117.諜報
三人組は砂浜からあがる狼煙に気がついたようで、そっちに歩いていった。
僕たちは静かに洞窟の中へ足を踏み入れる。
「中は真っ暗だね」
「明かりがなくとも黒虎は障害物の位置はわかります」
どういう仕組みなのか気になったが、聞かないでおいた。今は隠れ家を案内してもらう方が先だ。
「ここは主に出産前の雌が利用します。崖の上の洞窟は手狭ですし、周囲に魔力があまりないので子育ても、かねてここを一時的な住みかにするんです」
「へえ」
「今は誰もいないようですので、安心して滞在してください」
産まれたばかりの赤ちゃん黒虎を見てみたかった気もしたけど、今は緊急事態だけに子育ての邪魔をしなくてよかったと思った。
「では、ここで待っていてください。わたくしがあの三人の様子をうかがってきましょう」
「え? 危ないよ」
「安心してください。いざとなれば黒虎特有のスキルで逃げ切れますので」
「特有……?」
「確か人間は『空蝉の術』と呼ぶと聞きました」
やっぱり空蝉の術じゃんか、と変わり身の術と呼んだアイリに心の中で文句をいった。
「わかった。でも、無理はしないでね」
「はい。ご安心を」
シャルはすぐに見えなくなった。僕は暗い洞窟の中で、ウリ丸を手探りで手繰り寄せると膝に抱いて座った。
ちょっと心細いがウリ丸のぬくもりが平静を取り戻させてくれる。
「なんか、無人島だったのに、人がたくさん流れ着いている気がするな」
僕が直接見ただけでも6人である。それに何人かは不明だがドラゴンを倒したものたちがいる。これだけいると、あと何人か流れ着いていてもおかしくない。
いや、本当に流れ着いたのかわからないところがある。
シャルはカルラが狙われていると言っていた。カルラが何者か分からないが、少なくても戦争で超絶威力を発揮する魔法が使えていた。
「カルラを殺す目的の組織と利用する目的の組織がいるような気がする」
そして、利用するのは王都の誰か有力者。殺すのはその敵対者という感じだろうか。
三人組は殺す目的の組織から来たのだから、利用する目的の組織から誰か来ていてもおかしくない。
うまくそちらの組織から来ている人と接触を持てればいいんだけど。
暗闇に目がなれると何となく周囲が見えてくる。
シャルの言うとおり、洞窟にはロフトのような場所があるようだ。ただし、僕では届かない高さに加えて、反り返っているのでよじ登るのも無理そうだった。
「とりあえず、シャル待ちかな……」
僕が立ち上がって色々見ていると、ウリ丸は浮き上がって、ロフトの部分へ移動してしまった。
「おーい、ウリ丸ー」
呼んでも帰ってこない。上に何があるか気になる。
「なんとか上にあがる方法はないかな?」
洞窟はロフト以外にも続いている。奥の方へ行けば、ロフトの上に続いているかもしれない。
僕は火打ち石で時折照らして足元を確認しながら奥に進んでいく。
奥は様々な縦穴が空いていた。これは大木があったあとで、そこに熔岩が流れ込んでできた空洞だろう。
昔大噴火があって大量の熔岩が南に流れてきた。それが東の岩場や西の森の土台になったと考えられた。
「危ないよなあ」
黒虎たちは夜目が効かないと言っていたが、どうやってこの暗い中を認識しているのだろうか。
黒虎だからやっぱり魔力だよね、と思って魔力の流れを感じようと集中する。
僕は魔力が発動しないだけで、魔力の取り扱い方なら心得ていた。
「なるほど」
この穴は魔力を吹き出しているようだ。黒虎たちはこれを感じて穴を避けているのだろう。
魔力は赤外線センサーのような使い方もできるんだと学んだ。状況は限定されそうだけど、中々すごい発見だと思う。
あと出産で疲れた体を癒すのにもこの魔力を使っているのかもしれない。僕には味が分からないので本当に食べているかは聞いてみないとわからないけど。
穴を避けながら進むと、水が流れる音が聞こえてきた。割と大きな音なので滝かなにかになっているようだ。
地下水が風穴にぶつかり、涌き出ているのだろう。
よく考えたら、ここはロフトの上にさえ登れれば新しい住居を構えるのに適当なスペックを持っている。
シャルが帰ってきたら、間借りできないか聞いてみよう。
