306.真価
本日二話目です
「お前の目は節穴なのよ?」
授業の顛末を涙ながらに語った私に対して掛けられたのは慰労の言葉ではなく罵声だった。
ああ、落ちこぼれは辛い。
扉の向こうでも罵声を浴びなければならないとは。
「いやあ、偶然とは言え、CAS冷凍技術をやっちゃうんだもんね。意外と天才なんじゃない?」
「最新技術も猿に使わせれば糞なのよ」
モコ様が荒ぶっておられる。
私は元よりソニア先生に対しても怒っているようだ。
「あ、あのCAS冷凍とは何ですか? 新しい魔法……?」
聞くは一時の恥。私は分からないことは素直に聞く質なのだ。
「中まで冷凍しようとすると、どうしても魚の細胞を破壊しちゃうことになるんだよね。えーと……」
「水は凍ると膨張するのよ。それで細胞の中の水分が膨張し、細胞膜が壊れるのよ」
まったくわからない。
私はついこの間までサトウキビを作ること以外、何も覚えずにいた田舎娘なの! 細胞が何かはなんとなく分かるけど、細胞膜とか、凍ると膨張するとか、全然違う次元の話じゃない?
「で、既存の技術で冷凍した魚を解凍すると、ドリップと呼ばれる水分が垂れてくるのよ」
「そうなった刺身は食えたものじゃないよな」
「そうなのよ! CAS冷凍技術が日本の回転寿司の美味しさを支えているのよ!」
モコ様はまた熱く語っている。綺麗な黒髪のポニーテールがブンブン揺れている。
「話がずれたけど、ミリアちゃんの掛けた魔法は解凍する時に違いが出るんだ。室温で解凍すると違いが分かると思うよ」
「へえ」
違いがあると何がいいのかはっきりとはわからないが、美味しさが少しは違うと言うことはわかった。
「それにCAS冷凍は急速冷凍の技術なのよ。ミリアが未熟だから時間がかかっているけど、練習していれば3秒で冷凍可能なのよ」
「えぇ~」
最後は私が落ちこぼれが問題だという結論に落ち着いちゃうんだ……。
「まあまあ、焦らないで練習しようよ。先は長いんだし」
「あ、それで思い出したんですが、何か楽しい練習方法はないですか?」
「楽しい?」
「同じことの繰り返しでつまらないんです。はっきり言えば苦痛です……」
「ああ」
私の訴えにあきれるどころか遠い眼をして同意するおふたり。
「辛いのよ。あの修行システムは本当に辛いのよ……」
魔法は使えない世界のお二人が辛さを知っていることを疑問に思いつつも、同意してくれてちょっと嬉しい。
「まあ、でも俺たちに出来ることはないんだよなあ」
「そうなのよ」
「ええ~。それはないですよ~」
「そうだなあ。自分が快適に過ごすために使うとか?」
「誰かにイタズラするとかなのよ?」
モコ様の意見は無視するとして、自分が快適に過ごすために使うのは良いアイデアかもしれない。
「アドバイスありがとうございます。ちょっと試してみますね」
今は夏の暑い盛りなので、授業中はユキノ先生が少し冷やしてくれているが、寮の中は暑いので部屋の中を涼しくするのに使えるかもしれない。
集めた熱エネルギーは自炊している鍋を煮込むのに使えばちょうど良いかもしれない。
「帰ったらソニアに評価の見直しを要求した方がいいのよ」
「そ、それはハードル高いですね……」
「どうせ落ちこぼれなのよ。今さらソニアの心象を悪くする心配しなくてもいいのよ」
おっしゃる通り。おっしゃる通りなんですけど、落ちこぼれの私が先生の評価に物申すことがどんなに変か分かってくださいよ。
さらに言えばCAS冷凍技術について何も理解できていないんですから、私の魔法の優位性なんて示せるわけないじゃないですか。
「まあ、魔法ならモコ様が教えるからなんの問題もないのよ」
「そうそう」
「何を言ってるんですか。私が魔法学園を退学になったら、二度とここにはこれませんよ。扉があるのは学園なんですから」
私の指摘にふたりともキョトンとしている。
「そうだったのよ」
「忘れてた」
ダメだ。この二人は私よりも抜けている……。
「まあ、魔法学園は広いから一人ぐらい隠れてすむぐらいできるよ」
「何言ってるんですか!」
セキは割と無責任な発言が多いことを学んだ。
この日はぐだぐだになって時間が来てしまい、どうするかは私に任されたまま帰ることになった。




