116.接敵
本日更新2話目です
黒虎の背中に乗って砂浜に戻ってみると、カルラもアイリもいなかった。
僕の書き置きもそのままだった。
「黒虎、送ってくれてありがとう」
『客人、例をいうのはこちらだ。姫を救ってくれて感謝する』
シャルはどう見ても病気ではなかったよな。僕は指を嘗め続けている黒い子猫を見た。
『姫、客人の言うことをよく聞いて困らせるようなことを言っては行けませんぞ!』
「にゃーにゃー」
子猫の鳴き声が聞こえるが、言葉として僕に伝わっていない。この精神に直接語りかけることができるテレパシーみたいな能力は指向性があるんだと理解した。
『では、我は帰るが困ったことがあったら姫に頼むと良いであろう』
「うん。シュバイツも困ったことがあったら教えてね」
黒虎は軽く頷くと森へ入っていった。
『シュバイツは心配性なのです。ヴォルフ、そうは思いませんか?』
僕は心の中でシュバイツが心配するのも分かると思ったが、それは口にしないでおいた方が良さそうだ。
「それより、僕の仲間を探さないと」
あれからもう2日も経っている。カルラもアイリも心配しているだろう。
僕はシャルを背中にしがみつかせ、東の岩場をよじ登る。
洞窟の中の入るが、どうも人の気配がしない。
焚き火はすでに消えて久しいらしく、熱が感じられない。
「あれ……」
砂浜の書き置きはそのままだった。洞窟にはいない。
どこへ行ってしまったのか。
こういう時は探し回るより、ふたりを呼んだ方が早い。
幸い、この島に来てから人間のいた形跡はなかった。
それはふたりの目に人間のいる形跡を見せればいいということだ。
僕は砂浜に戻り流木を集めると火を起こしなおした。続いて葉の着いたままの枝を折ると、海水につけてから焚き火の上に被せる。
少し時間が経ったあと、煙が上がり始める。
煙は高く上がり、狼煙となった。
火は人間や亜人種だけが作り出せるものだ。特に狼煙のように細く長く煙を出せるものは自然には発生しない。
「これでよし」
僕はそう言えば鳥が見当たらないことに気がついた。あの量をもって移動したとは考えにくい。
カルラのことだからどこかへ隠しているのかもしれない。
『ヴォルフ、ふたりが来る前に一度元に戻っても良いですか?』
「どうして?」
『子猫の姿はかなり魔力を消費してしまいます。起きている間も嘗め続けていないとならないぐらいなので、このままだと寝ている間に元の姿に戻るかもしれません』
もしカルラとアイリが戻り寝ている間に元の姿に戻ったら、なんて言い訳するのか考えると、しばらくはシャルに子猫のままでいてもらった方がいいだろう。
「うん。わかった。じゃあ、元の姿に……」
――GRUUYUUUEEE!!!
またあの叫び声がした。
「ドラゴンです」
言ったのは黒い虎の姿になったシャルだった。シャルは虎の姿でも普通にしゃべれるらしい。
「どうやら、誰かの攻撃をうけているようです。私たちの他にドラゴンと戦えるものがいるとは……」
シャルも驚いているようだ。
「どうやら劣勢のようです。相手がどこにいるのかわからずに一方的に攻撃を受けてわめき散らしています」
「一方的……?」
その単語に僕は思い当たったことがあったが、「まさかね」と思い直した。英雄すらやっと相討ちになる魔物を一方的に攻撃出来るわけがない。
「あ、降伏したようです。相手の話し声は聞こえませんでしたが、何やら脅されたようで言うことを聞くと叫んで静かになりました……」
ドラゴンを倒すほどの強さを持つ魔物がいたのか、それとも僕たちを捜索しに来た捜索隊が島の反対側から上陸したのか、はたまたシャルたちも知らない魔物が復活したのか。
なるべくなら捜索隊であってほしいが、捜索隊がドラゴンを倒せるとも思えなかった。
「これって、この島がかなり危険になったということでは?」
「そうですね……」
ドラゴンは魔力を使った攻撃をしてくる。その魔力を食らう黒虎がドラゴンに勝てるかどうかいうところなのに、そのドラゴンを圧倒的な力を持って「降伏」させる存在がいる。
それが僕たちの味方なのかわからないところが問題だった。
「狼煙を消した方がよくない?」