僕がふたたび風穴の入り口に戻ってきたときだった。
「逃げて……」
シャルがぼろぼろの状態で入ってきた。
「どうしたの?!」
明らかに緊急事態だ。
「三人組にやられました。もうわたくしは動けません。逃げてください……」
それだけ言うのがやっとなのか、そのまま横になると目を閉じた。
「ちょっと! 目を覚まして!」
意識さえ戻れば僕から魔力を与えられる。少しでも魔力を食べてもらえれば動けるようになるかもしれない。
しかし、揺らしても目を覚まさない。
「こうなったら」
僕はシュバイツの話を思い出していた。ウリ丸の血には魔力があると。
もしかしたら、僕の血にも魔力があるかもしれない。
砂浜で回収していたナイフを取り出すと指を傷つけた。血が止めどなく流れてくる。
僕は血だらけの指をシャルの口の中に突っ込んだ。
どういう消化器器官から取り込まれるか謎だが、嘗めるだけで取り込まれるのだ。下から取り込まれると思えた。
少しでも飲んでくれ。
僕が祈っていると、ウリ丸も気がついたのかシャルの横にくる。アイリを助けたときのように側にくっついた。
「ウリ丸……」
もう少しで食べられちゃうところだったのに、助けようとするとは中々懐の広い魔物だ。
「ウリ丸も力を貸してくれよ」
僕の予想は正しかったようで、指から流れる血はすべて舌から吸収されているようだった。
しかし、意識は戻らない。
三人組はこの場所を知っている。シャルは空蝉の術を使って逃げているだろうから、まだ見つからないと思いたかった。
しかし、現実はそう甘くないようで、洞窟の外から「血のあとだ! まだ新しいぞ!」という声が聞こえてくる。
三人組がシャルを撃退したことは間違いなく、僕では絶対に歯が立たないことはわかっていた。しかし、シャルは今、黒虎の姿だ。抱えて逃げることは出来ない。
魔法使いがいるか分からないが、もし居ないようなら縦穴がたくさん並んだところへ行けば勝機はある。その場合はシャルから三人組を引き離す必要があった。
「なんとか口車にのってくれればいいけど……」
異世界転生小説なら大抵はチート能力でなんとかしてしまうのだろうけど、僕はチート能力がなかった。もしかしたら、魔法以外の別のなにかでチート能力があるのかもしれない。
こんな無力を嘆く前に、僕はもっと努力をすべきだったかもしれない。
だが、今は自分にできる最大限のことをするだけだった。
「いたぞ!」
先に入ってきた盗賊風の男はランタンを持っていた。魔法による灯りは使えないのか、黒虎の魔力を食べる性質を警戒して使っていないのか、今は少ない可能性にもかけるしかない。
「おい、少年。そこの黒虎に噛まれてるな」
後ろから出てきた騎士風の男は僕の袖口が赤くなっていることに気がついた。
「バッツ、手当てしてやれ」
騎士風の男は盗賊に対して命令する。海賊風の男は洞窟の入り口を警戒していた。
「すみません。ありがとうございます」
この男たちはカルラの命を狙っているようだが、僕がカルラの仲間とはまだ気がついていないようだ。砂浜の書き置きを見ているかもしれないが、僕が誰に向けて書いたかまではわかっていないだろう。
このまま勘違いを利用させてもらおう。
バッツは僕の手を軽く酒で洗い流すと布を巻いてくれた。
「かなり深くやられているが、死ぬことはないだろう」
そりゃ、自分で切ったので、死ぬことはない。
「おい、少年。アイリスと名乗る女に会わなかったか?」
僕は一瞬、動揺した。カルラではなく、アイリのことを尋ねられたからだ。
「知っている。黒虎に襲われるまでは一緒だった」
嘘をつくのは得策ではない。この三人組はかなりやり手だ。僕を助けている間にも隙がない。
「そうか。アイリスも流れ着けたか」
海賊風の男が安堵のため息を着いた。アイリとどんな関係なのだろうか。
「ああ、アイリスは、ゼビオの娘だよ。俺たちは船に乗っていたんだが、途中で嵐にあって、ここに流れ着いたんだ」
すると、アイリは飛空船ではなく、あの呼び掛けた船に乗っていたということか。しかも、カルラの命を狙う海賊風の男、ゼビオの娘……。
これってかなりピンチなんじゃなかろうか。打つ手がないぞ。




