320.練習
扉の向こうから帰ると私はさっそく「必殺技ゲージ」練習を始める。
モコ様の話によれば「必殺技ゲージ」は物理的なエネルギーを精神的なエネルギーに変換し、蓄えておくものということらしい。あまりイメージはわかないけど。
「ちょっと暑いかな」
この学園では学生全員が寮に自室を与えられている。衣服をしまうクローゼットとタンス、それに本棚とベッドが家具のすべてだ。勉強するための机や椅子などはなく、ただ身支度して寝るだけの部屋だ。
あまり部屋にこもることはないので、空調装置などはついていない。欲しければ自分の魔法でなんとかするしかなかった。
私は部屋の気温を下げるためにエネルギー変換魔法を使った。空気中の気体の運動エネルギーを吸い取って私の中に内蔵されているはずの「必殺技ゲージ」に貯めていく。「必殺技ゲージ」と感情はリンクしていると言っていたので、もしかしたら私のテンションも無意味に高くなっていくかなと思ったけど、そんなことはなかった。
「本当にエネルギーをためられているのかな」
気温は確かに下がっているので、エネルギー変換魔法は発動しているようだけど……。
「まったく気分が上がらないような?」
ハナ様がしていたゲームはエッチなものと聞いていたので、もしかしたらエッチな気分になってしまうのかと思っていたけど、まったく感情に変化はなかった。
「もしかしたら、『必殺技ゲージ』なんてゲームの中の世界だけのことなのかも」
ちょっと前から「ゲームとこっちの世界がリンクしていないのではないか?」という疑問を抱いていた私は「必殺技ゲージ」の練習を早々に諦め、回復魔法の練習に入ることにした。
「回復魔法を使うには怪我しないとな」
ナイフを持って指の腹に少しの傷をつけようと考えたけど、いざとなるとやはり怖い。
突然、転んで怪我をしても大して怖いわけではないけど、自傷行為はとても勇気がいる。
「うぅ」
それでもなんとか5mmぐらいの傷をつけることに成功した。放置しても明日には治ってしまいそうな傷だった。
ゆっくりと傷の周りにある細胞に熱エネルギーを送っていく。
わずかだが本当に指先が熱を帯びる。怪我をすると腫れて一時的に熱を帯びることがあるが、それとはまた別の熱さだ。
そのまま傷を見つめていると赤みが次第に引いていき、五分ほどで完全にふさがった。
試しに押してみたけど、まったく痛くない。
「使えた……」
わずかな傷で五分もかかっているので、実用性はないかもしれないが、エネルギー変換魔法は練習すれば、その習熟度に応じて速度が増す。
「おう……」
私はベッドに倒れ込んだ。
「練習ってどうやってやるんだよ~」
回復魔法には傷が必要である。
他人に傷を負わせるわけにはいかない。
そうなると必然的に自分で自分を傷つけなければならなくなってしまう。
それは御免蒙りたかった。
「かと言って、怪我をしている人が手近に……」
よく考えたら魚人たちの襲撃でひどい怪我を負った人たちがたくさんいるではないか。人体実験みたいで多少後ろめたい気がしないでもないけど、傷が治るのなら誰も困らないだろう。
私は負傷者が運び込まれている部屋に向かった。
◆ ◆ ◆
ナナは未だに背中の傷が癒えていないようで、ベッドに寝ていた。血も止まり命にい別条がない段階まで回復してはいたものの、傷が赤く盛り上がり痛々しい。
ヴォルフ先生も魔力の限りを尽くして回復を行ったが、全員を完全に回復させるまではいかなかった。
実際のところ、戦える先生や先輩たちを優先して回復させた結果であるのだが。
私はさっそくナナの傷にエネルギー変換魔法をかけ始める。大きな傷なのですべてを同時に癒すことは無理だ。
端からゆっくりとエネルギー変換魔法をかけていく。
時間の経過とともにナナの肌に汗が浮いてきた。どうも熱いようだ。
おそらくエネルギー変換魔法の回復による副作用だと思ったので、ナナの周りの温度を少し下げた。出てしまった汗はハンカチで吸い取る。
そうやって二時間程度、回復魔法をかけ続けたがナナの傷は全快とまではいかなかった。
傷全体の赤身は取れているので、押したぐらいでは出血しないとは思うけど。
「きれいな背中に傷が残っちゃいやだよねぇ」
近くで見るナナはとても綺麗で女の子の私から見ても美人だと思う。将来はどこかの貴族のお嫁さんになることは確実だと思う。
もしかしたらヴォルフ先生の婚約者に選ばれるかもしれない。
「続きは明日、魚人再襲撃が終わってからね」
私はそう呟いて部屋を後にした。
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