確かにドラゴンを倒すほどの存在がいて、しかも知能が高いなら狼煙が自然に発生しないことにはすぐに気がつくだろう。
「いや、狼煙はこのままにしておくよ。僕たちは場所を移動しよう」
「待ち伏せするのですか?」
「いや、相手はドラゴンを見えないところから攻撃できるなんだから、相手に見つからないことを優先しよう」
僕はウリ丸を抱えると脇に抱える。
「シャル、背中に乗っていい?」
「どうぞ」
乗りやすいように伏せると僕はどこへいくのか聞く。
「私たちの住みかはドラゴンに知られているので、隠れ家に案内します。そこでしばらく伏せていましょう」
僕はシャルの背中に乗る前に、砂浜に書いた書き置きを消す。狼煙をあげたことで僕がいるのはカルラたちにも、ドラゴンを倒したものたちにもわかったはずだ。
「問題はカルラたちにどうやって僕たちの隠れている場所を伝えるかだけど……」
僕にはよい考えが浮かばなかった。下手なことを書き記すと、ドラゴンを倒したものたちにも情報が伝わってしまう。カルラたちだけに情報を伝えたかった。
こんなことならはぐれたときの合図でも決めておけばよかった。
「仕方ない。僕が生きていたことだけでも伝えておこう」
僕は再び砂浜に僕とウリ丸の名前を記す。ウリ丸の名前まで書いたのは複数いると誤認させるためだ。シャルの名前も書こうと思ったが、シャルは子猫で通してもらおうと思っているため、女性名は要らぬ誤解を招く可能性を考えて書くのをやめた。
「ヴォルフとウリ丸は生存。ドラゴンを倒したものから身を隠す、と」
名前を書いて第三者の存在を知らせる。これならばカルラたちが見つけたときに、僕たちを無理に探そうとしないはずだ。
「では参りましょう」
シャルの背中に乗ると、ゆっくりと掛け始める。いや、ゆっくりではなかった。あまりにもスムーズに加速するため、ゆっくりと移動していると錯覚したのだ。
「隠れ家はすぐです」
カルラは西の森の中を縫うように走る。
少し走っただけで、僕たちが踏み行ったことのない西の森の奥深くに着いた。
そこには風穴のような洞窟があった。
「この中は複雑にいりくんでいます。はじめての人は迷い安いので、気を付けてください」
「うん」
シャルに返事をしたときだった。
シャルは音も立てずに森の中に隠れる。すると、すぐに風穴から三人の男が出てきた。
「男の魔力を感じたので隠れましたが、あれはカルラさんとか、アイリさんではないですよね?」
「うん。隠れてくれてありがとう」
油断していたわけではないが、こんなにも早く敵に出会うとは。
盗賊風の男、海賊風の男、そして、騎士風の男の三人だった。男たちはなにかを話している。
「どうやら、彼らはカルラさんを探しているようです。カルラさんの名前が出てきます。あと、ドラゴンを倒したのはこの男たちではないようです」
「え?」
じゃあ、誰が倒したというのだろうか。
「ドラゴンの叫び声を聞いて、あの風穴に逃げ込んだようです。叫び声がしなくなって安心して出てきたようです」
「あ、シャルの隠れ家は大丈夫だったの?」
「えぇ。今は誰も居ませんし、人間が少し頑張ったぐらいでは上がれない岩棚もありますから」
「なるほど。黒虎以外には気がつかれないんだね」
「ヴォルフ、隠れ家とはそういうものです」
シャルに教えられた。確かにそうでなければ隠れ家とは呼べない。
「どうしますか? ドラゴンを倒したものとは別なら、私だけでも三人を倒せそうです」
ドラゴンを倒したものではないが、実力は未知数だ。それに魔力を食う黒虎であるシャルが得意とする魔法使いのと戦いではない。
またこの三人はドラゴンを倒したものと間接的に関係あるかもしれない。
あの男たちがどこから来たが気になった。墜落した飛空船に乗ってきたのなら、僕やカルラと同じ海岸に流れ着いていないとおかしい。
「様子を見よう」
情報が少な過ぎて慎重にならざるを得ない。本来ならそこまで考える必要がないことでも、情報が足りないので、考え過ぎて行動に写れなかった。
「はい。彼らが出ていったら隠れ家に参りましょう」
シャルの提案に僕はうなずいた。




