようになったことをヴォルフ先生に報告し、簡単な治療を任せてもらっている。
「大丈夫? 魔力が切れる前に休むんだよ」
ヴォルフ先生が優しく声をかけてくれた。ヴォルフ先生自身も大変だろうに、新米回復魔法使いの私を気にしてくれているのだ。
「大丈夫です。まだまだ行けます」
実際のところ、私の『回復魔法』はエネルギー変換魔法の応用であり、回復速度が遅いだけでほとんど魔力を使わない。
まだ接敵している数は多くなく、優秀な学生が集められた学園で怪我をして運ばれてくる人も多くない。
ただ先輩たちや先生たちは疲労している。
考えなくても絶え間なく4日間も攻撃を受けたら消耗は激しい。それは体力も魔力も同じことだ。
魔力に関してはドーラ先生が持っている『魔力の棺』というアーティファクトを使えば少しは回復するのだが、疲労は睡眠でしか回復することはできない。
それでもヴォルフ先生やソニア先生が用意した『栄養ドリンク』なるものを飲んで誤魔化しながら戦っているようだ。
「今回はどれぐらい続くのかな……」
前回の倍ぐらいだとは聞いているものの、魚人たちの数はとにかく多い。考えてみれば当たり前なのかもしれないけど、魚の産む卵がすべて魚人になっていると思えば前回の600万匹ぐらいは1匹が1回の産卵で産む数で事足りているのだろう。
成長するのに必要なエサや期間がどれぐらいか分からないけど、人間と比べれば圧倒的な物量を持っている。
さらにやっかいなことに魚人たちは対魔法装備を持っており、魔法が効きにくい。
これが海岸線ですべての魚人を防ぐことができない最大の理由だった。
「ねぇ……」
一通り回復魔法を掛け終わり、他に回復魔法が必要な人を探していると、ナナが声をかけてきた。ナナはととても優秀な同級生であるが、前回の魚人襲撃の際に深手を負ってしまい、療養を続けているところだった。
「もう傷は大丈夫?」
「う、うん……」
自慢の金髪縦ロールもカールが取れてしまい、ほとんどストレートに近い緩いウェーブになっている。ナナも怪我が治ったばかりで走り回っているようで、疲労の色が濃い。
「わたくしの傷を治してくださったのはミリアなのかしら?」
「うん。そうだよ」
まさか人体実験をしたなどとは言えず、普通に直した態を装う。
「助けてくださってありがとう。後から聞いたのだけど、ミリアが居なければわたくしは死んでいたかもしれなかったそう」
「え、それはないよ」
確かに傷は深かったがヴォルフ先生がいたのだから死ぬようなことにはならなかったはず。
もしかしたら、ナナが無謀な行動をしないように、誰かに脅されたのかもしれないなと思った。
「死なない限り、回復するから安心して。でも、あんまり危ないことなしないでね」
私の使う回復魔法は治る速度が遅いので、そんなに大それたことは言えないのだけど、今は非常事態だ。みんなが不安に思う中、ちょっとでも安心させてあげたい。
「ええ、頼りにしています。それに今は先輩たちに物資を補給する役目を貰っているだけだから、そこまで危ないことはしてないわ」
「そう。それはよかった」
ナナは苦笑していた。プライドが高いから、単なる補給部隊にさせられて不満なのかもしれない。でも、前回で大けがを負ったため、自分から配置換えを申し出ることができないんだろう。
「じゃあ、行くわ」
「うん。ナナも頑張ってね」
「もちろんよ」
私はふと思いついてナナにエネルギー変換魔法を使って生体エネルギーを注入した。するとナナの持っている生体エネルギーが増えたではないか。
心なしかナナの足取りも軽くなった気がする。
これはとてもいいことを考え付いたかもしれない!
私はヴォルフ先生や他の先生を探し始めた。




