314.諦観
「ミリア、よく聞くのよ?」
「モコ様……」
まるで覚悟を求めるかのような視線に一瞬怯む。
「時には諦めも必要なのよ?」
「ダメですよ! 魔法学園がなくなったらチョコ食べ放題がなくなるじゃないですか!」
本心から言っている台詞じゃないですよ。これは。
もちろん、学友や先生方に被害が及ぶのを何とかして避けたいだけです。
「そうだ! こういう時こそ、『戦略】の出番じゃないですか! 戦わずして勝つ!ですよ」
「何を言っているのよ? 今のミリアが『戦略』を実行できるほどリソースを持っているというの?」
モコ様は冷静に言った。そして、部室に置いてあったホワイトボードに「ヒト・モノ・カネ・魔力」と書く。
――バン!
「戦略をするには、これなのよ? ミリアは何を持っているというの?」
「えぇ……何も持ってないです……」
ヒトというのが何を指しているか詳しくはわからないけど、友達がいない私が持っているものとは思えない。モノやカネ、魔力は持っていないことを理解できた。
「じゃあ、どうすれば……」
「序盤は捨てるのよ。どうせヴォルフはチキンなのよ。終盤まで誰にも手を出せないのに違いないのよ?」
そんな……。みんなの危機に何もできないなんて。
私は落ちこぼれだけど、自分なりに努力しているつもりだ。
「あ、強襲があることをヴォルフ先生に伝えれば、被害を少なくできるんじゃ?」
「ミリアは何か勘違いしているのよ? セキが詳しいから説明するのよ」
「え~、面倒なことを押し付けて……」
セキは立ち上がってモコ様からホワイトボードのマーカーを受け取ると、魔法学園がある無人島の地図を描いた。とても絵がうまい。
そして、島の周囲に三つの丸を書く。
「これは魚人の砦ね」
「三つもあるんですか?!」
「前線基地だからね。襲撃イベントは今後も続くし、これは数が少ない方だよ」
言いながら矢印を丸から島に引っ張る。
「これが進行ルート。今回のイベントはカルラが魚人の襲撃に気が付き、ヴォルフの許嫁だけで防衛を試みるところから始まる。でも、失敗。理由は明確。数の差だね」
「どれぐらいいるんでしょうか?」
「ひとつの前線基地から百万ぐらいだったかな? 全部で三百万」
「多い! でも、先生方なら範囲攻撃魔法を使えば、それぐらい……」
「魚人もなぜか対抗手段を持っているんだよね」
セキは淡々と語っているけど、どうやっても魚人の襲撃を防げるとは思えない。でも、ハナ様はクリアしたと言っていたので、何か方法があるはずだ。
「学生が魚人襲撃を知るのは第一次攻勢で許嫁の大半が重傷で退却を余儀なくされてから。ヴォルフが回復魔法で治療している間、学生たちが学園で防衛を強いられる」
聞いているだけで背筋が寒くなるような話だった。世界でもトップレベルの実力の持ち主が10人以上いても防げないのだ。学生が百人ほどで何か出来るとは思えない。
「絶望的じゃないですか……」
もしかしたら、私の命もここまでかもしれない。最後だからチョコレートをたくさん食べておこう。
「心配しないでもクリアする方法は二つある。ひとつはヴォルフが重傷を負った許嫁のうち、最初にユキノを回復させること。それで戦況は一変する」
「なるほど。それを伝えればいいんですね!」
「もうひとつは聞かないの?」
嫌な予感しかしないので、聞きたくないんだけど、聞かないわけにはいかないですよねぇ。
「一応、聞かせてください」
「ヴォルフとエッチする」
ほらやっぱり。不可能な話だ。
「ミリアじゃなくても、どの許嫁でもいいんだけど、エッチすればパワーアップするんだよね。でも、これをするとトゥルーエンドにたどり着けないから」
セキは何気にものすごい重要なことを言った気がする。でも、それを他の人たちが知ったらヴォルフ先生に恨まれそうなので聞かなかったことにした。
「それにしてもユキノ先生は最初の戦いでどうして重傷を負うんですか?」
「多勢に無勢ってやつだね。ユキノも魔力が無限にあるわけじゃないので、対魔法装備の魚人には勝てなかったというわけ」
「えっと、対魔法装備?」
さっき、対抗手段があると言っていたけど、魚人って魔法装備を作れるほど文明レベルが高いということなんだろうか。
「そうだよ。だから魔法学園にいるクララやレトがその魔法装備を解析して弱点を見つけて初めてまともな戦いになるんだ。ユキノだけじゃ勝てないんだよ」
「うーん」
私はどうにかして最初の被害を抑えられないか考え始めるのだった。




