115.仮病
「シュバイツ、わたくしは病気ではないと言ったではありませんか」
黒虎はシュバイツという名前だったのか。
『魔力を食えぬのは病気だろう』
シャルはふらふらしている。シュバイツの言うとおり病気の可能性の方が高い。
「魔力を食べると太るんだもん」
思わず「え?」と聞き返しそうになった。
「大陸の貴族たちの間では痩せている方が美しいとされていると聞きました。いつか舞踏会に出るときまでは断食するのです」
病気ってお年頃のお姫様がダイエットするってことだったの?
『しかし、魔力を食わねばドラゴンと戦えぬぞ』
「戦いません!」
プイッと横を向く。
『しかし、魔力の棺を取られたままでは……』
「魔力の棺なんて要らないもん」
なんだか、おいてけぼりを食らっているぞ。
「魔力の棺って?」
『うむ。客人には話しておいた方がいいだろう。魔力の棺とは魔力を無尽蔵に涌かせるマジックアイテムのことだ。黒虎族が代々守ってきたが、前日ドラゴンに奪われてしまった』
すごいアイテム出てきたな。でも、ドラゴンとの争いには巻き込まれたくないよ……。
『姫は我とは違い魔力を多く食らう』
「わたしを大食いみたいにいわないでください!」
『事実だろう』
「魔力はどんな風に食べるの?」
僕は魔力を食べると言うことがよく理解出来なかった。ウリ丸から魔力を取れるらしいが、話を聞いていると、僕たちが食事を食べるのとは違うようだ。
『魔力を持つものをなめれば良い。魔力玉は血に魔力があるから血をなめるのが一番効率がいい』
やはりウリ丸は渡さない方がいいだろう。
「そういえば、僕も魔力は多い方なんだけど、食べてみる? 流石に血を渡すわけにはいかないんだけど、手をなめるぐらいならいくらしても構わないし」
そういってシュバイツに手のひらを差し出してみた。
『では遠慮なく戴こう』
黒虎の大きな舌が僕の手をなめる。ざらざらした突起がゾリッと音を立てた。
「痛い!」
あれ? 猫科の舌ってこんなに固いの?
『こ、これは!』
シュバイツの目が耀く。
『なんというまろみとあまみ! 我が今まで味わったなかで最高のご馳走だぞ!』
魔力に味なんで関係あるのかな? だが、これ以上なめられるのはごめんだ。
「もう終わり!」
『そう言うな。優しく優しく嘗めるから』
ジリジリと近寄ってくるシュバイツから離れながら、ウリ丸を盾にする。
「あとはウリ丸で我慢して!」
『其奴は薬だと言っただろう? 回復する魔力を持っているが苦いのだ』
「ダメ! もうダメ!」
バカ殿に終われる腰元みたいになってきたぞ。
「やめなさい、シュバイツ」
シャルがシュバイツの前に瞬間移動したかと思うと、シュバイツを叩き伏せる。シュバイツの巨大な体が床にぶつかる衝撃で洞窟が大きく揺れた。
「瞬間移動?」
「違うわ。これも魔法よ」
よく見るとシャルの目が金色になっている。さっきまでは黒色だったのに。
『しかし、姫。こやつの魔力はすごいぞ。ちょっとなめてみろ』
シュバイツはすぐに復活して、シャルをけしかける。
見た目、16歳の女の子になめられるのは何か背徳な感じがしてしまう。僕にはカルラという将来を近いあった女性もいるしね。
『客人。ひとなめさせてやってくれ。さすれば姫の魔力嫌いも治ろう』
僕が断ろうと考えていたら、シャルが近寄って僕の指を口に咥えているところだった。
はや!
――ぺちゃぺちゃ
静かな洞窟にシャルがなめる音だけが鳴り響く。
シャルの口元から唾液の糸が垂れる。それは延びきって床に落ちた。
――ぴちょ
シャルの頬が上気する。表情も緩んできた。
「ダメ!」
僕は強引に手を引き抜こうとしたがびくともしない。
「よいではありませんか? シュバイツのように痛くしませんから」
「ダメ! 痛くはないけど倫理的にダメ!」
正しくは僕の理性の問題でもあるが。
「指が駄目ならどこなら良いのです?」
シャルが僕に迫る。どこって、ダメなものはダメ!
「そ、そんなに美味しいの?」
「はい。魔力の棺は量は多けれど、ヴォルフのような味はしません。ヴォルフの負担にならないのならときどきなめさせてくださいませ」
懇願するような表情に無下に断るのを躊躇ってしまう。
「たまに。たまにで良いのです」
シャルは泣きそうになる。
「わかったよ。たまにだからね……」
「はい!」
シャルは元気に返事をした。
「ところでシャルのお腹はいっぱいになった?」
「まだです。もう少しなめさせてくださいませ」
僕はシャルが満足するまで、人差し指を貸すはめになった。
◆ ◆ ◆
僕の精神力を誉めてあげたい。耐えきった。あのシチュエーションを耐えきった。
「元気になったのなら、僕らはお役ごめんかな?」
『ふむ。大変助かった。浜辺まで送ろう』
僕はもう、抱えられるのはごめんだと思っていたので、遠慮なく黒虎の背中に乗る。
すると僕の背中にふたつの膨らみが当たった。
「シャル?」
「ご一緒します」
「え? いいの?」
シュバイツを見るが止める気はないようだ。
『諦めろ。出来れば我も側にいたいぐらいなのだ』
「末永くよろしくお願いします」
「待って! 僕には将来を近いあった女性が居るんだ!」
「別に伴侶でなくとも良いのです。わたくしのことはペットとでもお思いください」
同い年の女の子をペット扱いになんてできるわけないじゃないか!
「断っても勝手について行きますから、お気になさらず」
そんなことを言われても気になるよね?
「もしこの容姿が気になるようでしたら猫になりましょうか?」
シャルは言うが早いか、すぐに小さな子猫になる。
『この姿なら問題ないでしょう?』
にゃーんの副音声が聞こえる。これはシュバイツと同じく、精神に伝えているってやつか。
「そ、そうだね。その姿なら」
『ただし、変身は魔力を大分消費してしまいます。子猫の姿のときは常に魔力をくださいな』
それも問題ないだろう。子猫の姿なら誰にも不思議に思われない。
「うん。はいどうぞ」
差し出した僕の指をペロペロ嘗めはじめる。僕はそのままシャルを抱える。
ウリ丸は股の間に挟んでやる。
ちょっとバランスが悪いので、シャルを懐の中に入れた。
『どこを嘗めればよろしいですか? 子猫らしく乳首をなめましょうか?』
それはダメ!
「首とか顎でお願いします」
『わかりました』
ちょっとくすぐったいが仕方ないだろう。乳首を嘗められるよりはましだ。
『では、行くぞ!』
シュバイツは洞窟の中を滑るように駆け出した。
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