305.節穴
絶対零度の定義を知っていれば、その温度よりも低い温度は存在しないことは誰でもわかることだった。
あの授業のあと、教科書を見直したところ、絶対零度の定義が載っていたので、私でも理解できた。
これを習った授業のとき、私は何をしていたんだろう……。
でもソニア先生は絶対零度よりも低い温度が存在すると言った。正確には「存在し得る」だけど。
そのことを聞いて昨日から、ずっと熱エネルギー交換で冷やす魔法を発動させ続けている。
つまり、私が冷やしたいと思っている箱の中の魚の熱を奪い、それと同時に箱の中の魚に運動エネルギーを与え続けている。
これが授業でソニア先生が仰っていた高圧力下での低温だ。
魚の見た目はまったく凍っていないように見える。
モコ様に習ったエネルギー交換の魔法の理論から考えれば当たり前で、運動エネルギーを熱エネルギーとして取り出しているのでプラスマイナスゼロ。つまり何も起きていないに等しい。
これは絶対零度以下にはならなそう。
「完全に失敗だ~」
失敗なんだけど、これを提出しなければならない。何も提出しない方が評点が下がるので、失敗してもいいから提出する必要があるのだ。
授業が始まると、みんなカチコチに凍らせたバナナとか、魚を持ってきている。
ソニア先生に提出すると、みんなB評価のようだ。
そもそも絶対零度になっていないので、「頑張りましたで賞」というわけ。
「これは……絶対零度ね!」
ソニア先生の大きな声に周囲がわっと盛り上がる。今、提出したのはナナだ。
学生の身分で氷魔法の最高峰を極めているとか、本当にチートにもほどがあると思う。
その才能をちょっとでもいいから分けてほしい。
そして、評価Aのあとで提出する私の身にもなってほしい。
「次は……ミリアね。これは凍っていないようだけど、確かに冷たいわ」
まだ魔法を掛け続けているので、魚は凍っていない。
「これは……?」
「えっと、まだ魔法を掛け続けているので、この状態なんです。止めれば凍ると思います」
私の台詞に周囲の注目が集まる。
「魔法を掛けるのをやめると凍る魔法をなんてあるのかしら?」
ソニア先生の疑問ももっともなんだけど、あるんですよ。
「おかしな手品を披露するつもりなら、やめてくださる?」
ナナが私に注意するが、ミー先生は興味津々と言った感じで問いかけてきた。
「これって、火魔法だよね?」
「そうです」
ヴォルフ先生の分類では状態遷移に関わるものはすべて火魔法に分類される。
「見てるから止めてみて」
私が魔法の行使を止めると、一瞬で全体が凍る。
「うわ、一瞬で凍ったよ!」
「凄いですね……」
温度は物質同士の接触面から次第に伝わって徐々に凍っていくのが普通だ。
氷魔法も例外ではないので、ユキノ先生のように妖精並の魔力でもなければ、瞬間冷凍はできない。
「この状態になるまでどれぐらい時間がかかったんですか?」
「えっと、昨日の夜から今日の朝までずっとです。あ、もう少しは短くできるとは思いますが……」
ソニア先生の顔に明らかに落胆の色が浮かぶ。
そりゃ、一瞬で凍らせることが出来れば、商人に取っては価値があるだろうけど、一晩中魔法を掛け続けて、これでは使い道がない。
「評価はCですね……」
これは、評価が貰えただけマシなのだろう。
「ありがとうございます……」
苦労した割には良い評価に繋がらなかったので、とても落胆した。
私の睡眠時間を返せ!と叫びたいぐらいだ。
「これで全部評価終わったかな」
ソニア先生が授業をしめる中、一人だけ納得できない顔で終わるのだった。




